ハラハとサーシャのお洋服
次の日の朝。ひよりは自分の部屋でベッドから立ち上がると、誰にも見られないようにドアの鍵がかかっていることを確認した。それから、左手首のブレスレットを愛おしそうに見つめ、一呼吸置く。
大好きなアニメのキャラクターがしている、お決まりのあのポーズ。手足の角度から指先の動きまで、頭の中で完璧にシミュレーションした通りに全力で振り付けをしながら、ひよりは元気いっぱいにその掛け声を放った。
「キュアアップ!」
その瞬間、ひよりの足元のフローリングに、淡いピンクとゴールドが混ざり合った幻想的な魔法陣が眩しく浮かび上がった。
現実世界の部屋が光の渦に包まれ、ひよりの全身を無数の光の粒が優しくまとっていく。
光の奔流の中で、ひよりの10歳の小さな身体がぐんぐんと変化を始めた。
すうっと細くしなやかに足が伸び、腕が伸び、背が伸びていく。それと同時に、昨日ママと話したばかりの、女性らしい豊かな胸の膨らみが一気に大きく成長を遂げていく。
――パーン!
弾けるような音とともに美しい光の粒が周囲に飛び散った。
ひよりがゆっくりと目を開けると、そこはもう自分の部屋ではなかった。
差し込む朝日に照らされた木製のお調度品、そして昨日まで使っていたベッド。そこは間違いなく、異世界「ハーティ」でひよりが間借りしている魔道具屋の一室だった。
見下ろせば、すっかり大人になった20歳のプロポーション。
「ふふ、お帰り。ひより」
頭の中で、キュアがいつも通りの優しい口調でクスクスと笑いながら出迎えてくれる。
「無事にこっちに戻ってこられたね。さあ、今日はハラハが特別な服を仕立てて待ってくれているはずだよ。ハラハの家に行ったら新しい冒険へ行こう!」
ひよりは間借りしている部屋のドアを開けると、弾むような足取りで宿屋を飛び出し、そのままハラハのテーラーへと向かった。
昨日お願いした特別な服。ドキドキしながらお店の扉を勢いよく押し開ける。
「ハラハさん、おはよう! お洋服できた……っ?」
目をきらきら輝かせて尋ねるひよりに、作業台で型紙を広げていたハラハは、驚いたように手元を止めて頭をガシガシと掻いた。
「いや、昨日の夜の今日だよ! どんだけせっかちなんだよ!」
ハラハはあきれ顔で、手元にあるまだ手付かずの布地をトントンと叩く。
「いくら俺が一流のテーラーでもさ、服を作るのは魔法じゃねえんだ。普通は早くて1週間はかかるよ。しかも今回はひよりに合わせた特別に丈夫な生地ときたから、そっちを専門の業者から取り寄せるだけでも時間がかかるんだって」
「ええーっ、1週間もかかるの……?」
ひよりは分かりやすく肩を落とし、がっかりと唇をとがらせた。
現実世界で事故の後の入院や事故の謝罪の話やパパに子猫の飼うおねだりしたりと、あまりに濃い時間を過ごしてきたせいで、ひよりの感覚ではもう何日も経ったような気がしていたのだ。
そんなひよりの様子を見て、ハラハはふっと表情を和らげると、悪戯っぽく笑った。
「まぁ、楽しみにしててくれるのは職人冥利に尽きるけどな。生地が届いたら、徹夜してでも最高の一着に仕立ててやるから、ちょっとの間大人しく待ってな」
「うん……分かった。楽しみにしてるね、ハラハさん!」
がっかりしつつも、ハラハの心強い言葉にひよりはまた笑みを浮かべた。
お店を出て歩き出すと、左手首のブレスレットから、キュアが脳内でくすくすと楽しそうに語りかけてきた。
「あはは、ひより、思ったよりでもかかるんだね。ハラハの言う通り、丈夫な生地を取り寄せてくれるなら待つ甲斐はあるよ。お洋服ができるまでの1週間、こっちの世界の冒険を進めたり、新しく家族になる子猫ちゃんの準備を現実世界でしたりして、楽しく待とうよ」
「そうだね! じゃあ、それまで何して遊ぼうかなぁ」
キュアの優しい口調のなだめに、ひよりはすぐに元気を取り戻し、賑やかな異世界の街並みを大人の姿でるんるんと歩き出すのだった。
ハラハのテーラーを後にしたひよりは、通りを歩きながらぽんと手を叩いた。
「そうだ、ハラハさんのお洋服はまだだけど、サーシャちゃんにもリメイクのお洋服をお願いしてたんだった! サーシャちゃんのところにも行ってみないと!」
「あはは、そうだね。サーシャならリメイクだし、少しは進んでるかもしれないよ」
左手首のキュアが優しい男の子口調で応じる。ひよりは期待に胸を膨らませて、今度はサーシャの工房へと向かった。
裏口から扉を開けて中に入ると、サーシャは作業台の上にひよりの服を広げ、真剣な顔で頭を抱えていた。
「サーシャちゃん、おはよう! お洋服、どんな感じ?」
ひよりが声をかけると、サーシャはハッと顔を上げ、少しホッとしたような表情を浮かべた。
「あ、ひよりさん! ちょうどいいところに来てくれたわ。お洋服ね、半分くらいはできているのよ。……ただ、ちょっと困っちゃってて」
サーシャは作業台の上の服を指差す。見れば、全体的なリメイクは綺麗に進んでいるものの、胸のパーツのあたりだけが不自然に大きく開いたままになっていた。
「他の部分は順調なんだけど、どうしてもこの胸のところがね……。ひよりさんのプロポーションが想像以上に立派だから、どう布を当ててホールドさせれば綺麗に収まるか苦戦していたの」
サーシャはじっとひよりの胸元を見つめると、大真面目な職人の目付きになってベッドの上に座るひよりに一歩近づいた。そして、確認するようにひよりの豊かな胸を両手でグニグニと揉み始める。
「きゃっ、サーシャちゃん!?」
ひよりが突然の感触に顔を真っ赤にして身をすくませるが、サーシャはいたって真剣そのものだ。弾力やボリュームを指先でしっかりと確かめると、一度手を離して考え込むように顎に手を当てた。
「うーん……やっぱり、これだけボリュームがあると、立っている時と動いた時でかなり形が変わるわね。ひよりさん、もう一回触らせて」
「ええっ!? まだ触るの!?」
恥ずかしがるひよりをよそに、サーシャちゃんは再びその豊かな胸に両手を添えた。今度はさっきよりも細かく、弾力と可動域をじっくりと確かめていく。さらに、ひよりの体を優しく誘導した。
「ちょっと、そのまま体を屈ませてみて。……うん、次は深くお辞儀してみて」
「こ、こう……? うう、恥ずかしいよぅ……」
ひよりが顔を真っ赤にしながら指示通りにお辞儀をすると、サーシャちゃんは胸元の布の動きと肌の隙間を鋭い目で見つめ、深く何度も頷いた。
「なるほど、なるほど……! これなら、屈んだ時に服がたるんで、上から中が丸見えになっちゃうのを防げるわ。動いても隙間ができないように、ここのカッティングを少し内側に絞って、ホールド感を高めてあげるからね!」
「も、もう……びっくりしたぁ……。でも、丸見えにならないようにしてくれるのは、すっごく助かるかも……」
ひよりが赤くなった顔を両手で押さえながらホッと息をつくと、頭の中でキュアが楽しそうに大笑いした。
「あはは! ひより、昨日現実世界でママに『ホールド感のある服がいい』って教わったばかりなのに、さっそくサーシャちゃんに全身で実践されちゃったね。でも、お辞儀した時に丸見えにならないようにしてくれるなんて、本当にいい服になりそうじゃないか」
「キュア、笑わないでよぅ……」
心の中で相棒に文句を言いつつも、サーシャちゃんが自分のために一生懸命、動きやすくて安心できるリメイク服を作ってくれているのが嬉しくて、ひよりの心は再びワクワクとした幸福感で満たされていくのだった。




