第30話『学者の影』
数日の旅路を経て――
タクミとリナは北の街道を進んでいた。
峠を越える手前。
道端に、一人の青年が座り込んでいるのが目に入る。
「……おい、大丈夫ですか?」
タクミが声をかけると、青年はゆっくりと顔を上げた。
眼鏡をかけた、痩せ気味の男。
旅装束に身を包み、荷物を抱え込むようにしている。
「ああ……すまない。少し休んでいただけだ。体力には自信がなくてね」
「あなたは……?」
リナが警戒を崩さずに問いかける。
男は小さく息を整え、答えた。
「私はセリオ。古代文明を研究している学者だ」
その言葉に、タクミはわずかに目を細める。
「グランディナの山脈には、古の封印や遺跡が残っていると聞いてね。それを調べに来たんだが……道中の魔物に追われて、この有様だ」
苦笑するセリオ。
だが、その視線は一瞬だけ――タクミたちを値踏みするように動いた。
ほんの一瞬。
気づけば見落とす程度の違和感。
タクミはリナを見る。
リナはまだ弓を下ろしきっていない。
それでも――
タクミは一歩前に出た。
「立てますか? 俺たちもバルゼに向かっています。よければ一緒に行きませんか」
セリオは目を見開き、それから柔らかく笑った。
「……助かるよ。やはり冒険者は頼もしいな」
差し出された手を取り、ゆっくりと立ち上がる。
その手は、思っていたよりも――冷たかった。
⸻
三人は並んで歩き出した。
道中、大きなトラブルはなかった。
魔物には何度か遭遇したが、危なげなく対処できる程度。
だが――
(妙だな……)
タクミはふと違和感を覚える。
セリオは戦闘に参加しない。
それ自体は不思議ではない。
だが――
「随分、魔物の出方に詳しいんですね」
タクミが何気なくそう言うと、セリオは微笑んだ。
「学者だからね。事前の情報収集は怠らない主義なんだ」
淀みのない返答。
だがその内容は、どこか“出来すぎている”ようにも感じた。
「ふーん……」
リナは短く返すだけだったが、視線はわずかに鋭い。
⸻
数日後。
三人はついに、目的地へと辿り着いた。
「……ようやく到着ね」
リナが小さく息を吐く。
眼前には、山の麓に広がる街――〈バルゼ〉。
石造りの建物が並び、どこか荒々しくも活気のある空気が漂っていた。
セリオと合流してからは、特段トラブルもなかった。
(レベルが上がりにくくなってきたな……)
タクミは自分のステータスを思い浮かべる。
――Lv.31
ゴブリンロードとゴブリンキングで一気に上がった反動か、成長は緩やかになっている。
(まあ、当然か……)
それよりも――
(スキルを、もっと自在に使えれば……)
まだ制御しきれていない感覚が、どこかに残っていた。
「どうしたのタクミ」
「いや、なんでもない、行こう。まずは宿を探す?」
「そうね」
二人が歩き出そうとしたとき――
「私はこの辺で失礼するよ」
セリオが足を止めた。
「道中、君たちのおかげで本当に助かった。これは、ささやかなお礼だ」
差し出されたのは、ずしりと重い袋。
中には、大量の金貨が入っていた。
「いえ、こんなには――」
思わず遠慮しようとするタクミの横で、
(……タクミ、こういうのはちゃんと受け取っておいた方がいい)
リナが小声で囁く。
(……わかった)
タクミは軽く頷き、改めて向き直った。
「……では、ありがたくいただきます。ありがとうございました」
「ああ。こちらこそ」
セリオは穏やかに微笑む。
「またどこかで会えることを祈っているよ」
その言葉を残し、彼は人混みの中へと消えていった。
⸻
「……なんか、変な人だったね」
リナがぽつりと呟く。
「そうだな……」
タクミも完全には否定できなかった。
だが、それ以上に気にすることでもないと、頭を切り替える。
⸻
セリオと別れ、二人は街を歩く。
数分ほどで宿屋を見つけ、そのまま部屋を取ることにした。
「今日はもう休もうか」
「うん。さすがにちょっと疲れたし」
本格的な活動は、明日から。
新たな街〈バルゼ〉での一日が、静かに始まろうとしていた。
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