第85話『危険警告』
「終わりか」
静かな声。
タクミは剣を握り直す。
まだ終わりたくない。
その時。
遠くから声が響いた。
「タクミーーー!!」
リナ。
タクミの視線がわずかに揺れる。
その瞬間だった。
ぞわり。
背筋に寒気が走った。
嫌な感覚。
本能が叫ぶ。
――違う。
それはダメだ。
タクミは思わず動きを止めた。
(……なんだ?)
今のは。
その瞬間。
頭の奥に声が響く。
《スキルを獲得しました》
《アンラッキーアラート》
タクミの目がわずかに見開かれる。
(……アンラッキー?)
その時。
アストラヴェルが動いた。
巨大な爪が振り上げられる。
タクミは反射的に横へ踏み出そうとした。
――ゾワッ。
背筋が凍る。
(……!?)
直感が叫ぶ。
それはダメだ。
タクミは足を止めた。
次の瞬間。
爪がその位置を抉った。
ドォォン!!
岩が砕ける。
もし今踏み出していたら。
確実に直撃していた。
タクミの目が細くなる。
(……そういうことか)
アストラヴェルが再び爪を振るう。
今度は縦。
タクミは右に避けようとする。
――ゾワッ。
(右はダメ)
左。
――ゾワッ。
(左もダメ)
後ろ。
――ゾワッ。
(後ろもダメ)
タクミの思考が加速する。
前。
悪寒はない。
タクミは一歩踏み込んだ。
爪が背後をかすめる。
風圧だけが通り過ぎた。
アストラヴェルの瞳がわずかに細くなる。
『……』
タクミは確信する。
(これは……)
ラッキーフローとは違う。
最適解を導く力じゃない。
“外れ”を排除する力。
選んではいけない未来。
それを体が拒絶してくる。
アストラヴェルが尾を振る。
横薙ぎ。
タクミは屈もうとする。
――ゾワッ。
(屈むのはダメ)
跳ぶ。
――ゾワッ。
(それもダメ)
一瞬。
コンマ数秒。
思考が弾ける。
前。
タクミは踏み込んだ。
尾の内側へ。
尾が背後を通り過ぎる。
完全回避。
(……なるほど)
理解が進む。
悪寒。
それは“外れ”。
ならば。
それをすべて捨てればいい。
残るのは――
“当たり”だけ。
アストラヴェルが突進する。
爪。
噛みつき。
尾。
連撃。
タクミの体が動く。
右。
悪寒。
左。
悪寒。
停止。
悪寒。
コンマ数秒。
思考が爆ぜる。
前。
タクミは踏み込む。
爪が空を切る。
アストラヴェルの瞳が揺れた。
『……?』
タクミはすでに回り込んでいる。
そして斬る。
シルヴァリオン。
キィン!!
鱗が裂ける。
すぐ離脱。
噛みつき。
回避。
尾。
回避。
その動きは――
もはや人間のものではなかった。
極小。
最短。
無駄がない。
まるで。
未来の“失敗”だけを知っているかのように。
アストラヴェルが低く唸る。
『……ほう』
再び突進。
爪。
タクミは半歩だけ動く。
それだけで攻撃が外れる。
そして――
斬る。
シルヴァリオン。
ザンッ!!
今度は深い。
血が飛ぶ。
アストラヴェルの瞳が明確に揺れた。
『……!』
タクミの思考は加速する。
(右はダメ)
(左もダメ)
(止まるのもダメ)
(前に一歩)
(今だ)
すべてが繋がる。
ラッキーフローのような強制ではない。
自分で選ぶ。
だが。
間違いはすべて弾かれる。
ならば。
残る選択は――
すべて正解。
タクミは動く。
爪をかわす。
尾を避ける。
ブレスをすり抜ける。
そして斬る。
アストラヴェルがわずかに後退した。
黄金の瞳が細くなる。
『……面白い』
低い声。
『さっきまでとは別人だな』
タクミは剣を構える。
息は荒い。
体は軋む。
だが。
その目は、死んでいない。
むしろ――
静かに研ぎ澄まされていた。
タクミは小さく呟く。
「……いける」
今なら。
勝てる。
アストラヴェルが爪を構える。
巨大な体が前傾する。
『では』
低い声。
『続けよう』
天裂の断崖に、再び戦いの気配が満ちる。
だが――
もう先ほどまでとは違う。
タクミの目には。
“外れの未来”だけが、はっきりと見えていた。
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