居残り希望と、朝の着替え
小鳥のさえずりが響く清々しい朝、ひよりはふかふかのベッドの上で目を覚ました。
大人の身体の心地よさと異世界のワクワク感がすっかり気に入ってしまったひよりは、伸びをしながら心の中の相棒に声をかける。
「ねえキュア、おはよう。……あのね、わたし、すぐに現実に戻らないで、もうちょっとここにいたいな」
頭の中でキュアが少し意外そうな声を出す。
『あれ、そうなの? まずは異世界に行ったり来たりの感覚に慣れるように、一晩明けたらすぐ一回戻ろうと思ったんだけどな』
「それならアニメで何回も見慣れてるから知ってるもん! わたし、せっかくお部屋も作ってもらったし、シャリンさんのお店で店番がしてみたいの!」
熱心におねだりするひよりに、キュアも「しょうがないな」と苦笑した。
『まあ、まだこっちに来てから制限時間の2日(48時間)が経ってるわけじゃないからいいけど……じゃあ、店番のあと、お昼くらいには一度現実に戻ろうか?』
「うん! そうする!」
ひよりは嬉しくなってベッドから飛び起きると、さっそく昨日選んでおいた前ボタンの服へと着替えた。長袖で、首元までしっかり布地がある。これならシャリンさんにも「マナー違反」と怒られないはずだ。
着替えを終えて部屋のドアを開け、ダイニングキッチンに出たけれど、シャリンの姿はどこにもなかった。
(あれ? まだ寝てるのかな?)
そういえば、何時からお店を開けるのか聞いていなかったことに気づく。
もしかしたら、お店の入り口に営業時間が書いてあるかもしれない。そう思ったひよりは、薄暗いバックヤードを通り、ひっそりとした店内のカウンターを抜けて、表の大きなドアを開けて外に出てみた。
【裸みたい!? 朝のハプニング】
ガラガラとドアを開けて表通りに一歩踏み出す。朝の新鮮な空気が心地いい。
通りには、すでに朝の買い出しや仕事へと向かう人々が行き交っていた。
しかし、ひよりが一歩外に出た瞬間、目の前を歩いていた人が足を止め、文字通り「ギョッ!!」として目を丸くした。
みんな、信じられないものを見るような目でひよりを凝視しながら通り過ぎていく。
(あれ……? なんだろう、やっぱりみんな、わたしの顔をジーッと見ていくなぁ)
不思議に思いながらも、ひよりが店の壁に営業時間の看板がないかと探していると、通りの向こうから
「ひよりさーん!」
と元気な声が響いた。
昨日仲良くなった娘、サーシャだ。
サーシャはトコトコと走ってこちらにやってきたが、ひよりの姿を間近で捉えた瞬間、その場でピキッと硬直した。
「ひ、ひよりさん……っ! そ、その服……! 裸みたいだよ……っ!?」
「えっ!?」
ひよりは驚いて「裸?」と自分の服をまじまじと見つめた。
昨日、薄暗い物置部屋の中で服を選んでいたときは気がつかなかったのだ。
ひよりが選んだその服の生地は、なんとひよりの白くみずみずしい肌の色と、寸分違わぬ「完璧なベージュ(肌色)」だった。
しかも、布地が信じられないほど薄く、身体のラインにピタァッ……と吸い付くようなタイトなシルエットだったため、遠目から見ると、衣服を一切身に付けずに、20歳の爆乳と細いウエストを丸出しにして堂々と立っているようにしか見えないのだった。
「ひゃ、ひゃだっ……! 裸じゃないよぉ! ちゃんとボタンもついてるもんっ!」
ひよりはパニックになり、嘘でしょうと自分の身体を何度も見下ろした。
焦ったひよりが「ほら、これ服だよ! 服っ!」と証明しようと腕を大きく振って自分の胸元を叩いた、その瞬間。
タイトすぎる肌色の生地の奥で、尋常ではない質量を持った双丘が
「どるんっ! ぶるんぶるんっ!!」
と激しく上下左右に跳ね踊った。ただでさえ裸に見えるのに、そのあまりにも生々しい肉厚な重量感の大爆発に、周囲を歩いていた大人の男たちが一斉に顔を背けた。
『ひより、一旦店の中に引っ込めーーー!!!』
頭の中でキュアが焦った悲鳴をあげる。
「ふぇぇぇぇん! 恥ずかしいよぉ〜〜っ!!」
ひよりは顔を真っ赤にして、両手で自分の胸をぎゅっと隠しながら、サーシャを置いて店の中へと猛スピードで逃げ帰るのだった。
【仕立て屋の娘のアイディア】
ひよりが慌てて店の中に駆け込んだあと、外からサーシャが気遣わしく「ひよりさーん!」と名前を呼んだ。
ひよりは恥ずかしさのあまり、もう全身を外に晒す勇気が出ず、ドアをほんの少しだけ開けて隙間から顔だけをひょこっと出した。
「サーシャちゃん、教えてくれてありがとう。わたし、全然気づかなかったよ……。首まで隠れてるから、てっきりちゃんとした普通の服だと思ってたのに」
するとサーシャはクスッと笑って言った。
「やっぱりシャリンさんの用意した服は、エッチな服だったね」
「うう……あれが物置の中で、一番エッチじゃないやつだったんだよ? 他の服はもっと布がなかったり、透け透けの透明な布だったりしたんだから!」
「そっかぁ、シャリンさんのところにあるのはそういう服ばっかりだしね」
サーシャは困ったように腕を組んだ。
「どうしようか……。あ、じゃあ、うちのお母さんに言って作ってもらう?」
「えっ? 作ってもらえるの!?」
ひよりはパチンと目を輝かせた。
「うん。だって、シャリンさんの着ている服は、全部うちで作ってるんだもん」
「えっ、サーシャちゃんのお家って洋服屋さんなの?」
「違うよ。洋服屋じゃなくて、仕立て屋だよ」
「洋服屋さんと仕立て屋さんって、どう違うの?」
10歳のひよりには、その違いがよく分からなかった。
サーシャは胸を張って、分かりやすく教えてくれた。
「洋服屋はね、もう出来上がっている既製品を売るところ。仕立て屋はね、オーダーメイドのお店だよ」
「おーだーめいど……?」
「つまり、その人の身体のサイズに合わせて、1から服を作ることだよ」
「すごーい! 1から服を作るなんて、サーシャちゃんのお家ってカッコいいんだね!」
ひよりが純粋に感動していると、サーシャは仕立て屋の娘らしいプロの目で、まじまじとひよりのプロポーションを観察した。
「でも、ひよりさんは既製品のお店じゃ、絶対に胸が入らないと思うよ。それだけ大きいと、オーダーメイドにしないときっちりした服は着られないかも」
「ええっ!?」ひよりはガーンとショックを受けた。
「そんなの、わたし、お金ないよ……!」
すると、サーシャは名案を思いついたように手を叩いた。
「そしたら、いまある服を『リメイク』したらいいんじゃない? 私がやってあげるよ!」
「うそ! サーシャちゃんがリメイクしてくれるの!?」
ひよりは嬉しくなって身を乗り出しかけたが、慌ててドアの影に身体を隠した。
「うん!……でも、形を変えるにしても、付け足す布がないと足りないかな……」
サーシャが少し考え込むと、ひよりはすぐに思い当たって、お店の奥を指さした。
「布なら大丈夫! 物置に、わたしが着られないエッチな服が山のようにあるよ!」
【ひよりの部屋と、仕立て屋の目】
ひよりが元の服に着替えてから、サーシャがひよりの部屋に入って、ベッドや床に山積みになった服を見て目を丸くした。
「……これはまた、すごい種類だね。シャリンさん、完全に趣味でエッチな服作ってるわ。でも……」
サーシャは一着のドレスを手に取り、その縫い目をまじまじと見つめた。
「ほんと、うちのお母さん、いい仕立てだわ……。こんなに過激なデザインなのに、生地の合わせ目も補強も完璧だもん」
まだ駆け出しのサーシャだったが、その目には仕立て屋としての確かな才能が宿っていた。
ひよりは恥ずかしそうに指をつんつん合わせた。
「うん……。でも、布としてはいっぱいあるよね?」
ひよりは急に思い出したように続ける。
「そういえばサーシャちゃん、わたし昨日、サーシャちゃんが肉屋さんの裏手に消えていったから、てっきりお肉屋さんの娘さんなんだと思ってたよ」
それを聞いたサーシャは、ケラケラと楽しそうに笑った。
「あはは! あそこはただの近道だよ。私の家は、その先にあるもっと大きな大通りに面したお店なんだ!」
「あ、そうだったんだ!」
ひよりが納得していると、サーシャはプロの目でひよりの体を観察し始めた。ただしその視線は、いやらしさのまったくない、あくまで“仕立て屋としての採寸の目”だ。
「ひよりさんの体型は、既製品だと動きづらいと思う。特に胸まわりは、形が合ってないと布が引っ張られて痛くなるし」
「そうなの……。走ると揺れて、すごく気になるんだ」
「うん、服は形が大事。それにあんまり揺れない、胸が包まれる感じがいいよね」
ひよりはぱっと顔を明るくした。
「うん、もっと動きやすいのがいい。揺れないのと、目立たないのがいい!」
「任せて。まずはベースになる服を着てみて。そこから形を調整するね」
そう言ってサーシャが手渡したのは、シンプルな黒のタイトドレスだった。ひよりがさっそくそれを身に付けてみる。
しかし、シャリンよりもさらに胸が大きいひよりが着ると、フロントの生地が完全に足りず、今にもはみ出しそうなほどの凄まじいボリュームで行き場をなくしてしまった。
「うわわ、やっぱりきついよぉ!」
ひよりが窮屈さに耐えかねて身をよじり、足元をよろめかせた瞬間――ホールド力を失った尋常ではない質量が、ドレスの胸元から
「ぶるんぶるんっ!!」
と激しく上下に跳ね踊った。あまりの重量感に服全体が引っ張られ、はち切れんばかりの圧倒的な存在感を主張してしまう。
「わわっ、やっぱりこれじゃ胸が入らないね!」
サーシャは慌てて、山積みの衣服の中から別の服を引っ張り出してきた。それは胸元が大胆に全開になったエッチな服だったが、袖やスカートなどのそのほかの露出はかなり抑えめのデザインだった。
「ひよりさん、次はこれを上に重ねて着てみて!」
言われるがままにひよりがそれを着ると、サーシャは駆け出しとは思えない鋭い目付きになり、顎に手を当てて、うーん……と本格的に考え込んだ。
「やっぱり胸の部分だけ、別の布で“支え”を作ったほうが早くできるかも。シャリンさんの服、素材はいいから、そこから切り出して使おう」
「えっ、あのエッチな服が役に立つの?」
「うん。あれは“見た目は派手だけど、布は高級”。仕立て屋から見ると、宝の山だよ」
ひよりはさっきまでの不安が吹き飛んだように、嬉しそうにニコッと笑った。




