第42話『刃が届かぬ理由』
踏み込めば、死ぬ。
そう分かる距離。
フェンリルは、もう跳ばなかった。
歩いてくる。
それだけで、圧が増す。
「……来る」
タクミは、無意識に呟いていた。
意味はない。
止まるはずもない。
前脚が、地面を踏み砕く。
「試すか」
低く、愉しむような声。
次の瞬間――
タクミは踏み込んだ。
(今なら……!)
これは“死線”じゃない。
自分で選んだ一歩。
ラッキーステップは、来ない。
シルヴァリオンを、真っ直ぐ突き出す。
狙いは、首。
これまでなら確実に仕留めてきた軌道。
――だが。
ギィン!!
甲高い音。
衝撃が、手首から肘、肩へと突き抜ける。
「……っ!!」
弾かれた。
フェンリルは、動いていない。
首元に当たったはずの刃は、
硬い何かに滑らされたように逸れていた。
(……嘘だろ)
切れない。
通らない。
「浅いな」
尾が、横薙ぎに来る。
(来る――!)
その瞬間。
足が、勝手に動いた。
岩を蹴り、
体が流れる。
尾が、紙一重で通過する。
(……今のも)
(発動した……!)
距離が開く。
タクミは剣を見た。
刃は欠けていない。
鈍ってもいない。
それなのに――
(さっきのキメラより、明らかに硬い)
フェンリルが、首を傾げる。
「不思議か」
「その刃は弱くない」
「だが――」
一歩、踏み出す。
「王を斬るには、足りぬ」
次は、正面。
爪が振り下ろされる。
避ける。
跳ぶ。
(……来てくれ!)
一瞬遅れて、
体が“ずれる”。
爪が、紙一重で外れる。
だが。
着地の衝撃で、膝が沈んだ。
(くそ……)
(避けるだけじゃ、終わらない)
踏み込み直す。
今度は脇腹へ。
――ギンッ!!
また、弾かれる。
確かに当たっている。
だが、肉を裂く感触がない。
(同じだ……)
(キメラの時と)
その瞬間。
思い出す。
最初は、切れなかった。
だが――
(……あの時)
(同じ斬り方じゃなかった)
息を吸う。
シルヴァリオンを強く握る。
腕じゃない。
筋力でもない。
もっと奥。
体の内側にある、
“熱の塊”のようなもの。
(……これだ)
意識する。
まだ、流れない。
だが――
刃が、わずかに震えた。
ドクン。
鼓動。
「……?」
フェンリルの動きが、一瞬だけ止まる。
「ほう」
黄金の瞳が細まる。
「その刃……応えるか」
次の瞬間、踏み込まれる。
(まだだ――!)
今は試す段階じゃない。
足が勝手に地面を蹴る。
転がり、間合いを切る。
息が荒い。
(今は、無理だ)
(でも――)
はっきりした。
ただ斬るだけじゃ、届かない。
“込める”必要がある。
理由は分からない。
理屈も、まだない。
だが――
(この剣は)
(ちゃんと、応えてくれる)
フェンリルが、再び構える。
「理解し始めたか、人間」
「だが遅い」
「山は、お前を試すほど優しくはない」
タクミは、笑った。
「……奇遇だな」
「俺も、そう思ってた」
シルヴァリオンを構え直す。
まだ、切れない。
だが――
“道”は、見えた。
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