第45話『王が遺すもの』
フェンリルは、もう立ち上がらなかった。
胸元を深く抉られ、地に伏した巨体からは、王としての威圧だけがなお残っている。
呼吸は荒く、それでもその瞳は澄んでいた。
「……見事だ」
低く、山に響く声。
タクミは短剣を下ろしたまま、しばらく動けなかった。
勝ったという実感よりも、何かを終わらせてしまった感覚の方が強い。
「我は、もう長くはない」
その言葉に、リナが思わず一歩踏み出す。
「だが――」
フェンリルは続けた。
「悔いはない。王として、倒されたのだからな」
視線が、タクミへ向けられる。
「人間」
「貴様は、我に届いた」
それだけで十分だった。
「……奴のことだ」
フェンリルは話題を変える。
「奴は、王そのものを求めていたわけではない」
「王の……因子」
タクミが静かに言う。
「うむ」
「力ではない。称号でもない」
「“極まった存在の証”だ」
フェンリルの目が、シルヴァリオンを捉える。
「その刃に宿るもの」
「ゴブリンキングの魔核だな」
タクミは息を飲む。
「だからこそ、我を切れた」
「王の因子を宿した武器でなければ、我には届かぬ」
「……セリオは、これに魔核が使われていることに気づいた」
「知っていた」
「魔物同士の融合などという歪な道を選んでいたが」
フェンリルは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
「だが――」
「王の因子は、奪って得るものではない」
「越えた者だけが、持つ」
その言葉は、淡々としていたが、重かった。
「そういえば」
フェンリルが、ふと口調を変える。
「まだ、名を聞いていなかったな」
タクミは少し驚き、それから答えた。
「……タクミだ」
「タクミ」
フェンリルは、その名を静かに繰り返す。
「覚えた」
「我を倒した者として、な」
それは祝福でも呪いでもなく、
ただの事実だった。
「聞きたいことがあるのなら、今のうちだ」
「我に語れることは多くない」
タクミは一瞬考え、口を開く。
「……“世界の真理”について」
「王の記憶を集めれば、触れられるって話がある」
フェンリルは、小さく首を振った。
「我も噂として知るのみだ」
「だが一つ言えるのは――」
「何かを“与えられる”わけではない」
「選べるようになる」
「それだけだ」
「……何を?」
「その時になれば、分かる」
それ以上は語らなかった。
「他の王については?」
リナが静かに尋ねる。
フェンリルは、空を仰ぐ。
「海には――アビス」
「形を持たぬ、深淵の王」
「我も"会った"ことはない」
「?」
フェンリルは続ける。
「空には」
「エンシェントドラゴン」
声が、わずかに重くなる。
「古き竜の王だ」
「居場所は知らぬ」
「空の王に関しては、探して見つけるものではない」
「?」
「向こうが認め、現れる」
沈黙。
やがてフェンリルの身体から、光が溢れ始める。
「……タクミ」
「はい」
「貴様は、特異だ」
「選び続けろ」
「それだけでいい」
それが、フェンリルの最後の言葉だった。
【獲得:フェンリルの魔核】
【獲得:山の王の記憶】
光が消え、王の気配が完全に途絶える。
そこにはフェンリルの魔核と山の王の記憶が落ちていた。
その瞬間。
【レベルアップしました】
【レベルアップしました】
【レベルアップしました】
【――】
タクミの視界が白く弾けた。
「……っ」
膝が崩れ、身体が前に倒れる。
「タクミ!?」
リナが駆け寄る。
返事はない。
ただ、彼の身体からは、
今もなお、王を越えた余韻だけが残っていた。
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