第66話『海の街レインベル』
セントラルを出てから三日。
南へ続く街道は、少しずつ景色を変えていた。
森はまばらになり、代わりに低い丘が増えていく。
空もどこか広い。
風が、わずかに湿っている気がした。
リナが鼻をひくつかせる。
「なんか匂いする」
タクミも軽く空気を吸い込む。
「潮の匂いかもな」
「これが?」
リナは少し驚いた顔をする。
「海って匂いあるんだ」
「あるな」
タクミも、昔の記憶を思い出していた。
はっきり覚えているわけではない。
だが確かに、こんな空気だった気がする。
⸻
さらに少し歩くと、街道の先に建物が見えてきた。
石造りの建物。
高くない城壁。
そして、その向こうに何本もの大きな柱のようなものが立っている。
リナが目を細めた。
「あれ何?」
「多分、船のマストだな」
「マスト?」
「帆を張る柱」
「へえ……」
近づくにつれて、人の気配も増えていく。
荷馬車。
大きな木箱を運ぶ男たち。
どこか活気のある声。
やがて、街の入口にたどり着いた。
門の上には木の看板。
レインベル
リナが小さく呟く。
「ここが……」
「海の街か」
タクミも周囲を見渡した。
セントラルとは雰囲気が違う。
建物は低く、木造が多い。
縄や網が干されている。
そして何より――
空気が違う。
潮の匂いが、はっきりと感じられる。
「港はあっちだな」
タクミが指さす。
街の奥。
建物の間から、わずかに光が見えた。
水面が反射しているような光だ。
リナは少し早足になる。
「ちょっと見ていい?」
「いいけど」
次の瞬間、リナはもう歩き出していた。
タクミも苦笑しながら後を追う。
⸻
通りを抜ける。
人の声が増える。
カモメの鳴き声が聞こえる。
そして――
通りの先が、突然開けた。
リナの足が止まる。
その視界いっぱいに広がっていたのは――
海だった。
どこまでも続く青い水面。
遠くには水平線。
空と海の境界が、ゆるやかに溶け合っている。
波が静かに岸へ打ち寄せていた。
港には大きな船が並び、帆が風に揺れている。
リナはしばらく言葉を失っていた。
「……すご」
やっと、それだけ言う。
「これ全部、水?」
「そうだな」
タクミも改めて見る。
やはり広い。
日本で見た海よりも、どこか野生的な感じがする。
港の沖には、かなり遠くまで船が出ている。
「本当に端が見えない」
リナは小さく呟いた。
「こんなに広いんだ」
少し風が吹く。
波がきらきらと光った。
⸻
リナはしばらく、その景色を見ていた。
それからぽつりと言う。
「なんかさ」
「うん?」
「思ってたのと違う」
タクミは少し笑う。
「怖い感じじゃないか?」
リナは首を横に振る。
「ううん」
少しだけ目を細める。
「……綺麗」
その言葉は、とても素直だった。
港の向こうでは、漁師たちが船を整えている。
網を引き上げる音。
木材の軋む音。
海鳥の声。
潮風が、二人の髪を揺らした。
⸻
タクミは海を見ながら呟く。
「さて」
リナが振り向く。
「うん?」
タクミは海の向こうを見ていた。
「ここからだな」
この海のどこかに王がいるはず。
リナも海を見る。
「そうだね」
⸻
二人はしばらく並んで立っていた。
広い海を前にして。
まだ、この海の奥で待っている存在のことを知らないまま。
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