第74話『天裂の断崖』
ギルドの外。
ドラゴンが去ったあとも。
セントラルの空を、誰もが見上げたままだった。
ざわめきが、ゆっくりと広がっていく。
「い、今の……」
「ドラゴンが……」
「俺たち生きてるんだよな……?」
人々の視線が散らばる中、タクミは空を見上げたまま、動かなかった。
隣でリナが小さく息を吐く。
「……本当に行くんだね」
タクミはゆっくり頷く。
「ああ」
その時。
後ろから声がした。
「おい」
バーグだった。
腕を組んだまま、真っ直ぐタクミを見ている。
「天裂の断崖」
低い声。
「本気で行くつもりか」
タクミは答える。
「そのつもりです」
バーグは一瞬だけ空を見上げた。
「……あそこはまともな場所じゃない」
周囲の冒険者たちも、静かに耳を傾けている。
ヴォルドが眉をひそめる。
「天裂の断崖って……」
「西のあれか?」
バーグが頷く。
「ああ」
リナが首を傾げる。
「そんなに変な場所なの?」
バーグは少し考えてから口を開いた。
「説明しづらいが…昔からある場所だ」
「巨大な断崖の上に、円形の広場がある」
タクミは黙って聞いている。
バーグは続けた。
「まるでコロシアムみたいな形だ」
「だが誰が作ったのか分からない」
「いつからあるのかもな」
ヴォルドが腕を組む。
「遺跡か?」
「分からん」
バーグは首を振る。
「奇妙なのはそこじゃない」
少し声を落とす。
「草木が生えない」
「鳥も寄り付かない」
「魔物も近づかない」
リナが眉をひそめる。
「え……?」
バーグは淡々と言う。
「断崖に続く道は一本」
「細い石の橋だ」
タクミの脳裏に、光景が浮かぶ。
断崖。
細い橋。
そして――円形の闘技場。
バーグが言った。
「だから誰も行かない」
「行く理由がないからな」
少し間を置く。
「……お前以外は」
沈黙が落ちる。
ヴォルドが小さく息を吐いた。
「なるほどな」
新人冒険者の男が呟く。
「完全に……」
「決闘の場所じゃないですか」
誰も否定しなかった。
タクミは静かに言う。
「そうですね」
リナがタクミを見る。
「怖くない?」
タクミは少しだけ考える。
そして答えた。
「怖いよ」
正直な声だった。
リナが少し驚く。
タクミは続ける。
「でも」
「ここまで来た」
空を見る。
西の空。
ドラゴンが消えた方向。
「逃げる理由もない」
静かな声だった。
ヴォルドがふっと笑う。
「そうだろうな」
バーグは腕を組んだまま言う。
「……今日はもう遅い」
タクミは頷く。
「分かりました」
リナが空を見上げる。
夕焼けが広がっていた。
街はまだざわついている。
だが。
決戦は、もう決まっていた。
天裂の断崖。
世界の真理。
空の王。
タクミは静かに息を吐く。
その背中を見ながら、バーグが低く言った。
「……タクミ」
タクミが振り返る。
バーグは短く言う。
「あとで話がある」
ヴォルドも腕を組む。
「俺もだ」
リナが小さく笑った。
「私も」
三人の視線が集まる。
タクミは少し困ったように笑う。
「順番でお願いします」
その一言で、周囲の空気がわずかに緩んだ。
だが。
誰もが分かっていた。
明日。
この世界の歴史に残る戦いが始まる。
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