初心者講習①
サーシャちゃんの工房を後にしたひよりは、その後すぐにシャリンさんの店へと戻った。
まだハラハさんの特別な服も、サーシャちゃんのリメイク服もできていないから店に出るための服はないけれど、これからのことをシャリンさんに相談するためだ。
事情を聞いたシャリンさんは、ふむと顎に手を当てて納得したように頷いた。
「そうよね。店番は服ができてからでいいわ。アンタ、祭りの時のお金がたっぷりあるんだから、ギルドに行って初心者講習にでも行ってきたら? 同じ初心者の冒険者と仲良くなりなさいな。それと終わったらすぐに帰ってくるのよ」
「うん、あっ、はい。行ってきます!」
シャリンさんのナイスな提案に、ひよりは元気に返事をしてさっそく冒険者ギルドへと向かった。
ギルドの建物に入ると、中はいかにも冒険者といった風体の大人たちで賑わっていた。
綺麗なお姉さんたちが並ぶ受付窓口には長い行列ができている。けれど、ひよりはその行列には並ばず、ぽつんと一人だけ誰も並んでいない、相変わらず空いているごついおっさんの受付窓口へと迷わず進んでいった。
(こっちの窓口の方がすっごく空いてるのに、みんな並ぶなんて変なの)
10歳の無邪気な感覚でそんなことを思いながら、ひよりはカウンターに歩み寄り、ひょいと顔を出した。
「あの。おっちゃん」
ひよりが声をかけると、顔中に無数の傷跡が刻まれた、筋骨隆々の超ごつい怖そうなおっさんが顔を上げた。おっちゃんは相変わらず忙しそうに、大きな手で器用に書類を整理している。
「なんだ、魔法使いの姉ちゃんか。どうした」
地響きのような低い声でおっちゃんが呟く。普通の新人ならこれだけで腰を抜かしそうな迫力だが、ひよりは少しも怯むことなく言葉を続けた。
「あのね、初心者講習を受けたいの」
ひよりがそう言うと、おっちゃんは書類から目を離し、ぶっきらぼうに言った。
「初心者講習か。……銀貨5枚だ。払ったら、裏の訓練所に行け」
「はーい、銀貨5枚ね」
ひよりは懐から銀貨を取り出してカウンターへと置いた。おっちゃんはそれを大きな手で回収すると、顎でギルドの奥を指し示す。
頭の中で、キュアが
「ふふ、あのおっちゃん、見た目はすごく怖いけれど、案内は的確だね。さあひより、裏の訓練所でどんな出会いがあるか行ってみよう!」
と、優しい口調でワクワクしたように語りかけてきた。
ひよりは心の中で小さく頷き、同じ初心者の仲間ができるかもしれない期待に胸を膨らませながら、ギルドの裏手にある訓練所への扉を押し開けるのだった。
ギルドの建物の裏手へ回ると、そこには想像以上に広大な空間の訓練場が広がっていた。
優にサッカーが1試合できそうなほどの広場では、あちらこちらで冒険者たちが汗を流して訓練に励んでいる。やはり剣を振るっている者が圧倒的に多いが、奥の方には的が並べられた、魔法を放つための専用エリアもあるようだった。
「あっ、今、水魔法で的を打ってる魔法使いがいる……!」
ひよりは目をきらきらと輝かせ、嬉しそうにそのエリアへと近づいていく。現実世界ではお目にかかれない本物の魔法の行使に、10歳のひよりの心はすっかり奪われていた。
ブレスレットのキュアが、脳内で少し心配そうな声を上げる。
「ちょっと、ひより。あんまり無防備に近づかない方がいいんじゃないかな。訓練中だし、危ないよ」
しかし、魔法を見るのに夢中になっているひよりの耳には届かない。ひよりは
「すごーい!」
と声を弾ませながら、ズンズンと迷いなく前へ進んでいってしまった。
その瞬間、訓練場にいた男たちの視線が一斉にひよりへと突き刺さった。
何しろ、今のひよりは20歳の大人のプロポーションだ。サーシャちゃんが「可動域が広い」と驚いたほどの豊かな胸が、ひよりが勢いよく歩を進めるたびに、服の上からでも分かるほどブルンブルンとダイナミックに揺れている。
当の本人は中身が10歳の子供なので、自分の体型がどれほど周囲を刺激しているかなど、これっぽっちも気づいていない。
「おい、見ろよあの美人……」
「新人の魔法使いか? とんでもねえスタイルだな……」
剣を構えていた冒険者たちも思わず手を止め、その圧倒的な存在感に釘付けになっていく。
そんな周囲のどよめきをよそに、ひよりは水魔法を打つ魔法使いに向かってまっしぐらに歩いていくのだった。
ひよりは、水魔法の的に向かって真っ直ぐに歩いていき、魔法を打っている男の子のすぐ近くまで行った。
間近で見ると、彼はかなり若い魔法使いだった。
年齢は15歳くらいだろうか。おそらく、ひよりと同じ新人の冒険者なのだろう。中身が10歳のひよりにとっては完全に「お兄さん」にあたる年齢だ。
ひよりは目をきらきらと輝かせながら、親しみやすく声をかけた。
「あの? すごいですね!」
「うわっ!? び、びっくりした……!」
彼はビクッとして大げさに肩を跳ね上がらせ、慌てて振り返った。そして、自分のすぐ後ろに立っているひよりの姿を見た瞬間、言葉を失って固まってしまった。
目の前にいるのは、抜群のプロポーションを持った、とんでもない美人のお姉さんだ。
彼は一瞬で顔を真っ赤にすると、完全にパニックになりながらペコペコと頭を下げた。
「あっ、す、すみません! 交代した方がいいですか!? ここ、もう僕使い終わりますから!」
「えっ……?」
あまりに丁寧で、めちゃくちゃ焦っているお兄さんの反応に、ひよりは内心「ええっ?」と驚いてしまった。
現実世界なら、15歳のお兄さんが10歳の自分にこんなにペコペコすることなんて絶対にないからだ。
戸惑うひよりの頭の中で、左手首のキュアがクスクスと笑いながらフォローを入れる。
(あはは、ひより、忘れちゃダメだよ。今のごつくて怖そうなおっちゃん受付を通ってきたひよりは、周りから見れば『美人魔法使いのお姉さん』なんだからね。今はひよりの方が年上に見えているんだよ)
(あ、そっか……! わたし、今はお姉さんなんだ! よーし、シャリンさんみたいにやってみよう!)
キュアの言葉にハッと合点がいったひよりは、大人の余裕を見せるべく、シャリンさんの妖艶な仕草を思い出しながら、ふっと妖しげに微笑んでみせた。
「ううん、いいのよ。気にしないで。交代なんてしなくて大丈夫よ。」
「ひ、ひえっ……!」
少し気取ったお姉さん口調で流し目を送ると、お兄さんはその大人びた美しさにさらに圧倒されたように、息を呑んで硬直した。ひよりはシャリンさんの真似を続け、優しく目を細める。
「ねえ、あなたの魔法を打つところ、もう少し見させてもらってもいいかしら?」
「えっ、あ、は、はいっ……! もちろんです!」
顔だけでなく耳まで真っ赤に染め上げ、緊張でガチガチになりながらも嬉しそうに何度も頷く少年。
その様子を頭の中で見ていたキュアは、内心で
(ひより、これじゃ男を手玉に取って楽しんでるお姉さんみたいになってるぞ……)
と冷や汗をかきつつ、慌てて忠告してきた。
(ひより、あんまりシャリンさんの真似はしない方がいいよ。彼、すごい緊張しちゃってるからさ)
キュアの言葉に、ひよりは
(うーん、お姉さんっぽくするのって難しいな……)
と心の中で小さくため息をつき、すぐに無理して妖艶な雰囲気を出すのをやめることにした。やっぱり、いつもの自分らしく話すのが一番だ。
ひよりはふっと肩の力を抜くと、10歳のひよりらしい無邪気な笑顔に戻って声をかけた。
「わたし、ひよりって言うんだけど……あなたは?」
「えっ? あ、僕はスコットだよ。少し離れた村から、冒険者になりたくてこの街に来たんだ」
「へぇー、スコットくんかぁ。さっきの魔法、すごかったね!」
ひよりが素直に目を輝かせて褒めると、スコットは少し照れくさそうに頭の後ろを掻いた。
「いや、そんなことないよ。僕なんてちょっとしか魔法ができないし……こうやって水魔法を的にぶつけるのが精一杯なんだ」
「ううん、ちゃんと的に当たっててすごいよ! わたしなんて、使えるの『ストーンバレット』だけだもん」
「えっ、ストーンバレットが使えるの!?」
スコットは驚いたように目を見開いた。
頭の中で、キュアが
「あはは、ひより、初対面でいきなり持ち技をばらしちゃうなんて、やっぱりいつものひよりだね。でも、これで同じ初心者同士、すっかり緊張が解けて仲良くなれそうじゃないか」
と、優しい口調でクスクスと笑いながら見守ってくれている。
大人の姿で背伸びをするのは大変だけど、同じ「新人の魔法使い」の男の子と出会えて、ひよりの初心者講習はとっても楽しいスタートになりそうだった。




