仕立て屋の秘密と迷子
サーシャは真剣な目付きになると、切り出した布をひよりの豊かな胸にぐっと巻き付けた。そのままグッと上に持ち上げたり、左右に引っ張ったりして、あちこち動かしてみる。
(ふぇぇ……なんか、遊ばれてるみたい……)
ひよりにはまるでイタズラされているように見えて、少し恥ずかしかった。
しかし、サーシャの顔は10歳とは思えないほど真剣そのものだ。指先の感覚だけで、大人の身体の可動域や、激しく動いたときの胸の重さの分散具合を正確に測っているのだ。
ひよりはその本気な横顔を見て、何も言わずにじっとされるがままになっていた。
(うーん……ベースの服がちょっとエッチだから、デザインがそれに引っ張られちゃうな。でも、そこを逆手に取れば、自然で上品に抑え目にできるかも……!)
頭の中でみるみるうちに型紙が完成していくのを感じ、サーシャは満足そうにパッと手を離した。
「よし、イメージはできた! この服をいくつか持って、一度家に戻るね」
サーシャが山積みのエッチな服から、素材になりそうなものを一抱え持ち上げる。
「あ、わたしの服になるんだから、わたしも持つよ!」
ひよりはそう言って、残りの服を自分でも抱えた。
二人はそのまま、シャリンの店を出てサーシャの家路へと向かう。
やっぱり昨日と同じ、近道である肉屋の裏手へと入っていった。お肉の焼けるいい匂いが漂うお店の横を通り過ぎ、細い路地をぐねぐねと進んでいく。迷路のような道を抜けると、パッと目の前が拓け、活気のある大きな大通りに出た。
その通りの角に、ひときわ目を引く美しいお店があった。大きなガラス張りになっていて、中には仕立ての良さが一目でわかる上品な服が綺麗に並んでいる。
看板には『テーラーハーティ』と刻まれていた。
「ここが私の家だよ! この街で“ハーティ”の屋号を名乗れるのは、腕が一番いいっていう証拠なんだから!」
サーシャは自慢そうに胸を張って、自分の店を紹介した。
「わぁ……! ガラス張りで、とっても綺麗なお店だね……!」
ひよりは10歳児らしく、キラキラしたショウウィンドウを見上げて素直に感心した。
二人はお店の正面ではなく、裏手にある職人用の入り口から入り、そのままサーシャの部屋へと向かった。
サーシャの部屋には、使い込まれた様々な種類のハサミや針、色とりどりの糸、そして作りかけのドレスがトルソーに掛けられており、まさに小さな工房といった雰囲気だった。
抱えていた服を机に置くと、サーシャは職人の顔になって語り始めた。
「あのねひよりさん。服を1から作るより、こうやって今ある服を直す『リメイク』の方が、作業自体は簡単なの一。……でもね、リメイクは、最初に作られた服の着心地をさらに良くしたり、デザインを変えたりするから、実は元の服の良し悪しで出来栄えがすっごく変わっちゃうの。
元の服の良さを活かしながら、さらに着る人の身体にぴったり合わせなきゃいけないから、本当はとっても難しいんだよ」
まだ見習いのはずなのに、お母さんの背中を見て育ったサーシャの言葉には、仕立て屋としての深い誇りと情熱が詰まっていた。
【サーシャの夢と、帰らない父親】
サーシャが熱っぽくリメイクの難しさと面白さを語るのを聞いて、ひよりは昨日、彼女が言っていた言葉を思い出して小首をかしげた。
「ねえサーシャちゃん、昨日『冒険者になりたい』って言ってたよね。でも、今の仕立て屋さんのお話を聞いてると、すっごくお洋服作りが好きみたいだし、本当は仕立て屋さんになりたいんじゃないの? なんで冒険者になりたいの?」
するとサーシャは、少しはにかみながら首を振った。
「ううん、違うよ。仕立て屋の仕事も好きだけど……私は、もっと自由に色んなところを旅したりしたいの。それにね、私のお父さんが冒険者なの」
「へぇ……! お父さんが冒険者なんだ! じゃあ、お父さんと一緒に冒険がしたいんだね。素敵だなぁ」
ひよりが10歳児らしい素直な憧れを込めて目を輝かせると、サーシャは少し寂しそうな、だけど誇らしげな笑顔を浮かべた。
「うん。でもお父さん、一度旅に出ると全然帰ってこないんだけどね……。だから、もし私が冒険者にならなかったら、その時は……冒険者が着るための、丈夫で動きやすい『冒険用の服』を作りたいかな!」
そう言ってハサミを握るサーシャの目は、ただの駆け出しの女の子ではなく、すでに自分の未来を見つめる立派な職人の輝きを秘めているのだった。
【予期せぬ迷子と、もう一つの門】
作業机に向かったサーシャは、ハサミを握った瞬間から完全に自分の世界へと没頭してしまった。ブツブツと呟きながら、シャリンのエッチな服に躊躇なく刃を入れていく。
その真剣な横顔を見たひよりは、
(邪魔しちゃ悪いな……)
と思い、足音を立てないようにそっと部屋を抜け出し、テーラーハーティの店の外へと出た。
大通りの眩しい日差しの中で、ひよりは一歩踏み出して、そのままピタッと足を止めた。
左右を見渡しても、見覚えのない上品な建物ばかりが並んでいる。
「……あれ? どっちの方向に帰ればいいんだろ?」
近道のぐねぐねした細い路地をサーシャの後について歩いてきただけだったため、ひよりは自分がどこにいるのか完全に分からなくなっていた。20歳の大人の身体になっても、中身は10歳の女の子。完全に迷子である。
困り果てたひよりの頭の中に、頼れる相棒の声が響いた。
『あはは、迷っちゃったね。でも大丈夫だよひより。この街は、中心にある大きな門のところまで行けば、そこから道が分岐してシャリンの店の方にも戻れるからね。まずはその門を目指して歩こう』
「そっか! 門に行けばいいんだね!」
ひよりはパッと表情を明るくした。
「じゃあ、またあの親切な門番の人に会えるね!」
昨日、異世界にやってきたばかりのひよりを、デレデレしながら親切にしてくれたあの若い門番のことだ。
キュアは内心で、
(親切っていうか、単に大人のお姉さんになったひよりの容姿を見て、鼻の下を伸ばしてただけなんだけどな……。まあ、10歳のひよりにはまだその辺の男のドロドロした下心は早いか)
と思いつつ、苦笑混じりに声を返した。
『ま、まあ、親切は親切だよな……。今のところは、だけど』
キュアの案内に従って、大きな通りをまっすぐ歩いていくと、やがて前方に巨大な石造りの門が見えてきた。
「あった! 門に着いたよ、キュア!」
ひよりは嬉しくなってトコトコと駆け寄った。
――しかし、門の前に立って、ひよりは「あれ?」と首を傾げた。
昨日通った門は、もっと活気があって、商人や馬車が慌ただしく行き交っていたはずだ。けれど目の前にある門は、重厚な鉄格子の扉が固く閉ざされており、周囲には武装した強そうな兵士たちが鋭い目付きで周囲を警戒している。昨日のお気楽な門番の姿もどこにもない。
どう見ても、昨日ひよりがくぐった活気のある『正門』ではなく、軍事用か貴族用と思われる、全く別の門だった。
ひよりはガーンとショックを受け、その場に立ち尽くした。
「……ま、迷ったーーーー!!」




