姿見の中の『10年後の自分』
夕食を終え、ようやく自分の部屋へと戻ってきたひより。
床が見えるほど綺麗になり、必要なものだけが綺麗に積み上げられた部屋の中心に、ぽつんと置かれたベッド。ひよりは
「あー、疲れたぁ……っ!」
と、その上に仰向けになって思い切り伸びをした。
背中を伸ばすと、衣服を押し上げる爆乳が左右に
「ぶるんっ」
と零れ落ちるように広がる。
極上のクッションのようなベッドに癒やされていると、キュアの声が響いた。
『そうだひより、窓を綺麗にするの忘れてるよ。シャリンさんに言われてただろ?』
「あ、そうだった! やっちゃわないと!」
ひよりはガバッと勢いよく起き上がると、残った気力を振り絞って窓ガラスを雑巾できれいに拭き上げた。
ちょうどそこへ、シャリンが様子を見に部屋へやってきた。
「いいじゃない。ちゃんと女の子の部屋になってるね」
ひよりは胸を張って、少し自慢げに笑った。
「がんばったもん!」
「えらい、えらい。それじゃあ、明日着る服を今のうちに選んでおきなさいな」
シャリンはそう言って、長いテーブルの上に積み上げられた例の「エッチな古着の山」を指差した。
シャリンが部屋を出て行ったあと、ひよりは
「うーん」
と言いながら服の山をあさり始めた。
(確か、さっき片付けてるときに、胸のところにボタンがついている服があったはず……)
記憶を頼りに探していくと、奇跡的に露出の少なそうな服が3着見つかった。
1着目は、前開きのボタンが付いている服。
2着目は、服の半分から下にだけボタンが付いている服。
そして3着目は……完全に胸元が覆われて隠れる、奇跡的に「いい感じ」のまともな服だった。
頭の中でキュアが提案する。
『よし、明日困らないように、今のうちに一回試着してみた方がいいよ』
「うん、そうだね!」
ひよりは早速、お目当てのまともな服に着替えると、部屋の隅に置かれている大きな姿見(全身鏡)の前へとトコトコと歩み寄った。
そして、鏡に映った自分の姿を見た瞬間――ひよりは完全に硬直した。
「え……っ? ……だれ……?」
鏡の中にいたのは、ひよりの知っている「10歳の自分」では断じてなかった。
そこにいたのは、艶やかな黒髪を輝かせ、驚くほど整った顔立ちをした、大人びた超絶美人の「お姉さん」だった。
タイトな服を着ているせいで、ウエストの細さが強調され、そこから突き出た爆乳のボリュームが鏡の中で恐ろしいほどの主張を放っている。
衣服の上からでも、その柔らかそうな質感と圧倒的な質量感が一目で伝わってくるほどだ。
ひよりはおそるおそる、鏡に向かって右手を挙げてみた。
鏡の中の超絶美人も、全く同じ動きでスッと白い右手を挙げる。
「う、嘘……これ、わたし……?」
ひよりは鏡に顔をギリギリまで近づけて、自分の顔をまじまじと見つめた。
よく見ると、確かに自分がいつも鏡で見ていたパーツの面影がある。あるけれど、あまりにも綺麗に、あまりにも色っぽく変わりすぎていて、自分の身体なのに全く実感が湧かない。
ひよりは興奮気味に、心の中の相棒に呼びかけた。
「ね、ねえキュア! わたし、なんだか日本のモデルさんみたい……!」
『そうだね。……やっぱり、びっくりした?』
「うん、すっごくびっくりだよ……! 本当に、10年後ってこんな風になっちゃうの? これ、魔法で変身したから顔が変わってるんじゃなくて?」
『いや、僕はスキルでただ時間を進めただけだから、顔を別人に変えるなんて器用なことは無理だよ。単に、ひよりが10年間、正しく綺麗に成長した姿がそれなんだよ』
ひよりは信じられないといった様子で、今度は自分の胸元へと視線を落とした。両手で、その巨大な2つの膨らみを、下から持ち上げるようにして抱え込む。手のひらから伝わる、柔らかくもずっしりとした大人の重み。
「じゃあ……このおっぱいも? これも成長なの?」
『そうだよ。10年後の、20歳になったひよりの身体だよ』
それを聞いたひよりは、頬をぷくーっと膨らませて、本気で嫌そうに文句を言った。
「えーっ! やだなぁ……! すっごく重いんだもん、これ! 肩も凝りそうだし、歩くたびに揺れて変な感じがするし……もっと小っちゃくてよかったのに!」
贅沢極まりない苦情を漏らすひよりに、頭の中のキュアは苦笑するしかなかった。
『ははは……。いや、正直に言うと、僕も10年後のひよりがこんな風に大爆発して成長するとは思ってなかったんだ。最初に君の姿を見たときは、本当に驚いたよ』
まさか自分の将来の姿が、街の男たちの理性を狂わせ、魔道具店の女店主にすら「危ない」と言わしめるほどの超絶グラマラスボディになるとは、10歳のひよりは夢にも思っていなかった。
「もう、キュアまでそんなこと言ってー!」
ひよりはプンプンと怒りながら、鏡の前で自分の大きな胸を
「ぷるん、ぷるん」
と無自覚に揺らし、明日の初めての店番に向けて、ちょっとした緊張と期待を胸にベッドへと潜り込むのだった。
【48時間の制限と、冷たい現実】
ふかふかのベッドに横たわり、大人の身体の心地よい疲労感に包まれていたひよりに、頭の中のキュアがいつになく真面目なトーンで語りかけてきた。
『ひより、お疲れ様。……ちょっと、ひよりに伝えないといけないことがあるんだ。今日はこのままここで眠って、明日の朝、一度現実世界に戻ろう』
その言葉に、ひよりは仰向けになったまま驚いて目を丸くした。
「えっ……? キュア、わたし、元の世界に戻れるの!?」
『戻れるよ。この異世界にいられるのは、連続で最高48時間――つまり2日間が限界なんだ。あんまり長居はできない仕組みになってるんだよ』
「よかったぁ……!」
ひよりは心からホッとして、ベッドの上で胸をなでおろした。
「わたし、もう一生パパやママに会えなくて、ずっとこの重たい大人の身体のまま生きていかなきゃいけないのかと思って、ちょっと怖かったんだ……」
『あはは、そんなわけないだろ。ひよりの好きなあのアニメでも、全く同じ設定だったじゃないか。2日以内で一度現実に戻るって話だったよね?』
「うん! そうだった!」ひよりはベッドの上で嬉しそうに足をバタつかせた。
「それでね、異世界で2日過ごしても、現実世界の時間は一秒も進んでいなくて、主人公は全く同じ状態のところにスポンって戻るんだよね!」
『そう、その通りだよ。……だからこそ、ひより。よく聞いてね』
キュアの声が、一段と引き締まったものに変わる。
『時間は落ちた直後で止まっている。戻った瞬間に10歳の身体になるから、戻ったらすぐに、全力で手足をバタつかせて水面に顔に出すんだ。腕の中には、ひよりが助けた子猫もまだいるはずだからね。わかったね?』
「あ……っ」
ひよりの身体が、一瞬でカチコチに固まった。
異世界の楽しさですっかり忘れていたけれど、自分がこの世界にやってきたのは、トラックから子猫を助け出して、そのまま道路脇の川へとドボンと落ちて、光の届かない深い水底へと沈んでいった、あの冷たい瞬間だったのだ。
「う、うん……! わかった! 子猫ちゃんを絶対に離さないで、一緒に一生懸命泳いで川の上にでるね!」
ひよりはあの時の激しい衝撃と冷たさを思い出して少し怖くなりながらも、力強くうなずいた。現実に戻れば、いつもの軽くて動きやすい10歳の自分の身体に戻れるのだ。
【現実世界のシビアなルール】
(でも……現実世界に戻って、川から上がったあとにピンチになったら、この姿に変身して、魔法で戦えばいいんだよね?)
そう考えてワクワクし始めたひよりの思考を先読みしたように、キュアがさらに衝撃的な事実を告げた。
『それとね、ひより。……ひよりは現実世界では、この姿に変身できないよ』
「ええっ!? なんで!?」
ひよりは思わずベッドの上でガバッと跳ね起きた。
その勢いのまま、試着中の服の中で、尋常ではない質量を持った双丘が激しく上下に跳ね踊る。あまりの重量感の反動に、細いウエストがきゅっと歪んだ。
「アニメの魔法少女は、現実世界でも変身して悪いやつと戦ってたよ! わたしはできないの?」
『うん。アニメとはちょっと仕組みが違うんだ。それに、現実世界には戦うべき敵はいないからね。ひよりをこの世界で『魔法使い』として戦わせるために、僕はひよりの身体を10年分成長させて、魔力を普通の10倍以上に爆上げしているんだよ。そうしないと、あのストーンバレットだって使えなかったからね』
「じゅうばい……!」
『そう。でもね、その凄まじい魔力を引き出す反動のせいで、現実世界――つまり魔力が存在しない元の世界では、変身するだけのエネルギーが足りなくなっちゃうんだ。だから、現実でのひよりは、どこからどう見てもただの普通の10歳の女の子のままだよ』
「そ、そうなんだ……」
ひよりは少し残念そうに肩を落とした。現実世界に戻れば、この誰もが二度見するような超絶美人のお姉さん姿で街を歩くことも、モデルさんみたいな気分を味わうこともできないのだ。
「じゃあ、次に異世界に来るときはどうしたらいいの?」
キュアは即答した。
『それはね、現実世界でポーズを取って「キュアアップ!」と言えばいいんだ。そうすれば足元に魔法陣が形成されて、速やかにここに戻ってくることができるよ。ちなみに、ひよりが現実世界にいる間は、この異世界の時間も進まずに止まっているから安心していいよ』
ひよりはちょっと驚いて、頭の中で計算しながら聞き返した。
「え? 進んでないの? 待って、じゃあ私の時間が2倍進むってこと? 異世界にいればいるほど、私は現実でもすぐ大人に成長しちゃうんじゃない?」
キュアは自信を持って説明した。
『いや、違うよ。僕がいっしょにいる間は、ひより自身の成長も止めているから、あっちに戻ればちゃんと10歳のままでいられるよ』
「子供のままでいられるってこと……?」
ひよりは少し不思議な気持ちになった。「異世界をたくさん楽しめるのは嬉しいけど、それっていいのかな……?」
けれど、ひよりはすぐに、
「まぁいっか!」
と10歳児らしい素直さで笑顔を取り戻した。
「でも、変身できないなら、学校でお友達にバレる心配もないもんね! それに、このおっぱい、すっごく重くて肩が凝るから、現実では普通の身体のままでいられる方が絶対に楽ちんだよ!」
ひよりは無邪気に笑った。
『ははは、ひよりは前向きだね。……じゃあ、明日の朝、起きたら一度現実に戻るよ。今日はもう遅いから、ゆっくりおやすみ』
「うん! おやすみなさい、キュア」
ひよりは再びベッドに潜り込み、大人の身体の大きな温もりに包まれながら、静かに目を閉じた。
明日の朝起きたら、あの子猫を抱いたままの冷たい川底への帰還が待っている。
中身は10歳の純真な魔法少女は、異世界での初めての我が家で、心地よい眠りへと落ちていくのだった。




