第80話『エンシェントドラゴン』
石橋を渡りきった瞬間、空気が変わった。
風の流れが違う。
空気が重い。
円形の大地に円形の建物。
草木は一本も生えていない。
ただ岩の地面だけが広がっている。
そして――
建物の中心にそれはいた。
巨大な影。
金色の瞳。
深い蒼の鱗。
巨大な翼を静かに畳んでいる。
エンシェントドラゴン。
タクミが足を踏み入れた瞬間、その瞳がゆっくりと向いた。
『来たか』
低い声が空気を震わせる。
言葉そのものが重い。
声だけで胸の奥が揺さぶられるようだった。
タクミは歩みを止めない。
円形の中央まで進む。
そして数十メートルの距離で止まった。
ドラゴンはタクミを見下ろす。
巨大な体。
人間など軽く握り潰せそうな爪。
一振りで岩を砕きそうな尾。
それでもタクミは剣の柄に手を置いたまま動かない。
ドラゴンが言う。
『王の記憶を三つ持つ者』
黄金の瞳が細くなる。
タクミは頷いた。
「そうだ」
ドラゴンは静かに笑う。
牙が並ぶ。
『面白い』
巨大な体がゆっくりと動く。
地面がわずかに震えた。
『では』
翼が大きく広がる。
空気が巻き上がる。
『始めよう』
次の瞬間。
ドラゴンの姿が消えた。
いや、視界から消えた。
「――ッ!」
タクミは反射的に跳んだ。
直後。
ドォンッ!!
さっきまで立っていた場所に、巨大な爪が叩きつけられる。
岩が砕け、破片が弾け飛んだ。
タクミは空中で体勢を整え、そのまま距離を取る。
速い。
想像以上だ。
ドラゴンは間を置かず追撃してくる。
尾が振り抜かれた。
空気が裂ける。
タクミは地面を蹴る。
紙一重で回避。
尾が通り過ぎた地面が大きく抉れた。
『ほう』
ドラゴンが低く唸る。
『反応するか』
タクミは剣を抜いた。
シルヴァリオン。
緑黒の刃が光る。
次の瞬間、タクミは地面を蹴った。
一直線にドラゴンへ踏み込む。
巨大な爪が振り下ろされる。
タクミは横へ滑り込む。
爪の下をすり抜ける。
そして――
シルヴァリオンを振り抜いた。
キィンッ!!
硬質な音が響く。
だが刃は止まらない。
鱗を裂いた。
浅い。
だが、確かに通っている。
ドラゴンの瞳がわずかに見開かれた。
『……ほう』
タクミはすぐに距離を取る。
ドラゴンは自分の腕を見る。
鱗の隙間。
そこに細い傷が走っていた。
わずかに血が滲んでいる。
『我の鱗を』
黄金の瞳がタクミを射抜く。
『人の剣が裂くか』
タクミは剣を構えたまま言う。
「ただの剣じゃない」
ドラゴンは興味深そうに目を細めた。
『なるほど』
『その剣、何かを感じる』
巨大な体がわずかに傾く。
『そして』
視線がタクミに戻る。
『お前の力』
次の瞬間。
ドラゴンが踏み込んできた。
地面が震える。
タクミは剣を握り直す。
爪が振り下ろされる。
タクミは横へ回り込む。
そのまま側面へ。
斬撃。
再び鱗が裂ける。
今度は尾が迫る。
タクミは剣で受け流す。
衝撃が腕に走った。
重い。
だが、まだ耐えられる。
タクミはすぐに距離を取る。
ドラゴンが笑った。
『面白い』
巨大な頭がわずかに下がる。
『本当に人間か?』
タクミは答えない。
ただ構える。
ドラゴンは続ける。
『ステータスもそうだが』
黄金の瞳がシルヴァリオンを見る。
『その武器』
『只者ではないな』
タクミは小さく息を吐く。
「いい職人が作ってくれた」
ドラゴンは笑った。
『なるほど』
そして次の瞬間。
ドラゴンの口が開く。
喉の奥が赤く光る。
タクミは即座に理解した。
「ブレス!」
轟音。
灼熱の炎が一直線に放たれる。
タクミは左腕を前に出した。
フェンリルの魔核。
意識を集中する。
瞬間――
銀色の盾が出現した。
炎が直撃する。
ドォォォォォォン!!
爆音とともに火炎が広がる。
周囲の岩が赤く焼ける。
だが。
炎が消えた時。
タクミは立っていた。
盾の向こうで。
ドラゴンの瞳がわずかに細くなる。
『それもか』
タクミは盾を消す。
左腕の腕輪が微かに光っている。
ドラゴンがゆっくりと翼を広げた。
巨大な翼。
空気が巻き上がる。
『なるほど』
低い声が響く。
『圧倒的な力とそれを活かす最高の装備』
黄金の瞳がタクミを射抜く。
『全て揃っているな』
翼が一度、大きく羽ばたいた。
突風が巻き起こる。
そして――
ドラゴンの体が浮かび上がる。
巨大な影が空へ上がった。
影がタクミを覆う。
空中から見下ろす黄金の瞳。
ドラゴンが言う。
『ならば』
翼がさらに広がる。
『ここからが本番だ』
タクミは空を見上げる。
そして小さく呟いた。
「……やっぱり飛ぶか」
空の王。
その戦いは――
まだ始まったばかりだった。
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