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あの日の約束を、同じグラウンドで。〜最強キャッチャーと少女たちの青春ソフトボール〜  作者: ジャスパー


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第六十四話 号砲

「じゃあね恭。また電話でお話ししようね。」


 別れ際にウインクしてこちらに手を振るクリス。あの後試合前に約束した通り連絡先を交換して、そのまま別れた。


 金川は引き続き準決勝を戦い、敗れた志賀ノ宮はバスで地元に帰る。残酷な勝者と敗者の明暗が分かれても、クリスはいつも通り天使のような笑みを保持していた。


 だが……恭の顔は浮かばれない。原因は昨日の……一番最後にした進路の話。あまりに衝撃的な事実が、絢辻恭の胸を深く深く突き刺さっている。


『ソフトやめるって……どういうことだよ』


『そのままの意味だよ。しょうがないだろ?ソフト部がないんだ。続ける手段がない。』


『あ、彩音は……?あんな才能を小学生で終わらせていいわけ……』


『彩音ちゃんは随分前から宮城の方からスカウト来てるよ。本人もそっちに行く意思は固いっぽいし。ボク達とは中学進学でお別れさ。』



この関係は、この日常は――。一緒に学校に行って、放課後にいつものグラウンドに集まるあの時間は、これからもずっと永遠に続くものだと勘違いしていた。


 そんな日々は、一年半もしないうちに終わりを告げる。


 ……そんなはずがないと心のどこかで思ってしまっていたのだ。


「恭くん大丈夫か?目の下くま出来とるけど。」


「だ、大丈夫。ちょっと枕が合わなくて……」


「まあええけど。無理すなよ。バスではちょっとでも寝ときや。」


 俯いた顔を下から覗きこんで、明らかに寝不足の顔をしている恭を心配する彩音。


 余計な心配をかけてしまったと恭は反省し、顔をパンパンと叩いて気合を入れる。抗いがたい、どうしようもない

現実かもしれない。――それでも。


(ウジウジしてでも何も起きねえ始まらねえ。俺がやるべきは……勝って勝って勝ちまくって、勝たせまくって。こいつらと一試合でも長く戦うことだ。)


 絢辻恭に動揺したり、悲しんだりしている暇はない。何せ今日の準決勝の相手は永遠のライバル岩代。この秋未だ公式戦無失点記録中の難敵なのだから。



 



 ▼△▼△▼△▼△▼△


 1日目にあれだけごった返していたチーム数も減りに減って、残りは4チーム。


 朝一番、9時からの試合だが試合前から既に観客席は人でごった返している。


「来たぞ!志賀ノ宮を破ってきたダークホース!優勝候補の県北第一代表金川だ!」


 準備を終えて一塁側に展開して、素振りやトスバッティングなど各々の調整を始めた先攻の金川ナインに対して観客はざわめく。

 やはり前日に優勝候補圧倒的大本命に勝ち切った実績は強い。新聞記者のカメラやテレビカメラも何台か向いていて、注目度の高さを思い知らされる。



 そして遅れて三塁側の後攻、岩代の軽いノックが始まると、彼らの堅実かつ流麗なその動きにたちまち拍手が起こる。


 ダイヤモンドを隔てて、バチバチに意識し合う両者。試合開始前にも関わらず、グラウンドのボルテージははち切れんばかりに上がっていく。





 この秋だけで公式戦で一度、練習試合で一度、合同合宿で一度顔を合わせる親密な関係の両者であるが……それ故にその表情には一瞬の油断もない。


 少しでも隙を見せれば、致命傷。即敗退に繋がる恐ろしいチームだと互いが理解し合っているからだ。

 


 そんな張り詰めた雰囲気の中で、恭は未来に投げてもらってトスバッティングをしながら相手の岩代ナインの動きをじっと観察していた。


(皇成のやつ。合宿の時よりまたデカくなったか?四年生とは思えねえ体格だな。)


 二日三日の関係ではあるが己の技術を惜しみなく注ぎ込んだ弟子の成長に思わず頬が緩んでしまう。どうやら県大会で覚醒した谷皇成はあれからずっと正捕手として君臨しているらしいという噂は既に胡桃から仕入れ済みだ。


 心なしか、ブルペンで防具をつけている姿もサマになってきた。背筋がピンと伸びて自信をつけてきたように見える。


――そして。


「来やがったな化け物エース。四葉花凛。」


 黒髪ストレートを颯爽と靡かせた怪物が、ブルペンのマウンドへと降り立つ。


 この秋は一人で全試合完投。取られた点数は未だ無し。鉄壁のバックに強力に援護されながら対戦相手を変化球で球数少なく制圧する、まさしく天才と呼ぶに相応しい投手だ。


 その他にも世代ナンバーワンショートとの称される狩野光俊、強打のセカンド白山和樹といった面々を中心に堅守の守備全面に押し出したソフトボールをしてくるのがこのチームの特徴になる。


「まさか片田舎の岩代小のグラウンドで細々と練習試合していた私たちが、ここでぶつかるとは。」


「負けたら終わり。勝ったら東北大会。ぶっ倒すにはちょーどええやんか。」


攻撃型のチームの金川と、超守備型チームの岩代。互いに手の内は知り尽くしている。だからこそフェアにがっぷりおつで当たることができるというものだ。


 一瞬、グラウンドの音が遠のいた。風の音だけが、やけに大きく聞こえる。


「集合!」


 キャプテン梅津一心の号令で、試合前の円陣が組まれる。この秋の激戦を潜り抜けてきた金川ナインは皆いい表情をしている。


「胡桃。」


「了解です、キャプテン。」


 胡桃はグローブケースを持ってくると、その中に入っている大量の大学ノートを手に取りながら話し始める。


「この秋、私たちは岩代とは3回戦って一分け二敗。そのどれもがロースコアの接戦で、今回もおそらくそうなるでしょう。一点が勝敗を分けます。」


「当然だね。ボク達が花凛をそう簡単に打てたら苦労しない。」


「岩代は難敵です。だからこそ、皆さん……特に上位打線の皆さんにはやってもらわなければいけないことがあります。」


 胡桃は皆をさらにぎゅっと固まらせ、円陣の中でスコアブックを見せる。


「岩代バッテリーの攻めはシンプルです。ストレートで差し込んで、変化球で仕留める。変化球も厄介ですがこのストレートが打ってもヒットにならない。そのせいで花凛さんの魔球と呼ばれるチェンジアップがより化ける。」


四葉花凛の緩急の使い方は、昨日対戦した戸松雷人のそれとは比較にならないほどハイレベルなものだ。ストレートに差された後の腕の振りが全く同じチェンジアップは本当に時が止まってしまったかのような錯覚すら覚える。


「上位の皆さんには……このストレートを一巡目で打ち返して貰いたいんです。仕掛けは早く。強いストレートに振り負けないように思い切り強振してください。」


「大丈夫?すごい早く攻撃終わっちゃうよ?」


「上等です。淡白な攻めになっても、それを怖がらず。打てなきゃ、勝てませんので。」


「攻めの方針は決まったな。異論のある奴はいないな?」


 一心の問いかけに、皆一様に首を縦に振る。上位打線の瑠衣、恭、未来は与えられた任務にそれぞれ覚悟を決める。



「――――そろそろか。」


 定刻、第一試合の開始時刻である9時を過ぎた時、裏から4人の審判団が出てくる。号令に従って両チームが一斉に飛び出し、既に満杯となった観客席からは拍手が送られた。


(俺達は勝って次のステージに行く……絶対に!)


「只今より準決勝、金川対岩代の試合を始めます。みなさん怪我のないように。礼!」


「「「よろしくお願いします!!!」」」



 ▼△▼△▼△▼△▼△


 昨日の志賀ノ宮戦に引き続き、金川は先攻。ロースコアゲームが予想される以上、サヨナラの権利がある裏の攻撃を持っておきたいのがセオリーだが。


(この試合に限っては先攻でベストだ。梅津はよくそっちをとってくれた。)


 この試合の一番の懸念事項、それはスロースターターであるエース彩音の立ち上がり。朝一番の試合は特にそれが顕著に現れる体質な以上、試合序盤から試合が動くことが容易に予想される。


 先手を取られてズルズルと行く前に、先制パンチを岩代に喰らわせる。その最初で最後の絶好の機会が、この一回の表。ここで回ってくる瑠衣、恭、一心の3人はこの後の試合の命運を握っていると言って良い。


「瑠衣、初球からガンガン手出していこうぜ」


 恭の声かけに瑠衣はこくりと頷いて応える。チェンジアップ、ライズボール、そしてスピン量の多いストレート。この三択を追い込まれた状態で選ぶのはなるべく避けたい。


(初球をミスショットしない……当たるとこまでしっかり見る……しっかり見る……)


 切り込み隊長、二階堂瑠衣がホームベースの端から端をバットで叩いて打席に入る。ふっと息を吐き、目の前の四葉花凛と相対した。


「あらぁ……瑠衣ちゃん、顔が怖いわぁ……もっとリラックスしないと……ね?」


 プレイコールがかかった後の、一球目。深く深く沈み込み、腰と腕の回転の力を最大まで利用したエネルギーロスのない美しいフォーム。指先にかかったボールがリリースされ、あっという間に外角甘めのコースに到達する。


「ストライクワン!」


(速い……一歩遅れた……)


 消極的だったわけではない。反応ができなかったのだ。そのスピードボールは以前見た合同合宿の時よりさらに磨きがかかり、より速く見える。彼女自身の調子もすこぶる良さそうだ。


(ストレートを狙うストレートを狙う……もっとタイミング早くだ……)


 二階堂瑠衣は同じ失敗を二度も連続でしない。タイミングの取り方をもうワンテンポ早めに修正し、万全のタイミングでその直球を待つ。


 しっかりとバットの軌道はボールを捉えたはずだった。


(これは……!)


 ストレートの軌道から伸びやかに浮き上がる。まるで重力を無視したような変化。何度見ても慣れない、四葉花凛の魔球の一つ。


「ライズ…‥ボール……!」


 真芯でミートしたつもりが、ボールの下側を擦ってしまう。打球は力のない内野フライになり、ショートの狩野光俊が大きく手を上げてガッチリとキャッチした。


「――ごめん、上げた。ボールは相当キてる。」


「みたいだな。俺も立ち遅れないようにするわ。」


 瑠衣は戻り側にすれ違った恭と一言言葉を交わす。難敵なのは分かっていたとはいえやはり絶望感のある投球。だが……恭はむしろそれを嬉しそうに、鼻歌混じりにまるで散歩にでも向かうような足取りで打席に向かう。


「よっ、皇成。元気でやってるか?」


「…………恭さん、今は真剣勝負の最中ですから。おしゃべりはその後にしましょう。」


 軽いノリで話しかけるも後輩の弟子に嗜められる。ただそれでも飄々と余裕のある表情は崩さない。それが……岩代キャッチャーの谷皇成の目には不気味に映った。


 打席にて四葉花凛と向かい合った恭。ふと……ソフトボールデビューとなった岩代小学校グラウンドでの練習試合のことが頭をよぎった。


(あの時はコイツの球にかすりもしなかった。けど……今は違うぞ。)


 合同合宿の時は味方として花凛のキャッチャーをずっと務めていて、対戦は一度もなかった。すなわち、これは長かったこの秋の自分の成長を確かめる一打席にもなる。


 そんな風に考えると、自然と心が躍り……湧き立つ。


 リラックスした状態で、自然体のまま打席を迎えることができた。


 ――初球から、初球から。


 それはある種、四葉花凛という精密機械ばりのコントロールを持つスーパーピッチャーへの信頼にも近いものだった。


 彼女は決してコントロールを乱さない。球種は違えども、初球はアウトローに決めてくるだろうという確信にも似たようなものがあった。


 だから、絢辻恭は投手のステップと同時に思い切り踏み込んだ。


(――――チェンジアップだ、これ)


 リリースの瞬間、ボールの縫い目が見えた。ストレートのスピンでは決して見ることができない縫い目が、しっかりと確認できた。それが脳に伝達された瞬間に下半身が粘り、脚を地面に着いてから体が前に出るのをぐっと我慢する。


 左脚が壁となり、そこを軸にくるっと身体が回転する。バットがしなり、インサイドアウトでバットがボールへの最短距離を移動する。


 インパクトの瞬間、手にバットのヘッドが走った感覚があった。真芯にジャストミートした、軽い感触。


 振り抜いた瞬間、不思議と確信が持てた。

――超えた、と。


 ライナー性の速い打球は全く失速することなくぐんぐんと伸びて――逆方向、ライトのポールに直撃した。


「任務、完了だ。」


 驚きの表情を浮かべて恭の方を見る花凛に人差し指を向ける。練習試合の3三振の屈辱。その借りを返すかのような目の覚めるホームランに、渾身のドヤ顔を見せながらベースをゆっくりと回っていく。


 一瞬、球場が静まり返った。


「おいおい、岩代ってこの秋から一点も取られてないんじゃなかったのかよ!」


「それを初回から柵越え……アイツ何者だよ?」


 騒然とするグラウンド。三塁側岩代ベンチも、なんなら一塁側金川ベンチも、想定していなかったホームランという結果に頭を抱えて唖然としている。


 恭はダイヤモンドを一周し、ホームベースをしっかりと踏む。審判にきちんとホームインの確認をしてもらい、満面の笑みで皆が待つ金川ベンチへ駆け出していく。


(まぁ、こんな一点あってないようなものだけど……でも)


昨日の志賀ノ宮戦序盤の苦しい流れの取り合いとは違い、スコアが動いたことで金川に押せ押せの流れが来ている。

 

 ――確実に先手を打てた。


(この秋全試合無失点……そんならビハインドの展開も随分久し振りのはずだろ。さぁ、揺れ動け。心を乱せ……)


 プレイボールから間もない、眠気の覚めるような一発。それまでどこか現実感がなく地に足のついていなかった両軍の戦い。それを一撃で観衆もまとめて引き込んでいく。


 号砲は、鳴った。





 




 




 

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