初心者講習③
ゴルドの鋭い眼光がひよりへと向けられ、超至近距離から容赦なく木剣が振り下ろされた。
しかし、ひよりはとっさに身を翻した。中身は10歳とはいえ、魔法少女アニメの変身ポーズを完璧に再現できる抜群の運動神経だ。20歳のしなやかな身体は信じられない反応速度を見せ、ゴルドの鋭い一撃をひらりと素早く回避してみせた。
「――きゃっ!?」
そのすばやい回避の瞬間、まだハラハさんたちの服ができていない、ホールド感のない無防備なひよりの身体がダイナミックに躍動した。大人びた豊かな爆乳が、服の上からでもはっきりと分かるほどバインバインと激しく揺れ動く。
その圧倒的な光景に、周囲で見守っていた男たち――大剣の男、大盾の男、アイドル風の剣士、そして隣にいたスコットまでもが、一瞬で心を奪われてひよりの胸元をガン見してしまった。
だが、戦場において一瞬のよそ見は致命傷だ。ゴルドは男たちが完全に硬直したのを見逃さなかった。
「隙ありィッ!!」とニヤリとした瞬間、ゴルドは即座に狙いを男たちへと切り替え、目にも留らぬ速さで訓練用木剣を容赦なく振るった。
――バシィィンッ!! バシッ、バシィィンッ!!
「ぐはぁっ!?」「ぶへっ!?」「ガァっ!?」
ひよりの胸をガン見していた男たちが、次々とゴルドの木剣で派手に薙ぎ払われ、地面へと転がっていく。すかさずギルド職員の女性が『ヒール』を掛け、男たちは大慌てで跳ねるように起き上がった。
ゴルドは木剣を肩に担ぎ、冷徹な眼光で男たちを鋭く睨みつけた。
「隙だらけだぞ! 自分が攻撃されるって思ってなかったのかぁッ!? 『美人のお姉ちゃんの胸が揺れたから』? そんなくだらねえ理由で視線を外した瞬間、大剣を振るう前や大盾で防ぐ前に首が飛ぶのが戦場だ!!」
ゴルドのドスの利いた説教に、男たちは顔を真っ赤にしてうなだれた。
しかし、ゴルドはひよりに向き直ると、フンと鼻を鳴らした。
「だが魔法使いの姉ちゃん。お前、今の回避は見事だったな。あの至近距離から俺の一撃を躱す新人なんざ滅多にいねえ」
「えっ……! 本当?」
褒められてひよりは嬉しくなり、パッと顔を輝かせた。だが、ゴルドはひよりに一本の鉄製の短剣を放り投げてよこした。
「いいか姉ちゃん。お前は杖も持たねえ手ぶらの魔法使いだが、最低限の剣の扱いを覚えておけ」
「なんで? 魔法使いなのに、剣を持つの?」
「基本的に魔法使いは後衛で、後ろから援護射撃が基本だ。大剣や大盾のバカどもが前衛になる。だがな、もし相手の数の方が圧倒的に多かったらどうだ?」
「あ……わたしに突撃してくる?」
「そうだ。前衛をすり抜けてくる。それに、もし魔力がなくなったらどうだ?」
「魔力がなくなったら……死んじゃう」
「なら、手元の剣で戦ってもいいだろ。魔法使いが剣を使っちゃいけねえルールはねえんだよ。左手で魔法のフェイントを入れ、敵が怯んだ隙に右手で逆手に持った短剣で喉元を掻き切る。生き残るためなら何でもやれ!」
ひよりは深く納得し、手渡された短剣をきゅっと握り締めた。脳内からはキュアの
「あはは、あのおっちゃん本当に合理的だね。ボクの魔法と短剣の二刀流、すごく格好いいじゃない!」
という優しい口調の声が聞こえ、ひよりはますますやる気になって短剣のステップを熱心に練習した。
ひよりの短剣修業が一段落すると、ゴルドは残りのメンバーの訓練に移った。
斥候役の女性が前へ出る。彼女はゴルドの鋭い突きを滑らかな動きで上体をそらして躱し、猫のように軽々と跳躍してゴルドの背後へ回り込んだ。腰から抜いたナイフの腹で木剣の軌道を受け流す(パリィ)見事な戦い方を見せ、ひよりは「すごーい、お手本だ……!」とパチパチと拍手を送った。
続いて、影のありそうな痩せたマントの男。ゴルドが木剣を突き出した瞬間、マントを翻した男の体が奇妙にブレて残像を残し、音もなくゴルドの真後ろへ回り込んで暗器(細身の短剣)をぬるりと突き出した。ゴルドに柄で完璧に弾かれたものの、その闇に溶けるような隠密の技術に、ひよりはドキドキしながら見入ってしまった。
さらに、ジョニーズのアイドルみたいな長髪のイケメン剣士。細身の剣で目にも留らぬ速さの華麗な三連突きを放ち、周囲から歓声が上がった。
だが、ゴルドに最小限の動きですべて弾かれ、強烈な前蹴りを腹に叩き込まれて泥まみれに転がされた。
「技の見た目は綺麗だが、服を汚したくないってスカした根性が動きに出るんだよ! 美しく勝とうなんて思ってる奴から死んでいくぞ!」
と容赦ない説教を喰らっていた。
そして、講習の大トリになったのは、ひよりの隣でガチガチに緊張していたスコットだった。
「は、はいっ……!」
自分の背丈ほどもある見習い用の魔導杖をぎゅっと握りしめ、一歩前に進み出る。ゴルドの突撃に対し、スコットは必死に杖を突き出した。
「――『ウォーターショット』!!」
激しい水の弾丸が放たれたが、ゴルドは首をほんの数センチだけ傾けてあっさりと回避、そのまま一気に肉薄した。
「ひえっ……!」
と完全にパニックに陥ったスコットは、ひよりのような運動神経もなく、ただ目を瞑って無格好に杖を振り回した。
――バシィィンッ!!
「ぐああっ!?」
ゴルドの容赦ない木剣がスコットの杖を派手にはじき飛ばし、無防備になった彼の胸元に木剣の先端がピタリと突きつけられた。
「そこまでだ。魔法使い、その長い杖が武器であり最大の弱点だ。弾かれたら終わりじゃねえんだよ。杖を落としたなら、さっきの姉ちゃんみたいに、泥にまみれてでも懐の短剣を抜いて足首の一本でも掻き切る気概を持て! 魔法が出なけりゃ終わりなんて甘い考えは、今すぐこの訓練場に置いていけ!」
スコットは地面に尻餅をついたまま、悔しさと恐怖で涙目を浮かべてガタガタと震えていた。ギルド職員の女性の『ヒール』の光を浴びながらも、心のダメージは深そうだ。
頭の中で、キュアがいつもの優しい口調で
「スコットくん、すっごく緊張しちゃってたね。でも、あのおっちゃんの言うことは本当にその通りなんだ。魔法使いだからって、綺麗に呪文を唱えるだけが戦いじゃないんだよ」
と静かに呟いた。
全員分の恐怖のレッスンが終わり、ゴルドとギルド職員の女性が
「各自、今の教訓を忘れるな!」
と言い残して修練場からギルドの受付へと戻っていく。
静かになった訓練場で、スコットはまだ地面に手をついたまま、悔しそうに何度も涙を拭っていた。
その小さくなっている背中を見て、ひよりの胸の奥が、なんだかきゅーっと切なく痛んだ。
(スコットくん……がんばってたのに、すごく悔しかったんだよね……)
スコットの、初めて見る弱気な涙。その姿が、なぜだかひよりの10歳の心に、今まで感じたことのない妙なドキンとした響きを残した。守ってあげたいような、一緒に強くなりたいような、淡くてくすぐったい不思議な気持ち。
ひよりは大人の姿のまま、そっとスコットの側に歩み寄り、その顔を覗き込むようにして優しく微笑みかけた。
「スコットくん、大丈夫? ……ねえ、もしよかったら、わたしがさっきおっちゃんに習った『短剣の構え』、このあと後ろで一緒に練習してみない?」
「ひ、ひよりさん……」
スコットは涙で濡れた目を丸くしてひよりを見上げ、それから顔を真っ赤にしながら、嬉しそうにこくりと深く頷いた。
お互いの弱点を知り、泥臭くても一緒に生き残るために――。ひよりとスコットの間に、ほんの少しだけ新しい絆の蕾が芽吹く、そんな初心者講習の終わりだった。




