ハラハの悟り
永遠に続くかに思えた狂熱のお祭りも、夜の更けとともに終わりの時間を迎えた。
最後の客がストーンバレットを撃ち終え、魂を抜かれたような顔で去っていくのを確認すると、ハラハはやりきった男の顔で前に出た。まだ屋台を遠巻きに囲んでいる名残惜しそうな男たちに向けて、朗々と口上を述べる。
「本日は我が的当て屋にご来店、誠にありがとうございました! これにて閉店とさせていただきます。集まってくださった皆様のおかげで、今宵は歴史に残る最高の的当てとなったと自負しております。……皆様、今宵は健やかにおやすみください」
ハラハが深々と頭を下げると、人垣の男の一人が即座に叫んだ。
「こんなモン見せられて、健やかに寝れるわけねーだろ!!」
その言葉に、周囲の男たちからドッと大きな笑いと同意の声が沸き起こる。男たちは名残惜しそうに何度もひよりを振り返りながら、熱狂の余韻に包まれて解散していった。
こうして、一度は全て吐き出されたはずの景品が「男たちの自発的な返却」によって半分以上手元に戻ってきた状態で、無事に店仕舞いが完了した。
お祭り衣装のままのひよりとハラハは、再び大きな屋台を引いて、静まり返った夜道を元の自宅兼倉庫へと戻っていった。
倉庫に到着し、さっそく机の上にガシャガシャとお祭りの売り上げコインをぶちまける。二人がかりでコインの確認を始めると、ハラハの手が目に見えて震え出した。
「な……なんだこれは。いつもの10倍……いや、それ以上稼いでやがる……!」
途中、ひよりのチラリズムに理性を狂わされ、狂ったように連射モードで金を注ぎ込む奴らが何人もいた。
ひよりが「すごーい! もっと見せてー!」と無邪気に煽りまくったのもあるが、それにしても尋常ではない金額だ。
集計が終わった時、机の上に並んでいたのは――なんと【金貨6枚分】。
(嘘だろ……たった数時間の的当ての売り上げが、金貨6枚分(60万円分)だと!?
ハラハは驚愕で心臓が止まりそうだった。売上は完全にひよりの手柄だったが、そこは年上の大人であり店の主だ。ハラハは精一杯の威厳を保ちながら、約束通りの報酬として、ひよりに【銀貨1枚】(約1万円分)をポンと手渡した。
「ほら、今日のがんばった分の報酬だ。受け取りな」
「わぁぁ! 銀貨だぁ! ありがとうございます!」
自分でしっかり稼いだお金を手に、ひよりは大喜びで目を輝かせる。
するとハラハは、机の上の売り上げから【金貨1枚】(約10万円分)と銀貨10枚を取り出し、ひよりの目の前に見せた。
「そして、これを見てみろ」
「すごーい! 金貨!銀貨もこんなにたくさん! キラキラしてて綺麗だなぁ……!」
ひよりは純粋にその輝きに大はしゃぎしている。
(この時、ひよりはそれが20万円という大金だとは全く分かっていなかった。)
ハラハはごくりと唾を飲み込み、本題を切り出した。
「なぁ、ひより。……また、うちのバイトに来てくれないか?」
「うん! すっごく面白かったから、わたしまたやりたい!」
ひよりが即答すると、ハラハはニヤリと不敵に笑って金貨1枚と銀貨10枚を指差した。
「よし交渉成立だ。次も来てくれるって約束の印に、このお金を『ボーナス』としてお前に渡す。……いいか?」
「えっ! 本当に!? うん、やったぁー!」
ひよりはこの臨時の大金(だとは分かっていないが)に大喜び。
すると、ひよりはもらったばかりのコインを眺めながら、ちょっと首を傾げて考え込んだ。
「あのー、ハラハさん。ハラハさんってお洋服、作ってもらえるの?」
「あん? ああ、俺の本業は縫製職人だからな。型紙さえありゃ何だって作るぞ」
「なら、わたしの『普段着』を作って欲しいかな!」
「いいのか? 俺の仕立ては高いぞ。金貨1枚(約10万円)はもらうからな」
ハラハが冗談半分に言うと、ひよりは「じゃあ、これでお願いします!」と、たった今ボーナスとしてもらったお金の中から、迷うことなく金貨1枚をハラハの手のひらに握らせた。
「おとなしめで、上品で、動きやすい服がいいな! あと、冒険に行っても絶対に破れない、すっごく丈夫な布で作って欲しいの!」
ハラハは手の中の金貨とひよりを見比べ、職人の顔になって力強く頷いた。
「……フッ、わかった。任せとけ。お前のそのワガママな体型なら、さっきの『最高傑作のドレス』を作る時に、隅から隅まで完全に把握しちまってるからな。型紙なしでも完璧なシンデレラフィットに仕立ててやるよ」
時計を見ると、もうすっかり夜も更けている。ハラハは小さな女の子を一人で帰すわけにもいかないと、ひよりを送り届けるために、彼女の滞在先であるシャリンの店(魔法道具屋)まで一緒に歩いて行った。
店の扉を開けると、奥から店主のシャリンが顔を出した。ハラハの姿を見るなり、シャリンは目を丸くする。
「なんだ、ハラハじゃないか。久しぶりだねぇ」
「シャリンさん、夜分遅くにすまねえ。ひよりを送り届けにきた」
驚くひよりを余所に、二人は旧知の仲のようだった。実はシャリンが昔、現役の冒険者をしていた頃、彼女の戦闘服を作っていたのが若き日のハラハだったのだ。
シャリンは懐かしそうに、呆れたような笑みを浮かべてひよりに話しかけた。
「ひより、こいつに服を頼んだのかい? 昔のこいつはさ、『エロい冒険者服しか作らない』なんて変なこだわりがあってねぇ。そのせいで全然売れてなかったんだよ。見かねた私が、お情けで仕事を発注してやってたのさ。」
「それが妙に気に入って、今でもこんな服(露出の多い服)が好きなんだよ」
それを聞いたひよりは、慌ててハラハを振り返り、両手をバタバタと振った。
「えっ!? エ、エロいのはダメだよ! わたしが頼んだのはエロいのじゃない服だからね!」
ハラハは苦笑しながら、優しくひよりの頭をポンと叩いた。
「わかってるって。おとなしくて上品な服だろ。ちゃんと注文通りに作るさ」
その様子を見ていたシャリンが、少し意外そうに眉をひそめた。
「おや……あんた、あの偏屈な方針を変えたんだ。一体いつからだい?」
ハラハは腕を組み、窓の外の夜空を見上げながら、しみじみとした口調で呟いた。
「……さっき変わったんだよ、シャリンさん。布でガチガチに隠してようが、おとなしい服を着てようが……エロいやつは、何を着てたってエロいんだ。要は、服のデザインじゃねえ。着てる本人次第だってことが、さっきの祭りでよぉく分かっちまったんだよ」
ハラハのその深い「職人の悟り」の意味が分からず、ひよりは「???」と不思議そうに首を傾げるばかりだったが、シャリンだけは
「ふふん、なるほどねぇ」
と、全てを察してニヤリと不敵に笑うのだった。
「シャリンさん、聞いて聞いて!」
ひよりは嬉しそうに、自分の小さな鞄の中からジャラジャラと音を立ててコインを取り出した。
「今日のお手伝いの報酬でね、この銀貨1枚をもらったの! それからね、ハラハさんが『次の時も来てね』って、ボーナスで金貨を1枚と銀貨10枚をくれたんだよ! 金貨はさっき、ハラハさんに普段着を作ってもらうために渡しちゃったんだけど……ほら!」
ひよりの手のひらの上で、銀貨11枚が、部屋の明かりを反射してキラキラと眩しく輝いた。
それを見たシャリンは、一瞬、完全にフリーズした。
「……は?」
魔道具屋を営み、昔は凄腕の冒険者だったシャリンには、そのコインの価値が痛いほどよく分かる。数時間、的屋の手伝いに行っただけで持って帰っていい金額ではない。
銀貨11枚といえば、初級冒険者が必死にクエストを1ヶ月やってようやく稼げるほどのお金だ。
シャリンはガタッと椅子を鳴らして立ち上がると、ひよりの両肩を掴んで、血相を変えてハラハを睨みつけた。
「い、いったいあんた、この子に何させたんだい!? まさか、偏屈なあんたが、この子に不埒な真似を……!」
「ち、違うわ! 誤解すんじゃねえシャリンさん! 俺は指一本触れてねえし、全部真っ当な的当ての売り上げから出したんだよ!」
ハラハが慌てて両手を振って弁明する。
「本当だよ、シャリンさん! わたし、すっごく真面目にお手伝いしたんだもん!」
ひよりがむくっと頬を膨らませると、シャリンは少し落ち着きを取り戻し、
「……ひより、詳しく私に説明しておくれ」
と、真剣な顔で促した。
ひよりは嬉々として、今日あった出来事を身振り手振りを交えて詳しく話し始めた。
「あのね、まずハラハさんが、わたしのために魔法少女『キュアアップ』のすっごく可愛いお洋服を着せてくれたの! でもね、最初はちょっと胸のところがスースーして、スカートも短すぎて『公然わいせつ罪になっちゃう!』ってハラハさんが頭を抱えちゃって」
「……ほう」
シャリンの目が、じろりとハラハに向けられる。ハラハは気まずそうに目を逸らした。
「それでね、ハラハさんが1時間で作り直してくれたの! 胸のところを、お肌が透けて見える『シースルー』っていうカッコいい布にして、スカートも膝上20センチっていう長さに改造してくれたんだよ!ハラハさんは絶妙な長さだって言ってたよ!」
「なるほどねぇ……。男を釣るための、実にあんたらしい姑息な職人技だね」
シャリンの冷ややかなツッコミに、ハラハは、
「職人の計算と言ってくれ!」
と小さく抗議する。
「お祭りが始まったらね、もうすっごく混んじゃって! わたしがストーンバレットでマトを戻するたびに、みんな『うおー!』って大騒ぎするの。いい景品を狙うとね、マトが奥の方にあるから、わたしがマトを直すために『よいしょ』って深くかがんだり、しゃがんだりしなきゃいけなくて……。そのたびに、みんなマトを見ないで、わたしの胸元とかスカートのところをじーっと見てるんだよ。わたし、手で一生懸命押さえたんだけど……」
「……あんた、やっぱりその服を着せて、ひよりを客寄せパンダにしたんだね?」
シャリンがため息をつく。
「ううん、それだけじゃないんだよシャリンさん!」
ひよりはさらに声を弾ませて続けた。
「みんなが難しいマトばっかり狙うって、連射する人まで現れて、途中でハラハさんの景品が全部なくなっちゃったの! そしたら並んでたお兄さんたちが『この景品返すから、もう一回やらせて!』って言ってくれて。だからわたし、景品1個と引き換えに、1回サービスしてあげて、ウィンクもポンってしてあげたの! そしたらみんな大喜びで、お財布が空っぽになるまで何回も何回もお金を払ってくれて、タダで景品がどんどん戻ってきたんだよ! ハラハさんも『こんなの初めてだ、永久機関だ!』って大興奮してたんだから!」
ひよりが一気に話し終えると、シャリンはしばらく呆然とした後、ハラハの顔と、ひよりの手の中の金貨を交互に見た。そして、すべてを理解して、はぁぁ……と深い、深い、同情と納得のため息をついた。
「……なるほどね。そりゃあ、そんな可愛い魔法少女が、胸やスカートを健気に隠しながら、景品を拾うために目の前で何度も健気にしゃがみ込んで、おまけにウィンクまでしてくれるんだ。この街の不埒な男どもが、正気を失って財布の底を尽くまでコインを投げ込むわけだよ……」
シャリンはハラハをジロリと見て言った。
「あんた、この子のおかげで、仕入れ値ゼロで金貨5枚以上掠め取ったんだろ?」
「……6枚だ」
ハラハは小さく誇らしげに胸を張った。
「そりゃ金貨1枚と銀貨10枚のボーナスくらい、はした金だね。むしろ安いくらいさ」
シャリンは呆れつつも、ひよりの頭を優しく撫でた。
「よく頑張ったね、ひより。あんたのその無自覚な魅力が、ケチな的屋を裕福にしちまったんだよ。ハラハ、この子が頼んだ普段着、もし少しでもエロい仕掛けにしてみなさい、私がこのハサミであんたのソレをチョン切るからね」
「わ、わかってるって! 上品で、頑丈で、動きやすい最高の一着に仕立てるさ!」
ハラハが股間を押さえるようにして大慌てで首を縦に振るのを見て、ひよりは
「ふふっ、ハラハさん、面白い!」
と、やっぱり何も分かっていない無邪気な笑顔でパチパチと手を叩くのだった。




