第32話『手加減という名の敗北条件』
「決闘だ!殺してやる!」
男の怒号が、石造りのギルド内に響き渡った。
一瞬で、酒場のように騒がしかった空気が凍りつく。
冒険者たちが一斉に視線を向け、成り行きを見守り始めた。
「ち、ちょっと待ってください!」
受付嬢が慌てて身を乗り出す。
「ギルド内での私闘は禁止です!殺し合いなんて――」
「模擬決闘だ」
男は吐き捨てるように言った。
「規定通り、どっちかが降参するまで。文句ねぇだろ?」
(……降参、ね)
タクミは小さく息を吐く。
正直、気は進まない。
だがここで逃げれば、“Aランク”の看板だけが一人歩きする。
それはそれで、面倒だ。
「タクミ……」
背後からリナの声。
「大丈夫」
振り返らずに答える。
「すぐ終わる」
――本当は、負けるつもりで。
⸻
ギルド中央。
机や椅子がどかされ、即席の決闘場が作られる。
「武器は?」
男が肩に担いだ大剣を見せつける。
金色の装飾に、刃には魔力強化の刻印。
「短剣で」
タクミは腰から〈シルヴァリオン〉を抜いた。
それを見て、男が鼻で笑う。
「ハッ、玩具かよ」
(……速度は抑える)
(踏み込みも浅く、当たる位置に入る)
タクミは頭の中で“負け筋”を組み立てる。
一撃だけ、わざと受ければいい。
致命傷にならないように力を抜いて。
「行くぞォ!」
男が地を蹴る。
重い踏み込みから、振り下ろされる大剣。
(……遅い)
そう思った瞬間――
体が、勝手に動いていた。
半歩、横へ。
大剣は空を切り、床へ叩きつけられる。
「なっ……!?」
男が振り返るより先に、タクミはすでに間合いの外にいた。
「おい、逃げてんじゃねぇ!」
「やっぱりハッタリか!」
周囲が囃し立てる。
(違う……)
(合わせてるのに、当たらない)
二撃、三撃。
どれも、かすりもしない。
(……これ、負けようとしても無理じゃないか?)
⸻
苛立ちが頂点に達したのか、男が歪んだ笑みを浮かべた。
「まぁいいさ」
視線が、ゆっくりとリナへ向く。
「勝ったらその女――」
「俺が“面倒見て”やるよ。お前みたいな雑魚よりは――」
その一言が、
タクミの中の何かを、完全に踏み抜いた。
「……今、なんて言った?」
低く、静かな声。
気づいた時には、
シルヴァリオンの切っ先が、男の喉元に突きつけられていた。
「――っ!?」
男は、動きを認識できていない。
ただ、“死の距離”だけを理解した。
「お前の武器と防具」
タクミの瞳に、感情はない。
「全部、使い物にならなくしてもいいぞ」
「は、はぁ!?」
男は強がるように叫ぶ。
「この装備は金貨何百枚もかけた特注品だ!」
「そんなこと――」
大剣を振り上げた、その瞬間。
――シュッ。
音が、遅れて届く。
次の瞬間。
男の大剣は、根元から断たれて床に落ちていた。
ガシャン、と鈍い音。
それだけでは終わらない。
胸当て。
肩当て。
腕甲。
腰の装飾。
すべてが正確に切り裂かれ、力なく地面へ滑り落ちる。
「……は?」
男は、自分の体を見下ろした。
そこにあったのは――
ほぼ裸同然の、無様な姿。
「な……」
言葉にならない。
タクミは短剣を下ろし、淡々と告げる。
「次は装備じゃ済まない」
一歩だけ近づく。
「本気で振ったら、お前は死ぬ」
男の足から力が抜けた。
膝をつき、崩れ落ちる。
ギルド内は、完全な沈黙に包まれていた。
(……全然、手加減になってないな)
タクミは内心で小さく息をつく。
その背中を、リナがじっと見つめていた。
(この人……)
(自分がどれだけ“異常”か、まだ分かってない)
決闘は――
誰の目にも明らかな形で、終わった。
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