第24話『刃の真価』
ヴォルドの工房を出てーー
今は2人で森へ向かっていた。
「おもちゃを買ってもらった子どもみたい」
リナが少し呆れたように言う。
「うん。早く試したくてさ」
タクミは腰の短剣に触れる。
鞘に収まっているのに、確かな存在感が伝わってくる。
(シルヴァリオン……)
手にしたときの感覚が、まだ指先に残っていた。
「まぁ、ちょうどいい依頼もあったしね」
リナが肩をすくめる。
「ウルフの群れ。街道沿いまで出てきてるらしいよ」
「試し切りにはちょうどいいか」
「そうそう。でも群れだからね。油断はダメ」
タクミは軽く笑う。
「分かってる」
⸻
森に入って三十分。
湿った土の匂いと、わずかな気配。
「……来る」
その瞬間。
茂みをかき分けて、三頭のウルフが姿を現した。
牙を剥き、低く唸る。
「タクミ、1匹は私が――」
「いや、大丈夫」
タクミは一歩前に出る。
「見てて」
短剣を抜く。
――軽い。
あまりにも。
握っている感覚が曖昧になるほど。
(これが……)
一頭目が飛びかかる。
だが――遅い。
タクミの視界では、はっきりと軌道が見える。
横に払う。
抵抗がない。
何も切っていないような感覚。
だが次の瞬間、ウルフの首が裂けていた。
(……すごいな、これ)
二頭目。
牙が迫る。
半歩ずらし、脇腹へ一閃。
刃が通った感覚すらない。
そのまま崩れる。
三頭目。
振り返りざまに突き。
喉元へ――吸い込まれるように沈む。
⸻
数秒。
それだけだった。
「……速すぎ」
リナがぽつりと呟く。
その目は完全に見開かれていた。
(何これ……)
修行の成果は確かにある。
ただ、明らかに、それ以上。
⸻
森の奥へ進む。
空気が変わる。
視線。
囲まれている感覚。
「タクミ……あれ」
リナが指差す。
木々の間に、無数の瞳。
一つ、二つじゃない。
十、二十――それ以上。
「多いな」
タクミは短剣を握り直す。
(ちょうどいい)
心臓がわずかに高鳴る。
恐怖じゃない。
高揚だ。
「俺にやらせて」
「え? 一人で?」
「うん」
迷いはなかった。
リナは一瞬だけ考え――
「……分かった。でも無茶はしないでよ」
「大丈夫」
⸻
次の瞬間。
群れが一斉に動いた。
タクミは踏み込む。
一歩。
それだけで間合いが消える。
最初の一頭。
振る。
首が落ちる。
二頭目。
そのまま流れるように刃を返す。
前脚ごと断つ。
倒れた体を踏み台に、三頭目へ跳ぶ。
――速い。
自分でも分かる。
(軽すぎる……!)
何度振っても疲れない。
抵抗がない。
刃が通るというより――
“そこにあったものが切れている”。
「……っ」
リナが息を呑む。
目が追いつかない。
一瞬ごとに数が減っていく。
タクミの視界は冴え渡っていた。
全方向。
すべて見えている。
(全部、遅い)
迫る牙。
振り下ろされる爪。
すべてが予測通りに動く。
五頭。
六頭。
七頭。
斬るたびに、確実に数が減る。
背後からの一頭。
振り返るより早く、逆手で喉を突く。
そのまま引き抜き、次へ。
止まらない。
「これ……本当にタクミ?」
リナが呟く。
知っている動きじゃない。
だが違和感はない。
むしろ――完成されている。
タクミは考えていなかった。
ただ、動いている。
シルヴァリオンが手の中で自然に動く。
(これなら――)
一歩踏み込む。
二頭同時に斬る。
血が舞う。
⸻
残り十。
まだ囲まれている。
だが――関係ない。
(全部いける)
斬る。
崩れる。
また斬る。
数が減るごとに、森が静かになっていく。
最後の一頭。
吠えながら飛びかかる。
タクミは動かない。
一瞬。
間を置いて――
一閃。
⸻
静寂。
すべてが終わった。
タクミはゆっくりと刃を下ろす。
呼吸はほとんど乱れていない。
(……すごいな)
短剣を見る。
わずかに脈動している。
まるで、生きているように。
「タクミ……」
リナが近づいてくる。
その顔は、驚きと……少しの笑み。
「一人で全部やるとか、やばすぎでしょ」
「まぁ……」
タクミは少しだけ苦笑する。
「武器がすごいのもあるけど」
一拍。
「ちゃんと強くなってる気はする」
リナが頷く。
「うん。これは認めるしかないね」
⸻
風が吹く。
血の匂いをさらっていく。
タクミは短剣を鞘に収めた。
その奥で――
かすかに、脈打つ感覚が残っていた。
読んでいただきありがとうございます。
初投稿ですので、ブックマークや評価をいただけると励みになります。
毎日更新予定です。
時間は不定期とさせていただきます。




