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あの日の約束を、同じグラウンドで。〜最強キャッチャーと少女たちの青春ソフトボール〜  作者: ジャスパー


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第六十五話 応酬

 一回表、金川の先制。


 誰もが予想していなかった展開、それもホームランでの先制劇に未だにグラウンドは余韻が貼り付いていた。


「アウト!アウト!スリーアウトチェンジ!」


「――っ!惜しいっ……」


 四番絢辻未来の強振した打球は鋭いライナーで外野に抜けるかと思われたが……正面をついた。結局ホームラン以降は打線が続くことはできなかった。


 だが恭の想定した通り、この秋初めてビハインドを背負わされた岩代のダメージは大きい。特に……自分がマスクを被ってから初めての失点となるキャッチャーの谷皇成は帽子を叩きつける勢いで悔しがった。


「くそっ………すいません!チェンジアップ読まれてました。自分のミスです……」


「大丈夫よぉ。ホームランで崩れるほどヤワじゃないの。それに……こっちの攻撃はまだ始まってもいないわぁ。」


「あぁ、一点なら取られたうちに入らん。悔しかったらバットで取り返せ。」


 皇成は悔しげに責任を被ったが、打たれた本人はあっけらかんと笑ってなんともない。そんな彼女をを見てひとまず安心したキャプテン狩野光俊は皇成の頭をトントンと叩いて激励する。


「光俊さん……絶対塁に出てください。自分が、絶対返しますから」


(凄まじい……なんて目をする奴だ)


 丁寧な口調の中にメラメラ燃えたぎる闘志。珍しい彼の願いに「任せろ」とだけ言い放ち、狩野光俊は打席に向かう。


「よぉ、みっちゃん。昨日ぶりだなぁ。」


「そのトンチキなあだ名は金輪際使うな。それと、さっきの回に皇成に注意されたことはもう忘れたのか?」


「耳いいなぁ、聞こえてたんだ。」



 絢辻恭は声のトーンを低くしながら不敵に笑う。緊張感を感じない。この大舞台でまるで友達の家に遊びに来ているかのような軽さで話しかけてくる彼が、不気味で……少しだけ背筋が寒くなる。――だが、光俊のすべきことは変わらない。


(三橋彩音の最大の弱点はこの立ち上がり――ここで確実に叩き潰す。)


 思考を整理し、今一度狙い球を決める。一度ふっと深呼吸した後、バットを前に掲げるルーティンからバッターボックスに入った。



 


(相変わらず隙がねえな……どうすっかなこれ)


 その様子を座りながらじっと観察していた恭は、その構えの隙の見えなさに頭を抱えたい気分になる。流石は世代ナンバーワンショートの呼び声高いプレイヤーの名は伊達ではない。


 ………実は敵が強いだけならこれほど頭を悩ませる必要もないのだが。



「ボール!ボールワン!」


 真ん中付近に要求した一球目のストレートが、外角低めのボールゾーンに外れる。直球にパワーがいつもより数段乗っておらず、体が横に流れてシュート回転してしまう。ブルペンでも投球練習でも、今日の彩音はずっとこんな感じだった。


(疲れてんな……これは。尻上がりに良くなっていくと信じたいけど)


 昨日の限界を超えた消耗に身体が悲鳴を上げている。過去には二日間でもっと球数を放ったこともあった彩音だが、やはり志賀ノ宮の強力打線のプレッシャーでゴリゴリ体力を削られたのだろう。球数だけでは測れない疲労があるはずだ。


(とにかく、とられるにしても失点をできるだけ減らす……頼んだぞ守備陣)


 腕を振れとジェスチャーを送り、彩音に投げ返す。いつもは捕球したらすぐに返球する恭だが、今日はあえて間を空けて、テンポを意図的にスローペースに調整する。


 外側のボールゾーンからストライクゾーンに曲がってくるスライダー。それを完全に見切った狩野光俊は思い切り踏み込んで来た。


「やべっっ!甘いっ!」


 思わず声が出るほどのど真ん中に吸い寄せられたスライダーにばっちりとタイミングが合った。白い軌跡が、センター方向に一直線に突き刺さる。


「瑠衣っ!バック!バック!」


 正面やや左寄りへの背走。最後は飛び込みながらキャッチを試みたが……ほんの数ミリ。――グラブからボールは溢れ落ちた。


「フェア!」


 審判のジャッジを見て、既に二塁を回らんとしていた光俊はさらに加速する。


「くそっ……もう!届いたのに!」


 瑠衣はすぐに起き上がって中継の未来に送球。岩代のサードコーチャーは光俊が三塁を回ったところでストップを掛けた。


 ――パァン!


 ショートの未来からの低く強いストライク送球が恭のミットに収まる。光俊も納得したようにベースに戻った。


(よく瑠衣は前に落としてくれた。後ろにそらしたら絶対ランニングホームランだ)


 狩野光俊の塁を回るスピードはこちらの想定していたものをはるかに超えている。このタイミングでもギリギリなら――次はない。止められない。


 


『2番、キャッチャー。谷皇成くん。』


 奇しくも師匠の恭と同じポジション、同じ打順。審判と恭に向かって深々とお辞儀をして皇成は打席に入る。


 先ほど撃たれた点を自分の力で取り返さんと、さっきまでの悔しさをそのまま打席に持ち込んできている。


(取り敢えず厳しく、低くだ。彩音……)


 思い出されるのは合同合宿での二日目のシャッフル紅白戦。あの日、岩代のスーパーエース四葉花凛から放った一発。衝撃的すぎて今でも恭の網膜に焼き付いている。あの時はインハイのボールを思いっきりぶっ叩いてカチこまれた。


 一球目はアウトローのボール球を見極められる。二球目のアウトローに逃げるスライダーにピクッと反応するもののそのスイングはギリギリ止まる。


(この目ぇ……ほんまに厄介やな)


 ここまで今大会の打率6割と猛威を震っている四年生の天才打者、谷皇成の活躍。その根幹にあるものはこの好球必打の選球眼だ。三橋彩音も合同合宿で彼とバッテリーを組み、その片鱗を感じ取っている。

 

 まともに勝負はしたくない。だが、未だノーアウト。歩かせる余裕もない。恭はじっと皇成構える姿を見つめ、内角の少々甘めのコースにストレートを要求した。


(打てるもんなら……打ってみぃ!)


 ――コォン!


 鈍い衝撃音がバックネットに跳ね返る。皇成は絶好球を打ち損じたと悔しそうだが……タイミング自体はかなり差せている。


「怖え怖え。スイングスピード凄えなぁ。めちゃくちゃ当たったら飛びそうじゃん?」


「…………」


 少しでも気を散らせるかと話しかけてみるものの、皇成の耳には何の情報も入ってきていない。極限の集中状態は全く崩れる気配がない。


 だがこのファールでストレートのタイミングに微調整が必要になる。ストレートに意識が行った今こそ、変化球が生きる時だ。


(カットボール………コントロールは二の次だ。取り敢えずキレの良いボールを!)


 彩音と恭の息のあったアイコンタクトでの以心伝心。彼女もこの一球が勝負どころと理解して、全力で腕を振るう。


 完全にストレートの軌道。ストレートのタイミング。だがボールとバットが接する直前、そのボールは逃げながら芯を外すように数センチ変化する。


「ぐっ……しまっ……」


「ショート!」


 当たり損ないの内野ゴロ。前身守備のショート、絢辻未来の正面の打球だ。恭は咄嗟にバックホームを指示しようとした。


 しかし。


気づいた時には、ランナーはもうホームに滑り込んで来ていた。


(速い……!ギャンブルゴロゴーか?間に合わねえ!)



 恭は一転してボールファーストの指示。ワンアウトは取れたが……ホームランでの得点からすぐに一点を取り返されてしまった。


「ナイス!ナイス走塁光俊!」


「すいません光俊さん!ありがとうございます!」


「構わないさ。こういう状況で点を取れる走塁を俺たちは練習してきたんだ。あれで良い。」



 

 決して未来の打球処理に問題があったわけではない。岩代ベンチがこのバッティングカウントで、動いてきた。ボールがバットに当たった瞬間にスタートを切るギャンブルゴロゴー。ライナーや小フライなら即時ゲッツーになるリスキーな作戦だが……これを成功させてきた。


 ホームランで先制された直後の鮮やかな同点劇。主導権はイーブンになるどころか、下手をすれば飲み込まれる。ここは彩音を落ち着かせようと恭は早めにマウンドを訪問する。


「彩音、大丈夫だ。切り替えて………」


「………せっかく恭くんがホームラン打って点取ってくれたん、無駄にした。ごめん。」


 ――思いがけない一言に面食らった。


 一度マウンドに上がれば手のつけられない暴君として君臨する彩音から出たとは思えないしおらしさ。恭は背中をポンポンと優しく叩いて、問題ないと朗らかに笑う。


「大丈夫大丈夫。点なら俺たちがいくらでもとる。気にせず気持ちよく投げろ。」


「………でも」


「大丈夫」


 現実を見れば花凛というピッチャーからそう大量得点は望めない。だが……恭の表情から嘘や欺瞞の気配は全くしない。

 彼の言葉にはそう感じさせてくれる『説得力』がある。


「――ちょうど身体もあったまってきた。身体の重さにも慣れてきた。こっからやろ。」


「そうそうそれそれ。期待してんぜ、エース。」

 


 もう一度背中をポンと叩くと恭はマウンドから去っていく。点は取られたがワンアウトでランナーは無し。心機一転リスタートには良い状況だ。


『三番、セカンド。白山和樹くん』


 迎えるは強打の内野手白山。引っ張り込んでのレフト方向への打球が強い選手、あらかじめ左方向に外野手3人を寄せておく。


 ネクストバッターズサークルに目を向けると、四葉花凛が1キロはあろうかという素振り用マスコットバットにさらに重りをつけてブンブンと振り回している。その風を切る風圧が、音が、金川バッテリーにプレッシャーをかけ、余計な心理的圧迫を加えてくる。



 バッテリーが白山への初球に選んだのは……カットボールだった。


「いっ!」


  右打者の懐に食い込んで来た変化球を打って自打球をくるぶしに当ててしまう白山。その様子に恭は大きく頷いて彩音に替えのボールを投げ返す。


(良い……今日はこのボールの精度がめちゃくちゃ良い。悪いなりにこのボールを軸に戦える……)



二球目の要求も、カットボール。外側のボールゾーンから曲がる軌道を描くが…‥ストライクゾーンに入ってこない。スライダーのタイミングで待っていた白山はボール球を擦ってしまい、打球は力無く内野に上がる。



「オーライ!」


 セカンドの胡桃が大きく手を挙げて落下地点に入る。少しだけ風に流されたが、乱されず両手でガッチリと捕球した。


「ツーアウト!ツーアウト!」


「良いキャッチ胡桃ちゃん!」


「イージーです」


恭のグラブを叩いての称賛に澄まし顔で応える胡桃だ。


 ツーアウトランナー無し。同点にされこそしたが……この状況で、四葉花凛を消化できると考えれば悪くはない。



(まずは第一ラウンドだ……花凛)


 この県大会。初日で既に3本のホームラン。打者としても完全に開眼した怪物との最初の戦いの幕が開いた。

 


 


 


 


 


 

 

 


 




 


 

 

 


 

 




 

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