第53話『挨拶と、応える刃』
冒険者ギルドを出ると、昼の熱気が肌にまとわりついた。
人の声、馬のいななき、金属の擦れる音。
戻ってきた実感が、遅れて胸に落ちてくる。
「……次、どうする?」
リナが歩調を落としながら尋ねる。
タクミは迷わず答えた。
「ヴォルドさんのところに行きたい」
「だと思った」
リナは小さく笑う。
「あなた、きっとそれが一番最初よね」
「……世話になりっぱなしだから」
シルヴァリオンの鞘に、無意識に指が触れた。
⸻
鍛冶屋の扉を開けると、熱と匂いが一気に押し寄せる。
ガラン、と鈴が鳴った。
「……ん?」
炉の前にいたヴォルドが顔を上げる。
次の瞬間、動きが止まった。
「……帰ってきてたのか」
低い声。
だが、その一言に、はっきりと安堵が混じっていた。
「はい。…戻りました」
ヴォルドはタクミをじっと見てから、短く息を吐く。
「……無事でよかった」
それ以上は言わない。
だが、十分だった。
「ヴォルドさん」
タクミは一歩前に出て、深く頭を下げる。
「この剣がなかったら、俺は――確実に死んでました」
腰から短剣を抜く。
シルヴァリオン。
淡い脈動が、工房の光に浮かび上がる。
ヴォルドは、それを受け取った瞬間――
ほんの一瞬、呼吸を忘れた。
「……」
刃を傾け、光に透かす。
柄に触れ、刃先を見る。
「……減ってねぇ」
ぽつり、と呟く。
「……けど手入れはしてねぇな」
「すみません」
「違う」
ヴォルドの声が低くなる。
「“違う”んだ」
刃先に指を近づけ、止める。
触れない。だが、何かを感じ取ろうとするように。
「……どう使った」
タクミは一瞬迷い、正直に言った。
「魔力を……流してました」
――完全に、動きが止まった。
「……は?」
ヴォルドの視線が、ゆっくりとタクミに戻る。
「今、なんて言った」
「魔力です。
魔法じゃなくて……戦ってるとき、自然と」
ヴォルドは何も言わず、壁に掛けてあった店売りの短剣を掴み取った。
「やれ」
「ま、待ってください! それ、商品です!」
「いいからやれ」
声が、僅かに荒い。
タクミは覚悟を決め、短剣に魔力を流す。
――キィ……。
金属が、悲鳴を上げた。
次の瞬間。
ピキッ。
刃先が、目に見えて欠ける。
「……っ!」
「すみません!! 本当に――」
ヴォルドは、欠けた刃を見つめたまま動かない。
「……やっぱりだ」
声が低く、重い。
「武器に魔力を流すなんて……聞いたこともねぇ」
欠けた刃を置き、ゆっくりとシルヴァリオンを取る。
その時。
ヴォルドの指先が、僅かに震えた。
「……同じことをやれ」
タクミは頷き、魔力を流す。
シルヴァリオンが――応える。
脈動が強まり、刃が淡く光る。
ヴォルドの目が、見開かれた。
「……」
刃を傾ける。
触れない。
だが、確かに“感じている”。
「……減らねぇ」
息を吸う音が、はっきりと聞こえた。
「……いや、違う」
短剣を持つ手が、わずかに強くなる。
「“耐えてる”んじゃねぇ……」
喉が鳴る。
「……受け止めてやがる」
工房に、炉の音だけが残る。
「……あの時か」
ヴォルドが、低く呟いた。
「脈動に合わせて打った……あれが」
短剣を見つめ、静かに続ける。
「……生き物を打ったつもりでいたが」
一拍。
「……本当に、生きてやがったのか」
ヴォルドは、短剣をそっと台に置いた。
そして、深く息を吐く。
「……坊主」
タクミを見る。
「とんでもねぇもん、背負ってるぞ」
その声には、
驚きも、畏れも、
そして――職人としての歓喜が、確かに混じっていた。
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