ギルドの依頼板と、シャリンの品定め
活気あふれる冒険者ギルドにやってくると、シャリンは受付を素通りし、大きな依頼掲示板の前へとひよりを引っ張っていった。
「さてと……。アンタが今使える魔法って、初級の『ストーンバレット(石弾)』だけなのよね?」
「うん、そうなの。ちっちゃい石がポーンって飛ぶやつだけ……」
ひよりが不安げに指先をいじると、シャリンは「十分よ」と言って、掲示板に貼られた大量の依頼書を鋭い目付きで物色し始めた。
ひよりも依頼書を物色する。
「お使いの依頼、お使いの依頼……。あ、これならわたしでもできそう!」
冒険者ギルドの依頼掲示板の前で、ひよりは「街の生活お助けコーナー」から『おばあちゃんのお買い物代行』の依頼書を見つけて、パッと顔を輝かせた。
だが、隣から伸びてきたシャリンの手によって、その依頼書はペリッと取り上げられてしまう。
「ダメよ、お使い依頼なんて。そんなんじゃサーシャへのお礼(リメイク代金)がいつまで経っても貯まらないわよ。せっかく魔法が使えるんだから、ちゃんと『魔法を使った仕事』にしなさい」
「ふぇぇ……。でも、魔物と戦うのは怖いよぉ……」
シャリンにジロリと睨まれ、ひよりは自分のタイトな魔法使い服の袖をいじりながら、小さくなってシュンと肩を落とした。
頭の中のキュアも『うーん、確かにシャリンさんの言う通り、お買い物代行じゃ報酬が安すぎるか……。でも、今のひよりが使えるのは、ちっちゃい石がポーンって飛ぶ初級の「ストーンバレット(石弾)」だけだしなぁ……』とトホホとため息をついた。
「安心しなさい。戦闘じゃなくても、その特性が活かせる仕事はあるわ。アンタのその警戒心ゼロな頭でもこなせそうなやつを、ギルドの掲示板から見繕って持ってきてあげたから」
シャリンはそう言うと、近くのテーブルの上に、数枚の依頼書をバサッと置いて、
「じゃあ、まずは1つ目の依頼から説明するよ」
①【採掘場での鉱石・原石の叩き出し】
内容: 鉱山で、岩の隙間にある固い鉱石の塊を『ストーンバレット』の衝撃でピンポイントに撃ち落とし、収穫する仕事。
シャリンの解説:
【良いところ】: 「的は動かない岩だから、アンタの腕前でもじっくり狙えば確実に当たるわ。それに、魔力を使って石を弾き出すだけだから、怪我をするリスクが一番低い。今のアンタには大本命ね」
【悪いところ】: 「とにかく地味で疲れること。あと、鉱山は埃っぽいから、せっかくのそのタイトな服が泥と砂まみれになるわよ。襟ぐりが広いから、服の中にまで砂が入り込んでジャリジャリになるのは覚悟しなさいね」
シャリンは2枚目の依頼書をスッと引き出し、ひよりの前に差し出した。
「じゃあ、2つ目の候補ね。これなら動かない岩を相手にするよりは、少しはやりがいがあるかもしれないわよ」
②【下水溝に住み着いた『ウォータースライム』の追い出し】
内容: 街の下水溝(排水路)のあちこちに詰まって流れを悪くしている、ゼリー状の小さなスライムたちを、ストーンバレットの風圧と衝撃でペチペチと叩いて、街の外の川へと追い出す仕事。
シャリンの解説:
【良いところ】: 「スライムと言っても、ただの水の下級モンスターだから攻撃性はゼロ。噛みつかれたりする心配はないわ。それに、的がゼリーみたいに柔らかいから、アンタのストーンバレットが少々強く当たっても、ポヨンと弾んで死なずに逃げていくだけ。グロいシーンは一切ないわよ」
【悪いところ】: 「……とにかく、場所が下水溝ってことね。アンタのその身体のラインにぴったり沿ったタイトな服で、狭い排水路のフチを歩いたり屈んだりしなきゃいけないの。おまけに襟ぐりが広いから、スライムが驚いて跳ね上がったときに、あの冷たい粘液が胸元に『ベチャッ』って飛び散る可能性が大いにあるわ。終わる頃には、全身下水とスライムの匂いでお世辞にもいい香りとは言えなくなるわね」
「ひゃああ! 胸元にスライムがベチャッ!? ヤダヤダ、絶対にイヤだぁ!」
ひよりは自分の胸元を両手でギュッと押さえながら、猛烈に顔をしかめて首を振った。
頭の中のキュアも、想像してしまってウワァという声をあげます。
『それはちょっと勘弁だね……。ただでさえその服、胸元が開いてるから、そんなところにスライムの粘液が滑り込んできたらパニックどころじゃないよ。いくら攻撃性がないとはいえ、精神的ダメージがデカすぎる……!』
そんなひよりの拒絶っぷりを見て、シャリンは苦笑しながら、3枚目の依頼書をひよりの前に出した。
「はいはい、分かったわよ。じゃあ次は、そんなに汚れる心配がなくて、アンタみたいな子供の頭でもちょっと楽しめそうなやつにしましょうか。これならデメリットも少なめよ」
③【お祭り用の『的当てゲーム』のマト戻し&デモンストレーション】
内容: 広場で開催されるお祭りの出し物。お客さんが魔法やボールで倒したマトを裏側から『ストーンバレット』でパコンと撃って元に戻したり、サクラとして「魔法でマトを倒すお手本」を見せて客を呼び込む仕事。
シャリンの解説:
【良いところ】: 「お祭り騒ぎだからとにかく楽しい! 賑やかだし、屋台の食べ歩きチケットがおまけで貰えることもあるわ。それに、アンタみたいな抜群のプロポーションの美人が魔法を使って見せたら、それだけで男たちが群がって大繁盛間違いなしね」
【悪いところ】: 「とにかく目立つこと。街中の注目を集めるから気をつける事。あとは単純に、ずっと立ちっぱなしだから足が疲れるわよ」
「わぁ……っ! お祭り! 屋台のチケット!」
ひよりは一転して、パァッと顔を輝かせました。
頭の中のキュアも『お、これはかなり良さそうだね! 汚れないし、危なくないし、ひよりのその見た目ならお祭りのアイドル扱いされるかもしれないよ。目立つから変な男には気をつけなきゃだけど、動かないマトなら練習通りにやれば大丈夫だし、何より楽しそうだ!』と太鼓判を押します。
「わたし、これにする! お祭りのやつがいい!」
ひよりは嬉しそうに3枚目の依頼書を指差した。
「よし、決まりね。じゃあ受付にその依頼書を出して、手続きを済ませてきなさい」
シャリンが顎で受付を指すと、ひよりは嬉しそうに3枚目の依頼書を持ってカウンターへと向かった。
ギルドの受付で無事に手続きを済ませ、お祭りの依頼を受領すると、シャリンはひよりの頭をポンと軽く叩いた。
「じゃあ、私は店に戻るわ。あとはしっかり頑張りなさい。お祭りだからって、浮かれて迷子になるんじゃないわよ」
「うん、シャリンさん、いろいろ教えてくれてありがとう!」
ひよりが元気に手を振ると、シャリンは「はいはい」とぶっきらぼうに応えながら、そのままギルドの出口へと歩いていってしまった。
去っていくシャリンの後ろ姿を見送るひよりは、ぽつんと一人残されたような気がして、少しだけ寂しそうな顔をした。
頭の中のキュアが、そんなひよりを励ますように優しい声をかけた。
『シャリンさんも自分の店があるのに、わざわざひよりに付き合ってギルドまで来てくれたんだからね。本当にありがたいよ。さあ、あとは自分たちの力で頑張ろう!』
「うん!」
ひよりは小さく拳を握って頷くと、昨日、親切な門番のお兄さんからもらった街のガイドマップをカバンから引っ張り出した。広げてじっくりと眺め、お祭りの的当てゲームを主催する依頼人の住所を確認する。
「ええっと……ここからだと、結構遠そうだなぁ……」
ひよりは地図を指でなぞりながら、目的地を目指してテクテクと歩き始めた。抜群のプロポーションを包むタイトな魔法使い服の裾を揺らしながら、石畳の通りをどんどん進んでいく。
最初は賑やかだった中央通りから、角をいくつか曲がるたびに、だんだんと人通りが少なくなり、周囲の建物の雰囲気が変わっていった。壁の塗装が剥げ落ち、ゴミが散らかった、まるでスラム街のような薄暗い路地へと差し掛かったところで、キュアが警戒を促した。
『ひより、ちょっと周りに気をつけて。あんまり雰囲気が良くない場所に入り込んじゃったみたいだ』
本来なら、こんなにスタイルの良い綺麗な女性が一人で迷い込んでいいような場所ではない。路地の陰からは、何やらギラギラした目付きの男たちがひよりの姿をじっと見つめていた。
しかし、ひよりが着ているのは、立派でタイトな魔法使いの服だ。この世界において「魔法使い」は、一筋縄ではいかない強力な力を持つ存在として恐れられている。そのため、男たちも「あんな若くて綺麗な女が一人でこんな場所を歩いているなんて、相当な実力者に違いない。うかつに手を出すと魔法で灰にされるぞ」と勘違いし、誰も近寄ってこようとはしなかった。
魔法使いの格好が、図らずも最高の魔除けになっていた。
そんな周囲の視線に全く気づかないひよりは、地図と周囲の景色を何度も見比べながら進み、ついに路地の奥にポツンと佇む、掘っ立て小屋のような古びた倉庫のような建物の前にたどり着いた。
「見つけた! ここだぁ!」
ひよりは両手をパッとあげて、無邪気に喜んだ。
自分で地図を読み、自分の足で歩いて、迷わずに目的地にたどり着いたことが、10歳の心を持つひよりにとってはたまらなく嬉しかったのだ。
頭の中のキュアも、我が子の成長を見守る親のような気持ちになり、嬉しそうに頷いた。
『うん、うん! すごいよひより、ちゃんと一人で目的地まで来られたね!』
「えへへ、わたしだってやればできるんだもん!」
ひよりは誇らしげに胸を張ると、さっそく依頼人を呼び出そうと建物の周りを見回した。だが、そこは古びた掘っ立て小屋。呼び鈴なんていう便利なものは当然どこにも見当たらない。
「あれ? ボタンがないや。……あのー、ごめんくださーい!」
しばらく待っても返事がないので、ひよりは仕方がなく、建物の壁に向かってトントン、と拳で軽くノックをしてみた。
しかし、その壁は薄い鉄板のようなトタンで出来ていたため、ひよりが軽く叩いただけのつもりでも、路地裏に「バンババンッ!」と、予想以上の凄まじい大音が響き渡ってしまった。
「ひゃあああっ!?」
自分の出した大きな音に、ひよりは飛び上がって驚き、自分の胸元を両手でぎゅっと押さえながら目を丸くした。
すると次の瞬間、トタンの扉がガタガタと乱暴に開き、奥から低く不機嫌そうな声が響いた。
「……誰だ。人の家の壁をぶっ叩く不躾な奴は」




