第77話『最初の場所』
ヴォルドの工房を出た頃には、夜もだいぶ深くなっていた。
セントラルの街も、ようやく少し静かになっている。
昼のドラゴンの話はまだあちこちで聞こえるが、酒場の喧騒の方が勝っていた。
タクミはゆっくりと宿へ向かう。
今日だけで、色んな人と話した。
バーグ。
ヴォルド。
そして。
最後はリナだ。
宿が見えてくる。
その前に、小さな人影が立っていた。
リナだった。
腕を組んで、壁にもたれかかっている。
タクミに気づくと、軽く手を振った。
「遅い」
タクミは苦笑する。
「悪い」
リナは肩をすくめた。
「別に怒ってないよ」
少しだけ間を置いて言う。
「待ってただけ」
タクミはその言葉の意味を、なんとなく理解していた。
でも、あえて何も言わない。
リナが言った。
「ねえ」
「ちょっと行きたい場所あるんだけど」
タクミは頷く。
「どこ?」
リナは少し笑った。
「ついてきて」
二人は並んで歩き出す。
夜のセントラルを抜けて、街の外へ。
街灯の光が少しずつ遠ざかっていく。
やがて辿り着いた場所を見て、タクミは少し驚いた。
「……ここ」
リナが頷く。
「覚えてる?」
そこは、開けた草地だった。
木が数本立っているだけの場所。
見覚えがある。
タクミは少し笑った。
「最初に修行してもらった場所だな」
リナも笑う。
「そう」
二人はゆっくりと歩きながら、草地の中央まで来た。
夜風が静かに吹いている。
しばらく沈黙が続いた。
先に口を開いたのはリナだった。
「懐かしいね」
タクミは頷く。
「だな」
リナは笑いながら言う。
「最初会った時さ」
「タクミ、死にかけてたよね」
タクミは苦笑した。
「ゴブリンロードだったな」
「そうそう」
リナが笑う。
「いきなりあんなのに襲われてる人、初めて見た」
タクミも笑う。
「あの時は本気で終わったと思った」
「助けたの私だからね」
「ほんと助かった」
軽い会話。
でも、どこか懐かしい空気だった。
リナが空を見上げる。
「それでさ」
「ここで修行したんだよね」
タクミも周りを見渡す。
木。
草地。
見覚えのある景色。
「最初はボロボロだったな」
リナが笑う。
「覚えてる」
「剣もまともに振れてなかった」
「それはそうだろ」
リナは楽しそうに笑った。
「でもさ」
少し声が落ちる。
「どんどん強くなった」
タクミは何も言わない。
リナは続ける。
「最初はさ」
「ちょっと面倒見てあげようかなって思っただけだった」
少し笑う。
「冒険者としては新人だし」
「放っておけなかったし」
タクミは静かに聞いている。
リナは足元の草を軽く蹴る。
「でも気づいたら」
少し遠くを見る。
「どんどん遠い存在みたいになってさ」
タクミが顔を上げる。
リナは苦笑していた。
「ゴブリンキング倒して」
「キメラ倒して」
「フェンリルまで倒しちゃって」
肩をすくめる。
「もうさ」
「私が修行つける必要ないじゃん」
タクミは少し考えてから言う。
「そんなことない」
リナがタクミを見る。
タクミは静かに続けた。
「ここまで来れたのは」
「リナのおかげだ」
リナは少し驚いた顔をした。
タクミは続ける。
「最初に助けてもらって」
「修行してもらって」
「一緒に旅して」
少し笑う。
「一人じゃ無理だった」
リナは何も言わない。
夜風が二人の間を通り過ぎた。
しばらくして、リナが小さく言った。
「……そっか」
それから少し笑う。
「じゃあさ」
タクミを見る。
「絶対帰ってきて」
まっすぐな目だった。
「天裂の断崖」
「行くんでしょ」
タクミは頷く。
「ああ」
リナは続ける。
「だったら」
少し照れくさそうに笑う。
「ちゃんと帰ってきて」
タクミはその言葉の意味を、分かっていた。
でも、やっぱり何も言わない。
代わりに答える。
「……絶対帰ってくるよ」
リナは小さく頷いた。
「うん」
二人はしばらく、何も言わずに立っていた。
最初に修行した場所。
二人の旅の始まりの場所。
そして。
明日。
タクミは最後の戦いへ向かう。
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