第79話『決戦の地』
朝。
宿の窓から光が差し込んでいた。
タクミは静かに目を開ける。
眠りは浅かった。
それでも体は軽い。
準備を整え、タクミは小さく息を吐いた。
「行くか」
部屋を出る。
階段を降りると、宿の主人が顔を上げた。
「おう、朝早いな」
「ちょっと出てきます」
主人は何か言いかけたが、タクミの装備を見ると口を閉じた。
代わりに静かに頷く。
「……気をつけろよ」
タクミも軽く頭を下げた。
宿を出る。
朝の空気は冷たく、澄んでいた。
街はまだ完全には起きていない。
だが――
宿の前に、一人立っていた。
リナだ。
腕を組んで、壁にもたれている。
タクミを見ると、少し笑った。
「寝れた?」
タクミも笑う。
「さすがに大して寝れなかったな」
リナは肩をすくめた。
少し間を置く。
「……行くんでしょ」
タクミは頷く。
「ああ」
リナは空を見上げた。
昨日と同じ空。
だが今日は、どこか静かだった。
「それにしても天裂の断崖かぁ…」
リナは少し考える。
「まぁ、ドラゴンと戦うにはちょうどいい場所かもね。あなたたち2人が街で戦ったら、街の方が先に無くなるわ」
タクミも苦笑する。
「確かに」
⸻
二人は歩き出した。
街門を抜ける。
外は広い草原だった。
遠くに山が見える。
風が草を揺らしていた。
しばらく無言で歩く。
やがて、岩肌の多い地形に変わった。
そして。
目の前に、それは現れた。
巨大な断崖。
大地が裂けたような深い谷。
その上に――
一本の細い石橋が伸びている。
その先に見えるのは、円形の大地。
まるでコロシアムのような場所だった。
草も木もない。
ただ岩だけの空間。
天裂の断崖。
タクミは静かに見上げた。
リナが言う。
「ここ」
「橋を渡った先が天裂の断崖よ」
石橋は細い。
人が二人並ぶのも難しい幅だった。
落ちれば、底は見えないほど深い。
リナは橋の手前で立ち止まった。
「……ここまでだね」
タクミも足を止める。
リナは少し笑う。
「さすがに私もあそこまでは行けない」
円形の闘技場を見る。
「あそこはタクミの場所」
タクミは頷いた。
「ああ」
少し沈黙が流れる。
風の音だけが響く。
リナが言った。
「負けないでよ」
タクミは笑う。
「もちろん」
リナは少し真面目な顔になる。
「約束したからね」
「絶対帰ってくるって」
タクミは頷く。
「当たり前だ」
リナはそれ以上何も言わなかった。
ただ一歩下がる。
「じゃ」
「行ってきます」
タクミは橋を見る。
その先。
円形の大地。
そこに――
巨大な影が立っていた。
黄金の瞳。
巨大な翼。
エンシェントドラゴン。
すでに待っている。
タクミは一歩踏み出す。
石橋に足を乗せた。
風が強く吹く。
だが、足は止まらない。
橋の向こう。
決戦の地へ。
タクミは、迷いなく歩き出した。
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