第55話『形を持たない武器』
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魔核の脈動が、ゆっくりと落ち着いていく。
タクミが魔力を引くと、
それは再び、元の結晶の形へと戻った。
「……戻ったな」
ヴォルドが低く呟く。
目は、離れていない。
「魔力を流してる間だけ、形を持つ」
「しかも……思い描いた“用途”に寄る」
職人としての思考が、凄まじい速度で回っているのが分かる。
「タクミ…これは剣にも盾にもなれるんじゃねぇか?」
リナが小さく息を呑む。
タクミは、はっきりと頷いた。
「はい。さっきは確かに思い描いた形があって、そう思った瞬間、それになろうとしていました」
工房に、また静寂が落ちた。
ヴォルドは、ゆっくりと腕を組む。
視線は魔核に固定されたままだ。
「……タクミ」
「これを、“打って”ほしいと思ってここに来たんだな」
「はい」
迷いのない返事だった。
ヴォルドは、一度だけ目を閉じた。
(打てる)
(だが――)
炉を見る。
金床を見る。
自分の手を見る。
「……だがな」
目を開き、はっきりと言った。
「これは、俺が形を与えるもんじゃねぇ」
タクミが、少し驚いた顔をする。
「職人の仕事は“形を固定する”ことだ」
「だが、これは違う」
ヴォルドは、魔核をそっと両手で包み込む。
「これは、“形を持たない”こと自体が完成形だ」
声に、確信があった。
「打った瞬間、可能性が死ぬ」
「用途を一つに決めた瞬間、この魔核は“普通の武器”になる」
ヴォルドは、タクミを見る。
「お前はもう、答えを出してる」
「魔力を流せば、応える」
「必要な形に、瞬時に変わる」
「……それ以上の完成形が、どこにある?」
タクミは、ゆっくりと息を吐いた。
言われてみれば、確かにそうだった。
「じゃあ……」
「俺がやることは一つだけだ」
ヴォルドは言い切った。
「この魔核が、壊れないように」
「劣化しないように」
「“形を持たないまま使い続けられる”ように」
職人としての、最大限の関与。
「外殻の処理と、魔力の流れの安定化」
「それだけやらせろ」
そして、少しだけ口角を上げる。
「それ以上手を出したら」
「俺は、職人失格だ」
タクミは、深く頭を下げた。
「……お願いします」
ヴォルドは、鼻で笑う。
「礼を言うのは、こっちだ」
「こんなもん……一生に一度だ」
魔核を作業台に置き、
静かに宣言する。
「これは武器じゃねぇ」
「“意思に応える媒介”だ」
工房の炉が、強く燃え上がった。
ヴォルドの胸には、
確かな余韻が残っていた。
――俺は今、
――打たないことで完成する“武器”を見た。
鍛冶屋として、
これ以上の体験があるだろうか。
「……明日まで俺が待てねぇな」
小さく呟く。
「今日は徹夜だ」
タクミとリナは顔を見合わせ、
そして、同時に笑った。
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こうして――
フェンリルの魔核は、
形を与えられなかった。
それこそが、最大の完成だった。
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