第36話『同行者セリオ』
山へ向かう準備は、思っていたよりも早く整った。
ギルドから正式な調査依頼が下り、必要な物資も揃う。
そして――“同行者”とも合流した。
「改めて、よろしく頼むよ」
街道の合流地点で、セリオは軽く頭を下げた。
「こちらこそ」
タクミは手を差し出す。
「護衛ってほどでもないと思いますけど」
「いやいや」
セリオは苦笑した。
「私は戦闘は専門外だからね。正直、心強いよ」
装備は最低限。
武器らしいものは持たず、背負っているのは書物と器具の詰まった鞄だけ。
「……山に入るのに、その装備で?」
リナが思わず聞く。
「慣れてる」
セリオはあっさり言った。
「危険な場所ほど、余計な物は持たない方がいい」
(普通は逆じゃない?)
リナはそう思ったが、口には出さなかった。
⸻
山道に入ると、空気が変わった。
木々は深く、視界は狭い。
だが道自体は不思議と整っている。
「意外と踏み固められてるな」
タクミが言う。
「昔は交易路だったらしい」
セリオが即答する。
「山脈が“まだ静かだった頃”の名残だ」
「静かだった?」
リナが眉をひそめる。
「魔物の生態が、今より安定していた時代さ」
セリオは淡々と続ける。
「捕食と被捕食の均衡が取れていた」
……どこか、学術的すぎる言い回し。
「へぇ」
タクミは軽く相槌を打つ。
「じゃあ今は?」
「壊れ始めている」
即答だった。
一瞬、沈黙が落ちる。
「……壊れ始めている、って」
リナが言葉を選ぶ。
「文字通りだよ」
セリオは穏やかに笑った。
「魔物の数、行動範囲、繁殖速度」
「どれも、統計から逸脱し始めている」
「原因は?」
「仮説はいくつかある」
セリオは歩きながら指を折る。
「環境変化、魔力濃度、外的干渉……」
最後の指で、動きが止まる。
「あるいは――意図的な操作」
その言い方は、妙に断定的だった。
リナの背筋に、わずかな冷たさが走る。
⸻
中腹に差し掛かる頃、魔物が現れた。
岩陰から姿を現したのは、
巨大な体躯を持つ――山岳オーガ。
「来るぞ」
タクミが前に出る。
「気をつけて」
セリオは一歩下がった。
オーガは咆哮し、岩を蹴って突進してくる。
「速い!」
リナが矢を放つ。
だが、直撃しても止まらない。
「硬いな」
タクミは短剣を構え、踏み込む。
刃が閃き、
首ではなく――関節を断つ。
体勢を崩した瞬間、
リナの矢が眼窩を正確に貫いた。
オーガは呻き、崩れ落ちる。
戦闘は、一瞬だった。
「……強かったが」
タクミが息を整える。
「普通だな」
「ええ」
リナも頷く。
「異常ってほどじゃない」
その後ろで。
セリオはすでに、倒れたオーガの傍にしゃがみ込んでいた。
「……興味深い」
血に濡れた筋肉に触れ、
骨格を確かめ、
切断面を覗き込む。
「筋繊維の密度が高い」
「だが魔力の流れは自然だ」
独り言のようでいて、
どこか熱を帯びている。
(……普通、そんなとこ見る?)
リナは小さく眉をひそめた。
「セリオさん」
「ん?」
顔を上げる。
「……いえ」
リナは首を振る。
「調査、熱心だなと思って」
「当然だろう」
セリオは微笑んだ。
「“変わっていない”個体ほど、価値がある」
価値。
その言葉だけが、妙に引っかかった。
⸻
しばらく進んだ後。
セリオが足を止めた。
「この先だ」
地図と周囲を見比べる。
「私が確認したかった地点は」
「何があるんです?」
「……まだ断定はできないが」
わずかに間を置く。
「反応が集中している」
「反応?」
「魔力の“歪み”だ」
セリオは淡々と答える。
「自然発生では説明がつかない」
リナは弓を握り直す。
「……嫌な予感がする」
「大丈夫」
タクミは軽く言った。
「俺たちがいる」
その背中を――
セリオは、じっと見ていた。
(本当に)
(予想以上だ)
期待。
計算。
そして、わずかな警戒。
そのすべてを、瞳の奥に沈めながら。
山は静かだった。
だがその静けさは――
確実に、嵐の前のものだった。
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