第54話『職人の目に映るもの』
工房の奥に、短い沈黙が落ちた。
ヴォルドは、作業台に置かれたシルヴァリオンから視線を離さない。
さっきまで確かに、タクミが魔力を流していたはずだ。
しかも、かなりの量を。
「……普通ならな」
低く、独り言のように呟く。
「刃が鳴る。金属が悲鳴を上げる。
下手すりゃ、内側から歪む」
そう言って、ヴォルドはゆっくり短剣を持ち上げた。
指先で刃をなぞる。
欠けはない。
歪みもない。
刃先は、研ぎたてのように澄んでいる。
「……なんだ、これは」
驚きを押し殺すような声だった。
タクミは少し居心地悪そうに頭を掻く。
「すみません。俺も、こんなことになるとは……」
「謝るな」
ヴォルドは即座に遮った。
「謝る理由がどこにある」
そして、短剣を見つめたまま続ける。
「……とんでもねぇもんを見せられただけだ」
刃の中心。
淡く、鼓動のような脈動が走る。
「魔力を“流された”感じじゃねぇ」
ヴォルドの声が、わずかに震える。
「……“応えた”んだ」
鍛冶屋として、何十年も鉄と向き合ってきた。
だが――こんな武器は、見たことがない。
「タクミ」
ヴォルドは顔を上げた。
「今日は、こいつを置いていけ」
「え?」
「手入れもある」
短く言い切る。
「それに……もう一度、落ち着いて見たい」
職人の目だった。
ただの興味じゃない。
自分の人生で、何を見てしまったのかを確かめる目だ。
タクミは一瞬迷い、それから静かに頷いた。
「……お願いします」
「明日、取りに来い」
ヴォルドはそう言って、シルヴァリオンを布で包む。
その手つきは、異様なほど丁寧だった。
――その時。
タクミが、思い出したように口を開く。
「……あの、ヴォルドさん」
「ん?」
「実は……今回も、魔核が手に入って」
その言葉に、ヴォルドの動きが止まった。
「……は?」
タクミはインベントリから、慎重にそれを取り出す。
工房の空気が、ぴり、と張り詰めた。
「フェンリルの……魔核です」
作業台に置かれた瞬間、
ヴォルドは、息を呑んだ。
色。
密度。
放たれる圧。
「……冗談だろ」
一度ならず、二度目。
しかも、明らかに“格”が違う。
「また……魔核かよ」
乾いた笑いが漏れる。
「しかも、こんなもん……」
ヴォルドは、しばらく黙って魔核を見つめていた。
そして、ふっと視線をシルヴァリオンに移す。
「……なぁ、タクミ」
「はい」
「打つ前に、一つ試さねぇか」
タクミが首を傾げる。
「魔核そのものに、魔力を流してみろ」
リナが息を呑む。
「え……?」
「普通は、そんな発想すらしねぇ」
ヴォルドは低く言った。
「だが……さっきのを見ちまったら、話は別だ」
職人としての直感。
理屈じゃない。
「素材が“応える”なら」
ヴォルドの目が、僅かに光る。
「形を決める前に、意志を見てみてぇ」
タクミは一瞬、迷い――
それから、魔核に手を伸ばした。
「……分かりました」
指先から、魔力が流れ込む。
次の瞬間。
魔核が、脈動した。
「――っ!?」
形が、わずかに揺らぐ。
硬質だった輪郭が、ゆっくりと曖昧になる。
「……変わって、る……?」
ヴォルドは、完全に言葉を失っていた。
(……応えてやがる)
形は、定まらない。
だが確かに、“意思”に寄り添っている。
(打たなくても……従う素材、だと……?)
鍛冶屋としての常識が、音を立てて崩れていく。
ヴォルドは、ゆっくりと息を吐いた。
「……はは」
そして、堪えきれないように笑った。
「とんでもねぇ」
心からの言葉だった。
「俺は今……世界で一番、贅沢なもんを見てる」
工房の炉が、静かに唸る。
ヴォルドは思った。
――これは、武器の話じゃない。
――職人の人生を、ひっくり返す瞬間だ。
余韻の中で、彼はもう一度だけ、魔核を見つめた。
「……続きは、慎重にやろう」
低く、噛み締めるように。
「これは……扱いを間違えたら、世界が変わる」
シルヴァリオンと、新たな魔核。
二つを前に、ヴォルドの胸は――
久しく忘れていた高鳴りで、満たされていた。
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