第39話『研究者の目』
キメラの巨体は、完全に沈黙していた。
裂けた肉。
砕けた骨。
そして、歪に縫い合わされた痕跡。
山の風が吹き抜け、
血の匂いだけを静かに攫っていく。
「……完全度は高かったが」
セリオが膝をつき、死体を見下ろす。
あまりにも淡々とした声音。
「……随分と詳しそうですね」
タクミが静かに言う。
セリオは顔を上げ、少しだけ目を細めた。
「研究者だからね」
「こういう“例外”は、特に興味深い」
「例外?」
リナの声には、はっきりと警戒が滲んでいた。
「自然界に存在しない構造だよ」
セリオは死体の断面を指でなぞる。
「魔力の流れが、明らかに歪んでいる」
その言葉に――
タクミの胸の奥が、わずかにざわついた。
(魔力……)
刃に“流した”あの感覚が、蘇る。
「……それにしても」
セリオは立ち上がり、
視線を――タクミの短剣へ落とした。
「その武器」
「少し、見せてもらえないかな?」
空気が、変わる。
タクミは一瞬だけ迷い、
それでも、シルヴァリオンを抜いた。
刃はすでに先程の光を失っている。
だが――
セリオの目が、はっきりと変わった。
「……残滓がある」
「ざんし?」
リナが眉をひそめる。
「魔力の“痕跡”だ」
セリオは刃のすぐ近くまで顔を寄せる。
「外から付与されたものじゃない」
「内部から滲み出ている」
「……ただの短剣ですよ」
タクミはあえて軽く言う。
「見た目は、ね」
セリオは小さく息を吸った。
そして、確信に触れるように言う。
「もしかして――」
「その武器、魔核が使われてはいないか?」
一瞬。
時間が止まる。
「……え?」
タクミの目が、わずかに見開かれた。
「魔核……?」
リナの声も低くなる。
「魔物の核だよ」
セリオは淡々と続ける。
「魔力を生み、循環させる中枢」
一拍。
「この短剣――普通のものとは違う」
視線が、刃に吸い寄せられる。
「“生きている”ように見える」
タクミの脳裏に、
あの鼓動が蘇る。
――ドクン。
「……武器が、生きている?」
「普通は、ないさ」
セリオは微笑んだ。
「だからこそ、気になるんじゃないか」
その言葉は、評価というより――
対象の選別に近かった。
彼の視線が、再びキメラへ向く。
「融合体は不安定だ」
「魔力の循環が、どうしても歪む」
「だが――」
わずかに、声が熱を帯びる。
「魔核を“制御”できれば」
静かに、言い切る。
「完全体に、近づく」
「……完全体?」
リナの声が硬い。
「理論上の話だよ」
セリオは肩をすくめる。
だが、その目は笑っていない。
「もっとも……」
ちらりと、タクミを見る。
「さっきの個体は」
「実戦に耐える完成度だった」
タクミの視線が、死体へ落ちる。
そして。
ゆっくりと、顔を上げた。
「……それを」
一拍。
「あなたが作ったのか?」
沈黙。
風が、強く吹き抜ける。
セリオは、ゆっくりと立ち上がった。
「……鋭いね」
それだけで、十分だった。
「安心してほしい」
穏やかな声。
「君たちに危害を加えるつもりはない」
一歩、距離を取る。
「むしろ、感謝している」
わずかに口元が緩む。
「ようやく、“実戦データ”が揃った」
リナが、無言で一歩下がる。
「……私たちを、実験に使ったの?」
「言い方は悪いね」
セリオは苦笑する。
「だが――否定はしない」
彼の視線が、再びシルヴァリオンに向く。
「君の武器は想定外だ」
「魔核と“共存”している」
その声には、抑えきれない興味が滲んでいた。
「もし――」
一瞬、言葉を選び。
「王クラスの因子があれば」
そして、言い直す。
「いや……正確には」
ゆっくりと。
確信を込めて。
「王の魔核があれば」
その瞬間。
山の奥から――
重く、圧倒的な気配が。
静かに。
だが確実に、こちらへ近づいてきていた。
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