第91話『運』
すみません、今日まとめて2話更新致します。
昨日更新しようとした時間がメンテナンス中で…仕事が忙しくて忘れてしまっておりました。
次回最終回です。午後帯更新予定です。
「……そうだな」
タクミは小さく息を吐いた。
目の前には、女神が見せた世界。
魔物はいない。
争いもない。
誰も偉くない。
誰も蔑まれない。
完全に平等な世界。
(……正直)
タクミは思う。
(めちゃくちゃ良い世界じゃないか)
自分の人生を思い出す。
会社では理不尽に切られた。
正しいことをしても報われなかった。
世の中は不公平だ。
運がいい奴はずっと得をする。
運が悪い奴は、どこまで行っても不幸だ。
(……だから)
こんな世界があればいいと、
思ったことがないわけじゃない。
「女神様」
タクミは静かに聞く。
「この世界を選んだら」
「魔物は本当にいなくなるのか?」
「はい」
「争いも?」
「起こりません」
「身分差も?」
「存在しません」
女神は穏やかに答える。
「誰もが同じ価値を持つ世界になります」
タクミは景色を見つめる。
子供たちが笑っている。
人々は穏やかに暮らしている。
誰も苦しんでいない。
(……最高じゃん)
そう思った。
本当に。
こんな世界なら。
きっと。
誰も不幸にならない。
タクミは小さく頷いた。
「……じゃあ」
その時だった。
――ゾワッ。
まただ。
背筋を、氷の刃がなぞった。
心臓が一瞬止まる。
全身の血が引く。
(……っ!?)
とてつもない悪寒。
思わずタクミは言葉を止めた。
女神は首をかしげる。
「どうしました?」
タクミはゆっくり息を吐く。
(今の……)
間違いない。
この感覚。
何度も"さっきまで"経験してきた。
戦いの中で。
死線の中で。
絶対にやってはいけない行動を
取ろうとした瞬間に走る――
スキル。
「アンラッキーアラート…」
タクミは小さく呟く。
(……なんでだ)
理解できなかった。
目の前の選択は、
どう考えても良いものだ。
平和。
平等。
争いのない世界。
(何がダメなんだ)
タクミは腕を組む。
(何が……引っかかる?)
女神は静かに待っている。
タクミはもう一度、景色を見る。
穏やかな街。
優しい世界。
誰も苦しんでいない。
(……なのに)
胸の奥がざわつく。
(本当にこれでいいのか?)
タクミは目を閉じた。
思い出す。
前の世界。
理不尽な社会。
報われない努力。
不公平な運命。
(……ああ)
確かに。
あの世界は嫌だった。
でも。
タクミはゆっくり考える。
(全部平等って)
(果たして本当に良いことなのか?)
ふと、頭に浮かぶ。
リナの顔。
バーグ。
ヴォルド。
ギルドの仲間。
一緒に笑った日々。
一緒に戦った時間。
(もし)
この世界が作り変えられたら。
魔物は消える。
戦いも消える。
ということは――
リナ、バーグ、ヴォルド。
あの出会いも。
全部、なかったことになる?
(……それって)
タクミは目を開けた。
(本当に良い世界か?)
もう一度景色を見る。
穏やかだ。
平和だ。
でも。
どこか、静かすぎる。
(争いがない)
(上下もない)
(差もない)
つまり。
全員が同じ。
同じ価値。
同じ人生。
(……それって)
タクミはゆっくり呟いた。
「全部が平等って」
「全部が“無”ってことじゃないのか?」
女神は黙って聞いている。
タクミは続ける。
「人ってさ」
「誰かより強いとか」
「誰かよりすごいとか」
「そういうのがあるから頑張るんじゃないのか?」
努力する。
競う。
負ける。
悔しがる。
勝つ。
喜ぶ。
「尊敬する奴がいて」
「憧れる奴がいて」
「時には喧嘩して」
「時には助け合って」
「そういうのがあるから」
タクミは笑った。
「人生って楽しいんじゃないのか?」
静かな空間。
タクミは頭をかく。
「そりゃ」
「不公平は嫌だよ?」
「理不尽もムカつく」
「運が悪いのも最悪だ」
苦笑する。
「俺なんて、前の世界じゃ散々だったしな」
財布の疑い。
受験の遅刻。
恋人との別れ。
会社のリストラ。
(……でも)
タクミはゆっくり言う。
「それでも」
「全部が平等な世界って」
「多分、つまらない」
女神は静かに見つめている。
タクミは空を見る。
「運が良い奴もいる」
「運が悪い奴もいる」
「でもさ」
笑った。
「だからこそ」
「人生って面白いんじゃないか?」
そして言う。
「俺」
「この世界に来れた」
前の世界では不幸だった。
でも。
この世界で。
仲間ができた。
戦った。
笑った。
強くなった。
リナに出会った。
「……これって」
タクミは肩をすくめた。
「めちゃくちゃ運が良かったんじゃないか?」
静かな沈黙。
そして。
タクミは女神をまっすぐ見た。
「だから」
はっきりと言う。
「この世界は作り変えない」
その瞬間。
悪寒は走らなかった。
静かな空気。
女神は微笑んだ。
「そうですか」
穏やかな声。
「それがあなたの答えなのですね」
タクミは頷く。
「今の世界でいい」
女神はゆっくり言った。
「では」
「世界はこれまで通り続きます」
そして、少し優しく微笑む。
「待っている人のところへ帰りなさい」
タクミは一瞬驚いた。
「……リナ」
女神は頷く。
「あなたを待っています」
光が足元に広がる。
転移の光。
タクミは少し照れくさそうに笑った。
「女神様」
「ん?」
「ありがとう」
女神は瞬きをする。
「俺をこの世界に連れてきてくれて」
「マジで感謝してる」
タクミは言った。
「いい人生だったよ」
女神は少し驚いたような顔をしてから、
優しく微笑んだ。
「それは」
静かな声で言う。
「あなたの運が良かったからですよ」
タクミは一瞬、目を見開いた。
そして笑った。
「……そっか」
光が強くなる。
タクミの体が消えていく。
白い空間に残った女神は、
小さく呟いた。
「幸運とは」
「与えられるものではなく」
「掴み取るもの」
そして静かに笑う。
「あなたは本当に」
「"運の良い人"でしたね」
光が消えた。
読んでいただきありがとうございます。
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