第46話『目覚めのあとで』
最初に感じたのは、冷たさだった。
背中に伝わる、硬い岩の感触。
肺に入る空気が、少しだけ重い。
「……ん……」
瞼を開く。
視界の中に、リナの顔があった。
夕焼けが、その輪郭を淡く染めている。
山の影が長く伸び、風が木々を揺らしていた。
「……よかった」
小さな声。
「起きた……」
その時になって、ようやく気づく。
自分の頭が、柔らかいものに支えられていることに。
(……あ)
一瞬、思考が止まる。
遅れて理解する。
膝枕。
急に、妙な恥ずかしさが込み上げた。
だが――
体が動かないのを理由に、タクミはそのままでいた。
「どれくらい……寝てた?」
「半日くらい」
リナが少しだけ眉を下げる。
「ほんと、心臓止まるかと思った」
冗談めかしているが、声は少しだけ震えていた。
「……悪い」
「謝らないで」
すぐに返ってくる。
「生きてるんだから、それでいい」
タクミはゆっくりと上体を起こした。
身体は重い。
だが、痛みはほとんどない。
不思議な感覚だった。
しばらく、何も言わない時間が流れる。
風の音だけが、二人の間を通り抜ける。
「……ねえ、タクミ」
「ん?」
「さっきの戦い」
少しだけ間を置いて、
「……途中から、よく分からなかった」
タクミは考える。
そして、正直に答えた。
「俺もだ」
「え?」
「考えて動いてた感覚が、途中でなくなって」
言葉を探す。
「気づいたら、終わってた」
リナは、じっとタクミを見る。
「……少しだけ」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「遠くに行った感じ、した」
タクミの呼吸が、わずかに止まる。
「手が届かない、とかじゃないの」
「同じ場所にいるのに……見てるものが違う、みたいな」
タクミは、否定できなかった。
「俺は、変わった感じしないけどな」
「うん」
リナは小さく頷く。
「そう言うと思った」
少しだけ笑う。
「でもね」
視線をまっすぐ向けたまま、
「それでも一緒に山登って、魔物斬って、倒れてるのがタクミでしょ」
「……」
「それでいい」
静かな言葉だった。
タクミは、少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
立ち上がる。
足に力を込める。
問題なく、立てた。
「……山、降りようか」
「うん」
リナも立ち上がる。
「今日はもう、何もしない」
タクミは笑いながら言う。
装備を整えながら、ふと振り返る。
「街に戻ったら、ダッカルさんには報告する?」
「……全部、明日でいいや」
タクミは苦笑した。
「今日は、寝たい」
「同意」
リナが笑う。
二人は並んで、山道を歩き出した。
背後には、もう王はいない。
ただ風だけが、山を渡っていく。
タクミは歩きながら、胸元に手を当てる。
確かに残る、重み。
力の余韻。
越えた実感。
だがそれは――
まだ、言葉にならない。
静かに。
深く。
内側へと沈んでいく。
まるで、
次に目覚める時を待つように。
読んでいただきありがとうございます。
初投稿ですので、ブックマークや評価をいただけると励みになります。
毎日更新予定です。
時間は不定期とさせていただきます。




