祭りの後
ハラハがシャリンに散々脅され、冷や汗をかきながら魔道具屋を後にすると、店の中にはようやく静かな夜の時間が戻ってきた。
シャリンは改めてひよりに向き直ると、ふっと表情を和らげて椅子に腰掛けた。
「さて、ひより。今日はいろいろと大変だったね。お腹が空いてるかい? それとも、もう眠いかい?」
「ううん、ハラハさんのところでジュースとかおやつをいっぱいもらったから、お腹は平気! でも……なんだか、まだ身体がぽかぽかして、お祭りの音が耳に残ってる感じがするの」
ひよりは楽しそうに笑った。その様子を、シャリンはどこか値踏みするような、それでいて深い慈愛の籠もった目で見つめていた。
「……ひより。あんた、ハラハの作った衣装を着たとき魔力が切れたりしなかったかい?」
ひよりは驚いて目を丸くした。
「うん。切れなかったよ。魔力って切れるの?」
シャリンは魔道具屋の棚から、古びた、けれど丁寧に手入れされた一冊の魔導書を取り出し、机の上に置いた。
「そりゃ、使えば魔力切れになるさ。伊達に長く魔法使いをやってないよ。それに、私も元は冒険者だからね。あんたがさっき話してくれた『ストーンバレットを何回も連発した』っていうのを聞いて、確信したんだよ。駆け出しの子が、お祭りでテンションが上がったくらいで、初級魔法をそんなに何度も撃ち続けられるわけがないんだ」
シャリンは優しく笑って首を振った。
「怖がらなくていいよ。責めてるわけじゃないさ。ただ、あのハラハの『エロい服しか作らない』って偏屈なこだわりはね、単なる男の趣味ってだけじゃないんだよ。あいつは無自覚の天才さ。あいつの作る服は、露出が多い分、着る者の『魔力の循環』を一切邪魔しない。さらに、あいつが計算し尽くしたチラリズムの動きは、着る者の感情を昂ぶらせて、体内の魔力を限界まで引き出す触媒になるんだ」
シャリンは魔導書をめくり、一つの魔法陣のページを開いた。
「つまり、ひより。あんたのその発育抜群のワガママボディと、ハラハの最高傑作の衣装。そして、あんたを凝視する男たちの『狂熱的な視線』……それら全てが完璧に噛み合わさって、魔力が切れることなく循環したんだろうさ。簡単に言えばさ、あんたはあのお祭りの間、男たちの欲望をエネルギーにして、無自覚に『魔法使い』として覚醒しかけてたってことさね」
難しい言葉に、ひよりは小首を傾げる。シャリンはそんなひよりを見つめながら、言葉を続けた。
「だからハラハは『何を着てたってエロいやつはエロい、本人次第だ』って気づいたんだ。あいつは、あんたの身体そのものが持つ、魔力を惹きつける『器』としての格の違いを本能で察したんだよ。ハラハが作る『おとなしくて上品な普段着』がどんなものになるか、私も楽しみに待つよ……。どれだけ隠しても、あんたのその身体が、ハラハの仕立てを通じてどんな風に男を狂わせる魅力を放っちまうのか楽しみだねぇ」
シャリンは意味深にニヤリと笑う。
ひよりはお祭りの熱気の中で動き回り、ハラハの自宅倉庫でコインを数えたりしていたため、身体はすっかり汗と砂埃で薄汚れていた。これに気づいたシャリンは、
「おっと、寝る前にひと風呂浴びたほうがいいね」
と、店の奥にある広めの浴室へとひよりを連れて行った。
湯気があちこちから立ち上る浴室。湯船には、シャリンが特別に調合したという、ほんのりと甘い花の香りがする魔導薬湯がなみなみと注がれている。
二人は衣服を脱ぎ捨て、お互いの身体を綺麗に流してから、温かい湯船へと同時に身体を沈めた。
「ふぁぁ……極楽、極楽。疲れが一気に吹き飛ぶねぇ」
シャリンが豊満な胸を湯面に浮かべながら、気持ちよさそうに息を吐き出す。
「はふぅ……お湯、すっごく気持ちいい……。いい匂いもするね!」
ひよりも湯船の縁に頭を乗せるようにして、肩までお湯に深く浸かった。お祭りで一日中動き回って強張っていた筋肉が、じんわりと温かい薬湯にほぐされていく。お腹の奥の方で、お祭りの間ずっと高ぶっていた魔力の波が、優しく穏やかに凪いでいくのが自分でも分かった。
シャリンは湯船の中で長い足を伸ばし、お湯をパシャパシャとすくいながら、隣にいるひよりを優しく見つめた。
「そうかい、気に入ってくれて何よりさね。これは疲れを癒やすだけじゃなくて、乱れた魔力を整える効果もある魔導薬湯なんだよ。お祭りで無自覚に魔力を回し続けたあんたの身体には、うってつけさ」
「魔力を整える……。だからかな、なんだか身体がすっごく軽くなってきた気がする!」
ひよりは湯船の中で自分の小さな手を広げたり握ったりして、無邪気に笑った。その様子を見ながら、シャリンはふと、ひよりの瑞々しい肌や、ハラハが「型紙なしでも完璧に把握した」と言うその均整の取れた身体のラインに目を向けた。ひよりの圧倒的な美しさと、子供特有のあどけなさという独特の雰囲気が、お湯に濡れてより一層際立っている。
「まったく、ハラハの奴……」
シャリンは湯船に浮かぶ自分の豊かな胸を手で軽く支えながら、隣で気持ちよさそうにお湯をパシャパシャと跳ね返しているひよりをジロリと盗み見た。
シャリンの目から見れば、ひよりはどこからどう見ても、瑞々しい肌と発育抜群の肉体を持った20歳のうら若き大人の女性だ。ただ、その抜群のプロポーションに対して、言動や仕草がやたらと子供っぽく、世間知らずで危なっかしい。
(20歳にもなって、露出度の高い服を着せられて『わーい!』だなんてねぇ……。いくら田舎育ちの純朴な子だからって、ちょっとおこちゃまが過ぎるじゃないかね)
シャリンは、ひよりが「20歳にしては精神年齢が幼すぎる」という意味で、危なっかしくて見ていられないのだ。
「ねぇねぇ、シャリンさん! このお湯、すっごくお肌がツルツルになるよ! 見て見て!」
ひよりは20歳のパーフェクトなワガママボディを湯面から大胆に乗り出し、濡れて光る自分の腕を嬉々としてシャリンに見せてくる。無防備にもほどがある。
「はいはい、見てるよ。あんたねぇ、いくら女同士だからって、そんなに無防備に身体をさらすもんじゃないよ。ハラハの前でもそんな風に無邪気にしてたんだろ? あいつ、職人の理性を保つのに必死になってたはずさね」
シャリンはため息をつきながら、ひよりのふっくらとした頬を指先でツンと突いた。
「えー? ハラハさん、お祭りのときすっごく真剣だったよ?」
「だからそれが無理してたって言ってるんだよ。本当に、見た目は立派な大人の女なのに、中身は10歳の子どもと変わらないんだから……」
シャリンは呆れ半分、可愛さ半分でクスクスと笑った。ひよりが本物の10歳児だとは夢にも思わず、「ちょっと精神的に幼い、世間知らずな20歳の女の子」として、すっかりお姉さん気分で世話を焼いてしまうのだった。
風呂からあがり、
「シャリンさん、おやすみなさい!」
と元気にシャリンに挨拶をして、温まった身体でふかふかのベッドへ移動したひよりは、毛布を胸元まで引き上げた。
(ひより……なんだか、凄いことになっちゃったね。でも、頼んだお洋服が届くのが楽しみだね……!)
脳内で響くキュアの楽しげな言葉に、ひよりは
「うん……!」
と心の中で強く頷いた。
明日からの新しい冒険と、ハラハが仕立ててくれる特別な服に胸をワクワクと高鳴らせながら、ひよりはゆっくりと心地よい眠りの中へと瞳を閉じるのだった。




