初心者講習②
しばらくすると、ギルド職員の制服を着た女性と、さっき受付窓口にいたあのおっさん――『鬼のゴルド』が修練場の奥からズカズカと現れた。
ゴルドは修練場の真ん中まで歩み出ると、大きく息を吸い込み、周囲の空気がビリビリと震えるほどの大声を張り上げた。
「講習を申し込んだ者、ここに集まれぇっ!!」
耳が痛くなるほどの大音量に、修練場全体がシンと静まり返る。あちらこちらから、スコットと同じくらいの年齢とおぼしき数人の若い冒険者たちが、おびえたように顔を見合わせながらゾロゾロと集まってきた。
「あ、始まるみたい。行こう、スコットくん」
「う、うん、行こう……!」
スコットとひよりも、急いで広場の中央へと向かう。
集まった面々を見回したゴルドは、フンと鼻を鳴らして人数を数えた。
「よし、七人いるな」
低く地響きのような声でそう呟くと、ゴルドは顔中の無数の傷跡をさらに深く歪ませ、鋭い眼光で並んだ新人たちを睨みつけた。
「よし、お前ら。これから、戦場で絶対に死なないための研修をやるぞ。一人残らず、俺の言葉を骨の髄まで叩き込みやがれ!」
その圧倒的な威圧感に、周りの若い冒険者たちは完全にすくみ上がって直立不動になっている。
中身が10歳のひよりは、ゴルドのあまりの迫力にちょっとだけびっくりしつつも、左手首のブレスレットをそっと触った。
脳内からは、キュアのいつもの優しい口調の、頼もしい声が聞こえてくる。
(ふふ、やっぱりあのおっちゃん、ただの受付じゃなくて凄い戦士だったんだね。『死なないための研修』か……。ひより、怒鳴られてもびっくりしないで、おっちゃんの手本をしっかり見ておこうね)
(うん、分かった!)
ひよりは心の中で小さく返事をすると、スコットと肩を並べ、大人の姿でしっかりと背筋を伸ばしてゴルドの次の言葉を待つのだった。
『鬼のゴルド』の威圧感に気圧されながらも、ひよりは周囲に集まった他の新人冒険者たちをそっと観察した。
集まったのは、ひよりとスコットを含めて全部で七人。
杖を持ったスコットとローブ姿のひよりは、いかにも「魔法職」だと一発でわかったが、残りの五人はそれぞれかなり特徴的な見た目をしていた。
一人目は、筋骨隆々としたごつい体格の剣士の男性。その背中には、自分の体ほどもある大きなデカい剣を背負っている。
二人目は、腰に数本のナイフを刺しているだけの軽装な女性。少し露出が多く、どこか色っぽい雰囲気をまとっていた。
三人目は、体格のいい大柄な男性。一人目の男性と同じくらいごつい体つきで、これまたバカみたいにデカい盾を抱えている。
四人目は、怪しげな黒いマントに身を包んだ、目をぎょろつかせた痩せた男性。マントのせいでどんな武器を隠し持っているのかは全く不明だった。
五人目は、仕立てのいい軽装の革鎧をまとい、腰に細身の剣を帯びた長髪の男性。現実世界のアニメやテレビに出てくる、ジャニーズのアイドルっぽいきれいな顔立ちをしていた。
(いろんな人がいるんだなぁ……)
ひよりが品定めするようにみんなを見ていると、ゴルドが太い腕を組み、集まった七人に向かって指を突きつけた。
「いいか、新米ども! 冒険者として生き残りたきゃ、俺の言うことを一言一句聞き漏らすんじゃねえぞ! まずは鉄則のその一だ!」
ゴルドの野太い声が訓練場に響き渡る。
「第一に、『危ないところには絶対に近づくな』! 自分の実力を過信するな。
第二に、『やばそうだと感じたら、戦おうとせずにすぐ逃げろ』! メンツなんかで命を落とすのはバカのすることだ!」
ゴルドの厳しい言葉に、アイドル風の男やナイフの女性が小さく息を呑む。
「第三に、『魔獣よけの煙玉は安いから今すぐ買え』! あれは命の保険だ、ケチるんじゃねえ。
第四に、『剣のいいやつを買う暇があるなら、防具のいいやつから揃えろ』! 攻撃力より、一発耐えられる防御力の方が生存率を上げる。
そして第五に、『薬草は常に持っていろ』! 持っていなきゃ、その場で出血多死だ!」
ゴルドが一つ一つ指を折りながら叩き込む生存の知恵。それは、どれも華やかな「冒険」のイメージとはかけ離れた、徹底的に泥臭い現実的なものばかりだった。
隣にいるスコットは、ゴルドの迫力に圧倒されて必死にメモを取るかのように何度も深く頷いている。
そんな中、ひよりの頭の中でキュアが感心したように呟いた。
(へえ、あのおっちゃん、本当に良いことを言うね。ひより、トラックにはねられた時もそうだったけど、現実世界でもこっちの世界でも、まずは『死なないこと』が一番大切なんだよ。ハラハやサーシャちゃんが丈夫な服やホールド感のあるリメイク服を作ろうとしてくれているのも、今のゴルドさんの言う『防具を揃えろ』って話にそっくりだよね)
(あ、本当だ……! みんな、わたしが怪我しないように心配してくれてるんだ)
キュアの優しい口調での解説を聞いて、ひよりはゴルドの言っていることの重要性がすとんと胸に落ちた。大人の姿でちょっと背筋を伸ばしながら、ひよりは鬼のゴルドの鋭い眼光を真っ直ぐに見据え、その教えをしっかりと心に刻み込むのだった。
ゴルドが生存の知恵を言い切ると、集まった新人たちの中に不満そうな空気が流れた。
特に面白くなさそうな顔をしたのは、一人目の大柄な剣士の男性だ。背中のデカい剣をがちゃりと鳴らし、ゴルドに向かって不躾に声を上げる。
「おいおい、ゴルドさんよ。やばそうならすぐ逃げ回って、なるべく戦わないってのか? そりゃねえだろ。冒険者ってのは魔獣をバッサバッサと倒して、戦って稼ぐのが普通だろ?」
周囲の新人たちも、剣士の言葉に「そうだそうだ」と言いたげな視線をゴルドに送る。
しかし、ゴルドはその反論に怒るどころか、顔の傷跡を歪めてニヤリと不敵に笑った。
「違うな。戦わなくてもいいなら戦うな、だ! 無駄な戦闘で命をすり減らすのは、ただの自殺志願者だ」
ゴルドは一歩前に踏み出し、今度は集まった七人全員をねめつけるように見据えた。
「だがな……どれだけ注意を払って逃げ回ろうとしても、どうしても戦わなきゃいけない最悪の状況ってのは必ず訪れる。魔獣に退路を塞がれた時、大切な仲間が目の前で襲われた時……。だからこそ、これからお前らにその『どうしても戦わなきゃいけなくなった時』の戦い方を教えてやる」
ゴルドが腰の訓練用木剣に手をかけると、訓練場全体の空気が一瞬でピリッと張り詰めた。
隣にいるスコットは「ごくり」と固唾を呑んでゴルドの動きを見つめている。
ひよりの頭の中では、左手首のブレスレットからキュアが真剣な声を響かせた。
(ひより、あのおっちゃんの言う通りだよ。ボクたちが最初の魔獣と戦った時も、まさに『どうしても戦わないといけない状況』だった。逃げられない時のために戦い方を学ぶ……すごく大切な訓練が始まるよ!)
(うん……! わたし、ちゃんと覚える!)
中身は10歳のひよりだったが、鬼のゴルドがこれから見せるプロの戦い方の一挙手一投足を見逃さないよう、真剣な眼差しを向けるのだった。
「剣のいいやつを買う暇があるなら防具を揃えろ。魔獣よけの煙玉は安いから今すぐ買え」と力説したゴルド。しかし、その講習はただ口で説明するだけでは終わらなかった。
ゴルドは不敵に笑うと、懐からゴソゴソと小さな球体を取り出した。まさに、さっき彼が「今すぐ買え」と言ったばかりの、安価な魔獣よけの煙玉だ。
「さっき俺は、やばそうなら煙玉を焚いてすぐ逃げろと言った。だが、世の中そんなに甘くねえ。世の中にはな……この煙玉すら一切効かねえ、とんでもねえ化け物や状況ってのが存在するんだ」
そう言うと、ゴルドは躊躇なくその煙玉を自分の足元へ投げつけた。
――ボフンッ!!
激しい音とともに、視界を完全に遮る濃い白煙が立ち込める。新人たちが激しく咳き込む中、なんとゴルド自身が煙の目眩ましなど一切無視して、完全にこちらの位置を捉えて訓練用木剣を容赦なく振り下ろしてきた。
「煙玉が効かない鼻の利く魔獣や上位の化け物なんていくらでもいるんだよ! 煙に巻かれて安心したかぁっ!?」
まずは、一番に鉄則に噛みついた大剣の男が標的にされた。
「冒険者なら戦えってんだろ! ほら、振ってみろ!」
とゴルドに煽られ、大剣の男は
「おおおおっ!」
と豪腕をぶん回して上段から大剣を激しく振り下ろした。だが、ゴルドは紙一重でスッと回避。大剣は地面を叩いて激しい土煙を上げ、男の身体は大きく前のめりになった。
「大剣ってのは当たればデカいが、外した後の硬直が一番の命取りだ!!」
――バシィィンッ!!
ゴルドの木剣が男の無防備な背中へ痛烈に叩き込まれ、大剣の男は地面に転がり悶絶した。
すかさず、後ろに控えていたギルド職員の女性が完璧なタイミングで「――『ヒール』!」と呪文を唱え、温かい光で男を瞬時に全快させる。
起き上がった大剣の男を睨みつけ、ゴルドは次に大盾のごつい男を指名した。
「俺の盾は村の猪の突撃にもビクともしねえ!」
と自信満々に盾の裏へ身を隠した大盾の男だったが、ゴルドは猛烈な勢いで肉薄し、盾に木剣を激突
(ガギィィン!)
させた反動を利用して、一瞬で男の側面――盾の死角へと回り込んだ。
――バシィィンッ!!
無防備な脇腹を捉えられ、大盾の男も地面へと派手に転がされた。もちろんすぐにギルド職員の女性の『ヒール』で回復される。




