第20話『誇りと執念』
鍛冶屋――「ヴォルド工房」の扉を押し開ける。
焼けた鉄と油の匂いが、鼻を突いた。
奥では、大柄な男が金槌を振るっている。
赤銅色の肌。盛り上がった筋肉。
火花が散る中、その男は顔を上げた。
「……よぉ、坊主じゃねぇか」
ヴォルドはハンマーを置き、にやりと笑う。
「噂は聞いたぜ」
目を細める。
「ゴブリンキングをぶっ倒したんだってな」
「ええ、でも……」
タクミは腰の短剣を抜く。
折れた刃。
ねじ切れ、輝きを失ったそれを差し出した。
「この通りです」
静かに頭を下げる。
「せっかく作っていただいたのに……折ってしまいました」
「すみません」
「……」
ヴォルドは何も言わず、それを受け取る。
光にかざす。
指先でなぞる。
刃の折れた柄を、じっと見つめる。
やがて、低く口を開いた。
「この短剣――どうだった?」
「え?」
「どうだった、って聞いてんだ」
視線は折れた短剣のまま。
「お前さんの役に立ったか?」
タクミは一瞬言葉に詰まり――
すぐに、はっきりと言った。
「……役に立った、なんてものじゃありません」
思い出すように握りしめる。
「初めて振った時から、手に馴染んで……」
「本当に、良い武器だと思いました」
顔を上げる。
「ゴブリンキングも……その短剣があったから倒せたんです」
「これがなかったら、俺は――」
言葉を切る。
「……生きていませんでした」
「………ハハッ!!」
突然、豪快な笑い声が響いた。
「だったらよぉ――」
ヴォルドはニヤリと笑う。
「何を謝る必要がある?」
「武器ってのはな、使うためにあるんだ」
折れた短剣を軽く掲げる。
「そんで――折れることもある」
「でも……」
「お前はこれで生き延びて、ゴブリンの王様までぶっ倒したんだろうが」
ぐっと肩を掴まれる。
重く、熱い手。
「それ以上、職人冥利に尽きることがあるか?」
「……っ」
「胸張れ、坊主」
まっすぐ見据える。
「折れたのは、お前が未熟だからじゃねぇ」
短剣を軽く叩く。
「こいつも、お前と一緒に戦い抜いたんだ」
タクミは目を伏せ――
ゆっくり息を吐いた。
「……ありがとうございます」
⸻
「それで?」
ヴォルドは振り返る。
壁一面に並ぶ武器を指し示す。
「次は新しい相棒を探すか?」
剣、斧、槍――どれも一級品。
(……別の武器を試す、か)
一瞬考える。
だが、すぐに首を振った。
(いや……違う)
短剣を握ってきた感覚。
リナに教わった戦い方。
(俺には、あれしかない)
いくつか手に取る。
だが――
「……違う」
しっくりこない。
手に馴染まない。
まるで、別物だ。
ヴォルドが鼻で笑う。
「やっぱりな」
「前の短剣の感触が、体に染みついてやがる」
頭をかく。
「素材はねぇのか?前みたいに」
「……一応、あります」
タクミは少し迷い――
革袋から、それを取り出した。
⸻
緑黒の結晶。
赤黒い光が、脈打つ。
空気が、わずかに重くなる。
「……っ」
ヴォルドの動きが止まった。
目が、見開かれる。
「……なんだ、そりゃ……」
「ゴブリンキングの魔核です」
「魔核……!?」
一歩、踏み出す。
「しかもキングだと……!?」
声が震える。
目が、完全に職人のそれに変わっていた。
吸い寄せられるように近づく。
両手で、包み込むように見つめる。
「……とんでもねぇ……」
「すみません」
タクミはそっと手を伸ばし、戻そうとする。
だが――
がしっと、腕を掴まれた。
「待て!!」
「……?」
「頼む……!」
ヴォルドの声が、震えていた。
「作らせてくれ!!」
「これで――お前の武器を!!」
「それは……無理です」
タクミは首を振る。
「こんなものを使って、また折れたら――」
「バカ言ってんじゃねぇ!!」
怒鳴り声。
空気が震える。
「折れたらまた打ちゃいい!!」
一歩、踏み込む。
「だがな――」
魔核を握りしめる。
「これを見て、何もせずにいられる鍛冶師がいるか!?」
「……」
「俺はな……」
少しだけ、声が落ちる。
だが、その奥に熱がある。
「一度でいい」
「魔核の武器を打ってみてぇって、ずっと思ってきた」
視線がぶつかる。
「夢なんだよ」
「……!」
タクミが息を呑む。
ヴォルドは続ける。
「それにな」
折れた短剣を軽く掲げる。
「こいつが折れたのは――俺の責任でもある」
「……」
「だから今度は」
声に、力がこもる。
「お前と、この魔核と――」
「俺の全部を叩き込んだ武器を作る」
「やらせてくれ」
静寂。
タクミは魔核を見つめる。
手の中で脈打つ、不思議な感触。
(……これが)
(俺の次の一歩になるかもしれない)
ゆっくりと、顔を上げた。
「……分かりました」
「よし!!」
ヴォルドが吠える。
鍛冶台を、力強く叩く。
「燃えてきやがった……!」
目が、完全に獣のように光っている。
「最高のモンを作ってやる!!」
「お前に、そしてこの魔核に相応しい武器をな!!」
「どれくらいかかりますか?」
「一週間だ」
即答。
「絶対に後悔させねぇ」
タクミは深く頭を下げた。
「お願いします、ヴォルドさん」
「任せとけ」
ニヤリと笑う。
「坊主――」
一言、重く落とす。
「お前は、俺の誇りだ」
⸻
工房を出る。
背中に、まだ熱が残っている。
後ろから、ヴォルドの笑い声が響いた。
いつまでも――
追いかけてくるように。
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