第38話『歪な翼』
グリフォンを倒してから、さらに山を登った。
空気が重い。
風の流れが、どこか歪んでいる。
「……さっきより、静かすぎない?」
リナが周囲を見回す。
「確かに」
タクミも頷いた。
「魔物の気配が薄い」
本来なら、小型の魔物がいてもおかしくない場所だ。
だが――いない。
“いるはずのものがいない”。
その違和感が、じわりと背中に張りつく。
「この辺りだ」
セリオが足を止めた。
「調査したかった場所は」
岩壁に囲まれた、半円状の地形。
風が淀み、逃げ場が少ない。
(……嫌な場所だな)
そう思った瞬間。
――ぐちゃり。
濡れた肉を踏み潰すような音が、上から落ちてきた。
「……っ!」
反応するより早く、
質量の塊が地面へ叩きつけられる。
轟音。
砕ける岩。
舞い上がる粉塵。
その向こうに――“それ”はいた。
グリフォンの翼。
だが、それ以外が異様だった。
発達しすぎた上半身。
人型に近い骨格。
隆起した筋肉。
そして――オーガの腕。
両脚も同様に、明らかに別種のもの。
胴体は無理やり繋ぎ合わせたように歪み、
肉の境界が不自然に盛り上がっている。
咆哮。
グリフォンの叫びに、
別の――低く濁った唸りが重なった。
「……なに、あれ」
リナの声が、わずかに震える。
「キメラだ」
セリオが、淡々と言った。
「融合された魔物だよ」
(融合……?)
自然に存在するはずのない組み合わせ。
キメラは翼を広げる。
空気が、震えた。
⸻
「飛ぶ……!」
リナが歯噛みする。
急降下。
タクミは踏み込み、迎撃する。
――だが。
ガギィン!!
「……!?」
刃が、弾かれた。
確かに当たっている。
だが――通らない。
(硬い!?)
オーガの筋肉と骨格が、
グリフォンの弱点を埋めている。
さらに"素"のものよりも強化されているようだ。
キメラは着地と同時に、腕を振り抜いた。
「くっ!」
衝撃。
タクミの体が宙を舞い、岩壁に叩きつけられる。
息が詰まる。
(さっきと同じじゃない……!)
ただ硬いだけじゃない。
(重い……!)
圧が違う。
「タクミ!」
リナの声。
「時間を稼いで!」
彼女は距離を取り、詠唱に入る。
キメラがそれに気づき、翼を広げる。
「させるか!」
タクミは前に出た。
再び斬る。
――弾かれる。
(ダメだ……削れない)
拳が迫る。
受け流す。
だが腕が痺れる。
その瞬間。
ふと思いついた。
(魔力……)
リナは、それを“外に出して”使っている。
(じゃあ俺は――)
自分の中にもあるはずのもの。
これまで使えないと思っていたもの。
だが今。
体の奥に、確かに“何か”があるのは感じる。
魔法というものを見たからだろうか。
熱のような、圧のような。
(……これか)
意識を向ける。
腕へ。
掌へ。
刃へ。
理屈じゃない。
ただ、“流す”。
イメージする。
その瞬間。
――ドクン。
刃の奥で、鼓動が返ってきた。
「……っ!」
赤黒い光が、血管のように刃を走る。
応えるように。
待っていたかのように。
「シルヴァリオン……」
名が、自然に漏れた。
キメラが踏み込む。
タクミは反射で、横薙ぎに斬る。
ズン。
鈍い手応え。
一拍遅れて、血が噴き出した。
「……通った?」
浅い。だが確実に。
キメラが、初めて怯む。
「今……何をしたの?」
リナが詠唱の合間に呟く。
「わからない」
タクミは短く答えた。
「でも――いける」
もう一度。
同じ感覚をなぞる。
今度は、迷わない。
ギィィィン!!
オーガの腕が、宙を舞った。
絶叫。
体勢が崩れる。
「――《風よ、穿て》!」
同時に、リナの魔法が完成する。
圧縮された風が、
キメラの胴体を貫いた。
悲鳴。
崩れ落ちる巨体。
タクミは間合いを詰め――
止めを刺した。
静寂が戻る。
⸻
「……なんだったの、今の」
リナが息を整えながら言う。
タクミは、剣を見つめた。
「俺にもわからない」
正直に答える。
「でも……さっき戦ったオーガやグリフォンとは別物だった」
セリオが、ゆっくりと近づいてくる。
倒れたキメラの前で立ち止まり――
「完全な融合体が……」
小さく呟く。
そして。
「……素晴らしい」
抑えきれない熱が、その声に滲んだ。
「……?」
リナが鋭く視線を向ける。
セリオははっとしたように顔を上げ、
すぐに穏やかな笑みを作る。
「いや、研究者としての独り言だよ」
だが――
その視線は。
倒れたキメラではなく。
タクミの剣に、向けられていた。
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