第57話『森に現れた鎌』
⸻
冒険者ギルドの扉を開けた瞬間――
「……?」
タクミは、わずかに首を傾げた。
いつもより、明らかに騒がしい。
酒場ではない。
依頼掲示板の前に人が集まり、ざわめいている。
落ち着かない空気が、ギルド全体に広がっていた。
リナも周囲を見回す。
「なんかあったのかな?」
その時。
カウンターの奥から、聞き慣れた声が響いた。
「……だから言っただろ。あの森はしばらく様子を見るべきだったんだ」
ギルドマスターのバーグだ。
受付嬢と、真剣な表情で話し込んでいる。
タクミとリナは、そのままカウンターへ向かった。
「すみません」
リナが声をかける。
「何かあったんですか?」
バーグが顔を上げた。
「おう、タクミか」
小さく息を吐く。
「……ちょうどいいところに来たな」
受付嬢も、どこか困った様子で続けた。
「実は……」
声を落とす。
「ゴブリンキングがいた森、覚えてますよね?」
タクミは頷く。
「あの森で、また問題が起きているんです」
「問題?」
バーグが腕を組んだ。
「ゴブリンの群れがいなくなっただろ」
「はい」
「あの森は、あいつらが縄張りを作ってた」
そして、短く言い切る。
「――空いた」
リナが息を呑む。
「新しい魔物が入ったってこと?」
受付嬢が頷く。
「はい……それも、かなり厄介な魔物で」
バーグが低く告げた。
「アイアンマンティスだ」
タクミは眉を上げる。
「マンティス……カマキリですか?」
「ああ」
バーグは手で鎌の形を作る。
「巨大なカマキリ型だ。前脚がこの通り、鎌になってる」
「しかも甲殻が硬い。普通の武器じゃ刃が通りにくい」
受付嬢が続ける。
「すでに二組のパーティが様子を見に行ったんですが……」
「追い返された」
バーグが引き取った。
「しかも――」
一拍置く。
「数がいるらしい」
ギルド内のざわめきが、その言葉の重さを裏付けていた。
タクミは少しだけ考える。
(縄張りの空白……)
原因は、間違いなく自分たちだ。
だが――それは、想定できた変化でもある。
「……駆除依頼ですか?」
バーグが頷く。
「森の安全確保だ」
依頼書を差し出す。
リナがタクミを見る。
「どうする?」
タクミは、左腕へ視線を落とした。
銀の腕輪。
フェンリルの魔核が、静かに光を宿している。
(机の上で分かることは、もう無い)
ヴォルドの言葉が蘇る。
「……ちょうどいい」
小さく呟く。
「実戦で試せる」
顔を上げる。
「この依頼、受けます」
バーグの眉がわずかに上がった。
「助かる」
依頼書を押し出す。
「ただし油断するな。鎌は速いぞ」
リナが笑う。
「大丈夫です」
タクミも頷いた。
「ちょっと試したい武器もありますし」
バーグがニヤリとする。
「ほう? 新装備か」
「まあ……そんな感じです」
⸻
手続きを終え、二人は街を出た。
向かうのは、あの森。
ゴブリンキングがいた場所。
木々の間に入った瞬間――
空気が、変わる。
静かすぎる。
「……いる」
リナが小さく言った。
タクミも、気配を捉える。
上。
枝の影。
張り付くように――
巨大な影。
次の瞬間。
ガサッ!!
魔物が、木の上から落ちてきた。
人の倍近い体躯。
緑がかった甲殻。
そして――
腕の代わりに生えた、巨大な鎌。
「……これが」
タクミが呟く。
「アイアンマンティス」
キィィ……
鎌が擦れる音を立てる。
――速い。
そう思った瞬間には、
ブンッ!!
鎌が振り下ろされていた。
タクミは反射的に魔力を流す。
腕輪が応える。
魔核が光る。
白銀が溢れ出す。
――盾。
ドゴンッ!!
衝撃が、空気を震わせた。
だが。
「……!」
盾は、微動だにしない。
腕に伝わるのは、わずかな振動だけ。
重さは――ない。
完全に受け止めている。
リナが声を上げる。
「すごい……!」
タクミは盾を見つめた。
(軽いのに……)
(止まってる)
アイアンマンティスが、再び鎌を引き上げる。
その瞬間。
タクミは魔力を動かした。
盾が崩れる。
白銀が流れ、形を変える。
――短剣。
手の中に、白銀の刃が収まる。
タクミは静かに構えた。
「……よし」
その性能を測るには――
十分すぎる相手だ。
そして。
木の上で――
もう一体が、動いた。
読んでいただきありがとうございます。
初投稿ですので、ブックマークや評価をいただけると励みになります。
毎日更新予定です。
時間は不定期とさせていただきます。




