第76話『鍛冶屋の仕事』
「来い」
「どこへ?」
「決まってんだろ」
少しだけ笑う。
「工房だ」
タクミも小さく頷いた。
二人は並んでギルドをあとにする。
夜のセントラルはまだ騒がしかった。
昼間のドラゴンの件で、街中が落ち着いていない。
通りを歩く人々が、タクミを見るとざわつく。
「……あれ」
「昼の……」
「ドラゴンと話してたやつじゃ……」
タクミは苦笑した。
ヴォルドが鼻を鳴らす。
「有名人だな」
「困りますね」
「慣れろ」
短いやり取りを交わしながら歩く。
やがて見慣れた建物が見えてきた。
ヴォルドの工房だ。
扉を押し開けると、いつもの匂いがした。
鉄。
油。
そして炉の熱。
ヴォルドは中に入りながら言う。
「剣」
タクミはすぐに理解した。
腰の剣を外す。
シルヴァリオン。
ヴォルドの前に差し出す。
ヴォルドはそれを受け取り、軽く刃を確かめた。
「……ふん」
小さく鼻を鳴らす。
「悪くねぇ」
作業台に置く。
そして言った。
「最終調整させてくれ」
タクミは椅子に腰掛けた。
ヴォルドは炉の前に立つ。
火が揺れる。
剣を炉に入れる。
しばらくして、刃が赤く染まった。
トングで取り出し、金床に置く。
カン。
槌が落ちる。
カン。
カン。
静かな鍛冶場に、金属音が響く。
ヴォルドは作業を続けながら言った。
「ドラゴン」
「はい」
カン。
「天裂の断崖」
「そうみたいです」
カン。
カン。
火花が散る。
ヴォルドは黙々と槌を振るう。
しばらくして、ぽつりと口を開いた。
「鍛冶屋ってのはな」
タクミは静かに聞く。
カン。
「出来ることが少ねぇんだ」
カン。
「鉄を打つ」
カン。
「形を整える」
カン。
「それだけだ」
火花が散る。
ヴォルドは続ける。
「戦うのは俺じゃねぇ」
「剣を振るうのも俺じゃねぇ」
「魔物を倒すのも俺じゃねぇ」
槌を振り下ろす。
カン。
「全部」
「使い手の仕事だ」
タクミは何も言わない。
ヴォルドは淡々と話す。
「だからよ」
カン。
「俺に出来るのは」
カン。
「ここまでなんだ」
槌を止める。
トングで剣を持ち上げ、水桶に入れる。
ジュゥゥゥッ。
蒸気が上がった。
ヴォルドはその煙の向こうで言う。
「ここまでしか出来ねぇから」
少し声が低くなる。
「ここまでは」
「100点で仕上げなきゃならねぇ」
タクミが顔を上げる。
ヴォルドは剣を水から引き上げた。
刃から水滴が落ちる。
「使い手が」
「それ以上を出せるようにな」
タクミは小さく笑った。
「責任重大ですね」
ヴォルドは鼻で笑う。
「当然だ」
布で刃を拭く。
そしてシルヴァリオンをタクミに差し出した。
「終わりだ」
「最終調整」
タクミは剣を受け取る。
鞘から少しだけ抜く。
刃が静かに光った。
ヴォルドが腕を組む。
「それ以上はねぇ」
「最高の出来だ」
タクミは剣を鞘に戻す。
「信じます」
ヴォルドはわずかに口元を上げた。
「信じろ」
それから真面目な顔になる。
「……タクミ」
タクミが顔を上げる。
ヴォルドは短く言った。
「死ぬなよ」
タクミは苦笑する。
「バーグさんにも言われました」
ヴォルドは鼻を鳴らす。
「当たり前だ」
一瞬の間。
そして。
「その剣は」
「最高の出来だ」
タクミを見る。
「だから」
「最高の使い手になれ」
タクミは静かに頷いた。
「はい」
工房の外。
夜風が少し強くなっていた。
決戦の気配が、街の空気に混ざっている。
残る相手は――
あと一人。
リナだった。
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