第19話『破格と異例』
翌日。
ギルドの扉を開けた瞬間――
昨日以上に強い視線が突き刺さった。
ひそひそと囁く声が、あちこちから漏れる。
「噂の二人だ……」
「ゴブリンキングを……」
「Eランクだったんだろ?信じられるか……」
タクミは居心地悪そうに肩をすくめた。
隣のリナは、いつも通りの落ち着いた表情で受付へ向かう。
「昨日の討伐の件で来ました」
「お待ちしておりました」
受付嬢はすぐに頷き、二人を奥へと案内した。
⸻
通されたのは応接室。
その奥、大きな机の向こうに座る男――ギルドマスター、バーグ。
「まずは改めて……よくぞ戻った」
低く、重い声。
鋭い視線が二人を射抜く。
「討伐依頼の報奨金を支払う」
一拍置く。
「ゴブリンロード討伐分は――金貨10枚だ」
「……っ」
タクミは思わず目を見開いた。
(確か……金貨1枚で、半年は暮らせるって……)
頭の中で計算が追いつかない。
バーグは続ける。
「そして、ゴブリンキング討伐報酬だが――」
空気が張り詰める。
「白金貨1枚とする」
「――ッ!?」
リナが息を呑む。
「リナ、白金貨って……?」
「……金貨100枚分よ」
小さく、しかしはっきりと答える。
「なっ……」
タクミは言葉を失った。
「ちょ、ちょっと待ってください……!そんな大金、俺には……!」
思わず両手を振る。
だが、バーグは腕を組んだまま、静かに言った。
「お前が何をしたか、分かっているのか」
その一言で、空気が変わる。
「ゴブリンキングだ」
「……」
「奴が森を抜け、街へ出ていたらどうなっていた」
低く、重く、言葉を落とす。
「何百……いや、何千の命が失われていたか分からん」
タクミは黙り込む。
「お前は、それを止めた」
「その価値は、本来金で量れるものではない」
一瞬だけ視線を和らげる。
「だが、ギルドとしては――これが最大限の評価だ」
「……」
タクミはゆっくりと息を吐いた。
そして、深く頭を下げる。
「……分かりました」
⸻
「次に、ランク再査定だ」
バーグの視線がリナへ向く。
「リナ。お前はAランクへ昇格とする」
「ゴブリンロード率いる集落壊滅への貢献……十分だ」
「……ありがとうございます」
リナは静かに頭を下げた。
そして――
バーグの視線が、タクミへ移る。
一瞬の間。
「タクミ」
喉が、鳴る。
「お前も――Aランク昇格だ」
「……えっ」
思考が止まる。
「EランクからAランク。本来ならあり得ん」
バーグはわずかに苦笑する。
「正直に言えば、Sランクにしてもいいくらいの功績だ」
「Sランク……」
「ゴブリンロード、そしてゴブリンキングを事実上“単独”で討伐」
「前例がないどころの話じゃない」
静かに、だが断言する。
「だが――EからSは制度上不可能だ」
「EからAですら異例中の異例」
「それでも、この功績を見過ごすわけにはいかん」
「……」
タクミは何も言えず、ただ頷いた。
⸻
「最後に――魔核の件だ」
机の上に置かれた、緑黒の結晶。
赤黒い光が、脈打つように揺れる。
「ゴブリンキングの魔核」
バーグの声も、わずかに低くなる。
「これは白金貨3枚で買い取ろう」
「……」
タクミは視線を落とす。
ほんの一瞬。
そして――首を横に振った。
「すみません……これは、手放したくありません」
「理由は?」
短い問い。
タクミは少し考え、言葉を選ぶ。
「……まだ、自分でも分かりません」
正直に言う。
「ただ……今は、持っていたいんです」
沈黙。
バーグはじっとタクミを見つめ――
やがて、小さく頷いた。
「……そうか」
それ以上は問わない。
「ならば、大事にしろ」
一言だけ付け加える。
「その魔核は――お前の転機になるかもしれん」
「……はい」
タクミは袋に魔核を戻し、深く頭を下げた。
⸻
ギルドを出る。
外の空気が、やけに軽く感じられた。
街の喧騒。
夏の風。
そして――向けられる視線。
(……完全に噂になってるな)
小さくため息をつく。
リナが隣で微笑む。
「さて、これからどうする?」
「……鍛冶屋に行きたい」
「新しい武器?」
タクミは首を振る。
「いや……」
少しだけ苦笑する。
「ウルフの牙で作ってもらった短剣、壊してしまったから」
リナはすぐに理解した。
「ちゃんと謝りたい。ヴォルドさんに」
一瞬、リナが目を瞬かせる。
そして、優しく笑った。
「そういうところ、本当にあなたらしいわね」
「俺らしい?」
「ええ」
少しだけ柔らかい声で言う。
「……一緒に行く?」
タクミは、ゆっくり首を振った。
「いや、これは一人で行くよ」
肩の力を抜いて笑う。
「リナはゆっくり休んで」
「……分かったわ」
小さく頷く。
「でも、無理はしないで」
「はい」
二人は宿の前で別れた。
タクミは一人、鍛冶屋へ向かって歩き出す。
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