第40話『王の因子、研究者の狂気』
血の匂いが、まだ消えていない。
歪な肉塊――
キメラだったものが、岩場に横たわっている。
その中心で、セリオは立っていた。
ただ、立っているのではない。
見ていた。
切断された断面。
砕けた骨。
途切れた魔力の流れ。
まるで、宝物を前にしたような目で。
「……やはり、完成度が足りない」
悔しさを滲ませた、かすかな呟き。
「セリオ」
タクミが一歩前に出る。
「なんで、こんなことをした」
その問いに、セリオはゆっくりと振り向いた。
「“こんなこと”?」
わずかに首を傾げる。
「研究だよ」
「研究……?」
リナの声が低く沈む。
「魔物を攫って、無理やり繋ぎ合わせて……それが?」
「当然だろう」
即答だった。
「自然界の進化は、あまりにも遅い」
歩きながら語る。
まるで、講義の続きをするように。
「魔物は強くなる」
「だが、“王”に辿り着く個体は、ほとんどいない」
「淘汰に任せれば、数百年単位だ」
「私は、そんな時間を待てない」
タクミの背中に、嫌な汗が滲む。
「……王?」
「フェンリルのことか」
「その通り」
セリオの目が、鈍く光る。
「山の王。魔物の頂点」
一拍。
「だがね」
人差し指を立てる。
「私が欲しいのは、“フェンリルそのもの”じゃない」
「……?」
「因子だよ」
その声音が、わずかに弾んだ。
「王の因子」
「王を王たらしめている根源」
「それをキメラに組み込めば――」
熱が、言葉に滲む。
「完全体が生まれる」
「世界の理を超えた、“支配者”がね」
「……世界を、支配するつもり?」
リナが息を呑む。
「支配?」
セリオは、静かに笑った。
「違う。更新だ」
その目に、迷いはない。
「強者が上に立つ世界」
「それは、あまりにも自然だ」
タクミは拳を握る。
「……じゃあ」
「さっきのキメラも、そのためか」
「もちろん」
頷く。
「だが、不完全だった」
視線が――シルヴァリオンへ移る。
「だが……今、確信した」
「……?」
「君の短剣」
声が、わずかに震える。
「魔力を流し込んだ時……“応えた”だろう?」
タクミの背筋が、ぞくりと粟立つ。
「まるで、生きているように」
「心臓のような鼓動を打っていた」
一歩、近づく。
「もしかしてだが……」
「魔核が、使われているんじゃないかと思った」
「……!」
タクミの目が見開かれる。
「……なんで、それを」
「やはり!」
歓喜が、弾けた。
「そうか……そうだったのか……!」
「王の因子とは、魔核だ!」
「王とは、高密度の魔核を持つ存在!」
「だからこそ、他を従わせる!」
震える手で、額を押さえる。
「私はずっと、“王そのもの”を求めていた……」
「だが違う……必要なのは、核だ……!」
「……狂ってる」
リナが吐き捨てる。
「褒め言葉だ」
即答。
その瞬間。
地面が、軋んだ。
――ズズズズ……。
岩陰。
木々の奥。
そこから、“それら”が這い出してくる。
一体。
二体。
三体。
「……っ!」
リナが息を呑む。
歪んだ形。
獣の頭部に、異なる四肢。
鱗と毛皮が混ざり合い、
縫合の痕跡が露骨に残る。
「五体」
セリオが静かに数える。
「まだ試作段階だが――」
両手を広げる。
「十分だろう?」
「……ふざけるな!」
タクミが叫ぶ。
「安心してくれ」
セリオは穏やかに微笑む。
「君たちは“観測対象”だ」
一拍。
「死んでもらうが、無駄にはしない」
キメラたちが、一斉に動いた。
殺気が叩きつけられる。
「リナ!」
「わかってる!」
陣形が即座に整う。
その瞬間――
空気が、凍りついた。
「……?」
セリオが、初めて眉をひそめる。
山全体が、
深く息を吸い込んだような感覚。
そして――
――ドン。
腹に響く、重い音。
次の瞬間。
“それ”は、そこにいた。
衝撃波。
岩が砕け、地面が跳ねる。
キメラの一体が――
存在ごと、消えた。
「……あ」
セリオの口から、間の抜けた声が漏れる。
そこにいたのは。
白銀の巨狼。
黄金の瞳。
圧倒的な存在。
「……フェンリル……!」
その名を口にした瞬間。
セリオの顔が、歓喜に歪む。
「来た……!」
「王だ……本物の……!」
フェンリルは、低く唸る。
「……人間」
その声は、山全体に響いた。
「よくも、我が眷属を穢したな」
「喋る……!」
セリオは、完全に魅入られていた。
「素晴らしい……知性も、理性もある……!」
両手を広げる。
「聞いてくれ、王よ!」
「君は進化の最終形だ!」
「その核を、私に――」
その瞬間。
フェンリルが、消えた。
次の瞬間には、
キメラが、二体――裂けていた。
「……っ!」
残りが突進する。
「やれ!」
セリオが叫ぶ。
「王を捕らえろ!」
「核を――!」
フェンリルの瞳が、冷たく光る。
「……愚か者」
一閃。
五体すべてが、
“最初から存在しなかったかのように”消えた。
沈黙。
血煙だけが、残る。
それでも。
「……まだだ」
セリオは、震える足で前に出る。
「私は、理解している……」
「君の価値を……!」
フェンリルが、一歩踏み出す。
「人間」
「お前は、我が怒りそのものだ」
牙が閃く。
――ブシュッ。
セリオの身体が、崩れ落ちた。
研究者は。
最後まで、“完成”に触れることなく――死んだ。
⸻
静寂。
フェンリルは、ゆっくりと視線を向ける。
タクミたちへ。
「……人間」
低い声。
「お前たちも、同じだ」
「違う!」
タクミが叫ぶ。
「俺たちは――」
「違わぬ」
即答。
「人は、山を穢す」
タクミは、短剣を構えた。
シルヴァリオンが、
微かに――鼓動を打つ。
「……なら」
一歩、踏み込む。
「力で証明するしかないな」
フェンリルの口元が、わずかに歪む。
「来い、人間」
黄金の瞳が、射抜く。
「生き残れたなら――話を聞こう」
白狼が唸る。
山の王との戦いが、始まる。
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