第56話『意思を纏う器』
翌日。
タクミとリナは、再びヴォルドの鍛冶屋を訪れていた。
扉を開けた瞬間、炉の熱気と鉄の匂いが流れ出てくる。
「来たか」
奥から聞こえた声は、わずかに掠れていた。
ヴォルドは作業台の前に立っている。
目の下には、薄く隈ができていた。
リナが苦笑する。
「……もしかして、寝てないんじゃ」
「職人を舐めるな」
ヴォルドは鼻を鳴らした。
「こういう時はな、眠気より先に好奇心が勝つ」
そう言って、作業台の上の物を手に取る。
「出来たぞ」
タクミの前に差し出されたのは――
銀色の腕輪だった。
装飾はほとんどない。
だが中央には、フェンリルの魔核がしっかりと固定されている。
「腕輪……ですか?」
「ああ」
ヴォルドは腕を組んだ。
「魔力の流れを安定させるために、通りのいい素材を使ってある」
指で軽く叩く。
澄んだ音が鳴った。
「魔核はそのまま使う。
俺がやったのは、“流れ”を整えただけだ」
「つけてみろ」
タクミは腕輪を受け取り、左手首にはめた。
ぴたりと収まる。
まるで最初から、自分のために作られていたかのようだった。
「……軽い」
思わず呟く。
金属のはずなのに、重さをほとんど感じない。
「素材の特性だろうな」
ヴォルドが言う。
「だが強度は異常だ。そこらの鋼なんぞ話にならねぇ」
リナが興味深そうに覗き込む。
「それで……どうやって使うの?」
ヴォルドはタクミを見る。
「昨日やっただろ」
「魔力を流す……」
「そうだ」
タクミは小さく息を吸い、意識を集中させた。
腕輪へ魔力を流す。
その瞬間――
フェンリルの魔核が、淡く光った。
「……!」
魔核の周囲から、白銀の物質が滲み出す。
腕輪から“生える”ように形が広がり――
タクミの手の中に、短剣が生まれた。
リナが目を見開く。
「うそ……」
タクミ自身も驚いていた。
「昨日より……はっきり形になる」
白銀の刃。
シルヴァリオンとは違う、淡く冷たい光。
そして何より――
「……軽い」
ほとんど重さを感じない。
握っている感覚すら、曖昧だった。
ヴォルドが頷く。
「切ってみろ」
作業台の端に置かれた鉄片を指す。
タクミは軽く振った。
――スッ。
抵抗がない。
鉄片が、静かに二つに分かれた。
「……え?」
リナが思わず声を上げる。
「今、何したの?」
「普通に振っただけなんだけど……」
ヴォルドが低く笑う。
「切れ味は相当だな」
刃を見つめる。
「だが、シルヴァリオンとは違う」
タクミが頷く。
「はい」
魔力を流しても、刃の鋭さは変わらない。
「こっちは“形を変える器”だ」
ヴォルドが言う。
「威力を積む武器じゃねぇ」
タクミは、短剣を見つめる。
「……なるほど」
魔力を込める。
すると刃が揺らいだ。
形が崩れ、広がり――
次の瞬間。
タクミの左腕には、盾が生まれていた。
リナが思わず近づく。
「盾……!」
腕輪から伸びる形で形成された盾。
丸い形状。
だが――
「……軽すぎる」
タクミが呟く。
腕に重さがほとんど無い。
持っているのかどうか分からないほどだ。
ヴォルドが木槌を持ち上げた。
「叩くぞ」
「え?」
ガンッ!!
強く叩かれる。
だが盾は、微動だにしない。
「……は?」
タクミが目を瞬かせる。
ヴォルドは腕を組んだ。
「強度はかなり高い」
もう一度。
ガンッ!!
それでも傷一つ付かない。
リナが呟く。
「すごい……」
タクミは盾を見つめながら言う。
「……大きさも、変えられる気がする」
意識を向ける。
盾が、ゆっくりと広がった。
リナの体を覆えるほどの大きさに。
「……ほんとだ」
ヴォルドの口元が歪む。
「面白ぇ」
タクミは魔力を引いた。
盾が消える。
白銀の物質が腕輪へ戻り、魔核の上に静かに収まった。
しばらく、誰も喋らなかった。
やがてヴォルドが口を開く。
「……机の上で分かることは、もう無いな」
タクミを見る。
「使ってみろ」
リナが頷く。
「実戦ってこと?」
「そうだ」
ヴォルドは笑った。
「武器はな、戦って初めて分かる」
タクミも頷く。
「……分かりました」
腕輪を見つめる。
――意思に応える器。
それを確かめる場所は、決まっている。
「じゃあ、ギルドに行こう」
リナが笑う。
「ちょうど依頼も受けないとね」
二人は鍛冶屋を後にした。
左腕には、静かに輝く腕輪。
その中には――
まだ誰も知らない可能性が眠っていた。
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