第23話『森の意志』
それからしばらく――静かな日々が続いた。
ギルドマスターとの会話のあと、タクミには明確な目標ができていた。
だからこそ、以前にも増してリナとの修行に打ち込んでいる。
⸻
「もっと腰を落として。重心は低く」
「……はい」
広場の一角。
タクミはリナの護身用の短剣を借り、何度も型を繰り返す。
汗が首筋を伝い、乾いた土に落ちて黒い斑点を作った。
(……ゴブリンキングを倒したからって)
息を整える。
(俺が強いわけじゃない)
あの戦い。
称賛。
英雄扱い。
だが――
(全部、俺の“運”だ)
あの異常な回避も。
致命打を通せた一撃も。
すべてはスキルによるもの。
(自惚れるな)
歯を食いしばる。
(運に甘えたら――いつか、死ぬ)
「リナ、もう一回お願い」
「大丈夫?少し休んだ方が……」
「大丈夫」
即答だった。
⸻
(森の王の記憶……)
(そして、“世界の真価”)
胸の奥が、ざわつく。
“運も実力のうち”――
そんな言葉は知っている。
だがタクミは知っている。
(これは、実力じゃない)
だからこそ。
(俺は、自分で強くならなきゃいけない)
皮肉だった。
元の世界では恵まれなかった“運”。
今は、その逆に振り切れている。
だからこそ――
それに支配されないように。
タクミは、自分を追い込む。
⸻
「タクミ、ちょっと休みましょう」
リナが笑顔で水筒を差し出した。
タクミはそれを受け取り、冷たい水を喉に流し込む。
「……ありがとう」
「楽しみね、短剣」
「……ああ」
視線を落とす。
(どんな武器が出来上がるんだ)
期待と――
わずかな緊張。
⸻
そして。
約束の一週間が過ぎた。
その日、タクミは早朝から落ち着かなかった。
(いよいよ、か……)
リナと合流し、工房へ向かう。
歩きながら、胸の鼓動がわずかに早まっていた。
⸻
扉を開ける。
鉄と炭の匂いが、濃く流れ込んできた。
ヴォルドの工房。
だが――
以前とは違う。
空気が張り詰めている。
まるで、何かが“完成した”あとの静けさ。
「来たか」
低い声。
奥から、ヴォルドが現れる。
その姿に――タクミは息を呑んだ。
両腕には包帯。
血がにじんでいる。
目の下には、深い隈。
だがその瞳には――
確かな光が宿っていた。
「その腕……」
言いかける。
だがヴォルドは、軽く笑った。
「気にすんな」
包帯越しに腕を叩く。
「勲章みてぇなもんだ」
肩をすくめる。
「寝る間も惜しんだ結果だな」
一拍。
「……だがな」
静かに言う。
「これ以上の仕事は、一生できねぇかもしれん」
「それだけは胸張って言える」
タクミは言葉を失った。
その目を、見据える。
(……本気だ)
職人として。
すべてを注ぎ込んだ目だ。
「……見せてください」
自然と、声が低くなる。
ヴォルドは無言で頷いた。
金床へ向かう。
そして――
それを、持ち上げた。
深い緑黒の刃。
森の奥を思わせる、静かな色。
その中心を――
赤黒い脈動が走っている。
柄にまで、淡い光の筋が入り込んでいた。
微かに揺れるそれは――
まるで呼吸しているかのようだった。
銀の装飾は、蔦のように絡み合い。
静かに“森”を象っている。
リナが、小さく息を呑む。
「……綺麗」
「まだ名前はねぇ」
ヴォルドが言う。
「タクミ、お前がつけろ」
タクミは、一歩近づく。
ゆっくりと手を伸ばし――
短剣を受け取った。
「――……?」
違和感。
来るはずの重みが、来ない。
軽い。
いや――
“馴染みすぎている”。
まるで、最初から自分の一部だったかのように。
(なんだ、これ……)
視線を落とす。
その瞬間。
ドクン――
刃の奥で、脈動が強く打った。
(……っ)
自分の鼓動と、重なる。
血が熱を帯びる。
奥深くまで、響く。
「……生きてるみたいだ」
思わず漏れる。
ヴォルドが頷いた。
「当たり前だ」
低く言う。
「そいつはただの鉄じゃねぇ」
「お前のために、生まれた武器だ」
タクミは、静かに目を閉じる。
そして――
自然と、言葉が浮かんだ。
「……シルヴァリオン」
それは考えた名前ではなかった。
呼ばれたように。
導かれるように。
口からこぼれた。
リナが微笑む。
「素敵な名前」
「森の意志……ぴったりね」
ヴォルドが低く笑う。
「いい名だ」
短剣を見つめる。
「そいつは、お前の未来を切り開く相棒だ」
タクミは短剣を鞘に収めた。
だが――
指先には、まだ熱が残っている。
生きている感触。
「……後で、試してみます」
「感想、楽しみにしてるぜ」
ヴォルドの声には、期待と――
ほんのわずかな、不安が混じっていた。
「タクミ、行きましょ」
リナが扉を開ける。
夏の風が吹き込む。
工房の熱を、さらっていく。
タクミは一歩踏み出した。
⸻
背後で。
ヴォルドが、静かに呟く。
「頼むぞ……シルヴァリオン」
その声は、どこか祈るようだった。
「そいつを――守り抜いてやれ」
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