第75話『ギルドマスター』
夜。
セントラルの街は、まだ落ち着きを取り戻していなかった。
昼間の出来事が大きすぎたのだ。
空に現れたドラゴン。
そして、そのドラゴンと会話した一人の冒険者。
街の酒場や通りでは、今もその話題で持ちきりだった。
その頃。
冒険者ギルドの奥。
バーグの部屋の扉が静かに閉まった。
「座れ」
短い言葉。
タクミは軽く頷き、椅子に腰掛けた。
バーグは机の向こうに立ったまま、腕を組んでいる。
しばらく沈黙が続いた。
やがてバーグが口を開く。
「……正直に言う」
タクミを見る。
「お前がここまでになるとは正直思ってなかった」
タクミは苦笑する。
「俺もです」
バーグが鼻で笑う。
「だろうな」
わずかに空気が緩む。
バーグは窓の外に視線を向けた。
「ギルドマスターってのはな」
ぽつりと呟く。
「止める仕事なんだ」
タクミが顔を上げる。
バーグは続けた。
「無茶するやつを止める」
「死にに行くような依頼を止める」
「調子に乗ってる馬鹿を止める」
一拍置く。
そして。
「……だが」
ゆっくりとタクミを見る。
「今回は止められん」
その一言は、はっきりしていた。
タクミは何も言わずに聞いている。
バーグは言う。
「お前はもう、そこまで来た」
指を三本立てる。
「三つの王の記憶」
「その時点で普通じゃない」
少しだけ笑う。
「そこにドラゴンまで出てきた」
「もう俺の管轄じゃねぇ」
タクミは小さく笑う。
「そうですか」
バーグは机に手をついた。
「だがな」
声が低くなる。
「一つだけ言わせろ」
タクミは自然と背筋を伸ばしていた。
バーグは真っ直ぐ言う。
「死ぬな」
短い。
だが、重い。
「冒険者ってのはな」
バーグの声が続く。
「死ぬやつが多い」
「強いやつも」
「弱いやつも」
「関係なくな」
一瞬、言葉が途切れる。
「だから」
「帰ってこい」
タクミは目を伏せる。
そして頷いた。
「……はい」
バーグは腕を組み直す。
「それと、もう一つだ」
タクミを見る。
「お前が何を選ぶかは知らん」
「世界の真理とかいう話もな」
少しだけ眉をひそめる。
「正直、俺にはよく分からん」
「だが」
静かに言う。
「お前が何を選んでも」
「ギルドは関係ない」
タクミがわずかに目を見開く。
バーグは続ける。
「お前はもう」
「ただの冒険者じゃない」
「お前個人の問題だ」
そして。
ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……だがな」
「帰ってきたら」
「一杯ぐらいは奢ってやる」
タクミも笑う。
「それは楽しみですね」
バーグが鼻で笑う。
「生きて帰ってきたらな」
沈黙が落ちる。
重くはない。
だが、軽くもない。
やがてバーグが言った。
「ヴォルドが外で待ってるだろう」
タクミが立ち上がる。
「そうですか」
扉へ向かう。
その背中に、声がかかる。
「タクミ」
振り返る。
バーグは少しだけ真面目な顔をしていた。
「……お前は」
「いい冒険者だ」
短い言葉。
だが、確かな重みがあった。
タクミは一瞬だけ驚き。
それから、少しだけ照れたように笑った。
「ありがとうございます」
扉を開ける。
ギルドはいつもと変わらず賑わっていた。
外に出ると、そこには腕を組んだ大男が立っていた。
ヴォルドだ。
「やっと終わったか」
タクミを見る。
「次は俺だ」
その表情は、いつもの豪快な職人の顔。
だが、その目は少しだけ違っていた。
タクミは軽く頷く。
「お願いします」
ドラゴンとの戦いまで。
残された時間は、もう多くはなかった。
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