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あの日の約束を、同じグラウンドで。〜最強キャッチャーと少女たちの青春ソフトボール〜  作者: ジャスパー


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第六十三話 早すぎた再会

最後のアウトのコールがされた瞬間、三橋彩音はどっと溢れ出る疲労感と脱力感に身体が支配される。


 アドレナリンで誤魔化していたガス欠が、緊張の糸がぷつんと切れたことで一気に表面化したのだ。


(お、終わった……やっと……)


 極限の疲労。足が棒のようになってガクガクする。身体の制御が効かず彩音は膝から崩れ落ち…‥なかった。


「あやねぇぇぇ!!!!!」


 恭がマウンドへダッシュで駆け寄って歓喜の抱擁で受け止めたからだ。ピッチングを支え続けた相棒の体の温もりに彩音は安心感を覚える。


「やった!やったぞ!勝った!」


「大袈裟やなぁ……まだ準々決勝……」


「大好きだぁぁぁ彩音ぇぇ!!!」


 いつになく感情を爆発させる恭。いつも大人びた彼の意外な一面に、彩音はクスッと笑ってぎゅっと抱き返す。


「さ、整列しよか」


 見ればもう敗者側の志賀ノ宮は既に全員並んでホームに整列している。一番先頭のクリスティーナ春瀬は目を真っ赤に腫らしながら、悔しさで決壊しそうな涙腺を必死に持ち堪えさせている。


「この試合、3-2で金川の勝ち。ゲームセット!」


「「「ありがとうございました!」」」


 恭と彩音が列に合流し、審判の号令でそれぞれが相手チームと審判に頭を下げる。改めて贈られた両チームの健闘を讃える惜しみない拍手が、その死闘の激しさをよく表していた。



 ▼△▼△▼△▼△▼△


 県大会はこれで1日目の日程が終了。当然ながら二日目に備えるために、現地で宿も取ってある。その宿に向かって現在金川ナインはシャトルバスにぎゅうぎゅうに詰められて乗っている。


(流石に、みんな疲れてるな。無理もないな。)


 これだけの小学生が一度に集まったらワイワイ騒いでうるさくて仕方なくなりそうなものだが、恭が周りを見渡すとほぼ皆眠ってしまっている。


 唯一起きているのは二つ前の席の大友哲くらい。彼は試合後に人生初のテレビカメラのインタビューを受け、ホクホク顔でまだその余韻に浸っていた。


「………そういやクリスと連絡先交換の約束してたんだった。忘れてたな。」


 試合前に彼女に振り回されてした約束だが、その試合で色々ありすぎて完全に頭から抜け落ちていた。そもそも試合後の……あの重苦しい雰囲気の志賀ノ宮陣営のブルーシートにのこのこ歩いて行けるほど恭は肝が座っていない。


(…………恐ろしいな。今の時点で相当手に負えないチームなのに……来年の春夏は間違いなく俺たちへのリベンジを掲げてやってくるわけだからな。)


 もう油断や怠慢は期待できない。それどころか志賀ノ宮は金川を目の敵にして研究してくるはず。次は今以上にさらなる難敵として迎えなければならないと思うと、頭が痛い。


「んん………むにゃ……あ?ウチは……」


「もうすぐ宿に着くぞ。つーかめちゃくちゃ髪乱れちまってんな。」


 長い銀髪ポニーテールを解いて髪を下ろしている彩音。完全にオフモードで肩に頬を擦り付けてくる彼女はなんとも愛おしい。彩音の美しい銀色の髪を手でサラサラと漉いて整えてやる。


 カーテンを開けて見てみればもうシャトルバスは民宿の駐車場に入るところだった。ほっぺを優しくぺちぺちしながら、寝ぼけ眼の彩音を起こす。


「もう疲れたぁ……ウチもう歩けんわ。恭くーん、おんぶ。そのまま直行でお布団にゴーして。」


「こんな早え時間にお布団なんて敷いてあんのか?……しょうがねえなぁ」


 荷物を未来や風太郎に持ってもらって恭はバスの通路から彩音の身体を背負う。


「コイツマジでデカいんだけど」


 身長は恭と同じくらいの160センチほど。だが彼女の手と脚はモデル並みに長い。抱きつかれて腕を前に回されるとおんぶというよりタコか何かに絡まれてるような感覚だ。


「ふへぇ………恭くんの背中あったかいわ。一生ウチの乗り物やらん?結婚しよ。」


「こんなロマンスのかけらもないプロポーズこの世に存在するんだ」


打てば響くようなツッコミに気をよくした彩音。抱きつく強さをぎゅーっとさらに強めて恭に密着する。やられてる側の恭も満更でもなかった。


「今日はよく頑張ったな、彩音」


「………うん。ウチ超頑張った。あとは志姫ちゃんも褒めたって。あの子がおらんかったら多分ウチが打たれて負けてたわ」


「珍しいな。お前がそんなこと言うとは。」


 自己中心的で我が道を行く三橋彩音の口から出た言葉とは思えないワードに思わず苦笑する。五十嵐志姫の県北大会からの一軍加入は思った以上に彩音に精神的な成長を促したようだ。


 宿の玄関まで着いて、外から中の様子が見えた。どうやらロビーには自分達と同じ小学生の集団がいる様子。県大会で使っている会津総合グラウンドの周辺は観光地だからそれなりに宿屋自体はあるが、出ているチーム数を考えれば被りも当然致し方なしの状況ではある。


「ほら、ロビーだ。他所様に恥ずかしいとこ見られたくなかったら自分で歩け。」


「いーやーやぁ。知らん人にもあんたとのラブラブ具合をアピールしたんねん。」


 背中でぶーたれてさらに甘える彩音。仕方なくおぶったままロビーに入るが……そこで目に入った衝撃に恭は思わず足を止める。


「おい……マジで?」


 一度目にしたら二度と忘れない、金色の髪。透き通るような白い肌に宝石のような碧眼の少女。クリスティーナ春瀬が、振り返って驚きで大きく目を見開いた。


「あ………恭だ。」



 宿屋が被ったチームとは、先ほどまで自分達と死闘を演じていた志賀ノ宮だったのだ。



 


▼△▼△▼△▼△▼△


「ふぅ、いいお湯だった……」


 食事が終わり、明日に向けてのミーティングも終了。お風呂に入ってあとはお楽しみの自由時間というところ。湯上がりの二階堂瑠衣はTシャツにジャージというラフな格好で宿舎を歩く。


(流石に疲れたんだね……みんな全然騒いでない)


岩代との合同合宿の時のように悪ノリとどんちゃん騒ぎが各部屋で始まると思っていたが……皆驚くほど静か。彩音や志姫などの投手陣は本当に体力が空っぽになったのか、入浴をさっさと切り上げて既に女子部屋を暗くして就寝している。


 それほどの激戦、激闘。勝った者と負けた者に別れた以上、少々気まずい雰囲気もある。志賀ノ宮との交流は見た感じあまり行われていないようだった。



  ーーー前言撤回。


 いた。


 ホテルのロビーで濃密に交流している奴が。妙に体のラインが出ているぴっちりとしたTシャツに、ホットパンツ。志賀ノ宮キャプテン、クリスティーナが絢辻恭に向かってべったりくっついて何かを話している。


(まぁた恭くんが女の子たらしこんでるよ)



遠くからじっと観察するが……最初はその小学生にしては大きな胸を彼の腕にくっつけてお話ししているだけであった。だが……彼の首に腕を回して唇にキスをしようとしたところでいても立ってもいられず、瑠衣は彼らの逢瀬に突撃する。


「…………近くない?」


「る、瑠衣!?お前いつからっ!?」


「今来たところだけど。チューについてはボクに説明してくれるの?」


「いや……あの……これはその……未遂!未遂だから!」


「ほっぺにキスはクリス流のコミュニケーション。ヨーロッパではこのくらい普通。みんなやってるよ。」


極めて淡々とそれっぽいことを述べるクリス。平然と言い切っているが若干自信のなさそうな顔をしていた。


 確かにヨーロッパでもハグとほっぺにキスくらいはあるが、そもそもクリスはヨーロッパの血が流れているだけで純粋な日本生まれ日本育ちである。


「――あ、金川のセンターの人。脚すごい速い人、クリスは試合前から目つけてたの。」


「こいつは二階堂瑠衣だ、俺の親友。瑠衣、こっちは志賀ノ宮のクリスだ。」


「――随分と懐かれたね。」


「うう……いやその……色々事情があってさ」


 相変わらずクリスの腰に手を回したまま離さない恭に割と強めにデコピン。一瞬だけ恭をむっと睨むが、すぐに切り替えてクリスに向かってニコッと笑いかけると、瑠衣はまるで騎士の如く、クリス姫の足元に片膝をついて傅く。


「初めまして綺麗なお嬢さん。ボクは二階堂瑠衣です。以後、覚えておいて貰えると嬉しいかな。」


「う、うん……。クリスの名前はクリス。クリスティーナ春瀬だよ。」


 あまりに美麗な挨拶にクリスが顔を真っ赤にしながら動揺する。もう一度恭の方をじっと見つめると、先ほどよりもさらに強くその腕を抱きしめた。


「どうしよう……金川イケメンさんいっぱい。」


ポヤポヤした顔がさらにとろーんと蕩ける。瑠衣の溢れ出るメロメロオーラに当てられた女の子のよくする表情。恭は学校で割とよく見る奴だった。


「恭がいるのにクリス……すごいドキドキしちゃった。」


「クリス、そいつ女。」


「え?………すごい。クリスと瑠衣、一緒にお風呂入れる?」


「いいですよ。自由時間のうちに、一緒に行きます?」


「い、行く。クリス行くっ」


「それは良かった」


 瑠衣が王子様スマイルを決めると、恭の元から離れて隣に座った瑠衣の方に抱きつく。何かその姿が赤ん坊のようで……瑠衣は毒気を抜かれて彼女のツヤツヤサラサラの金髪を思わず撫でていた。


「これは…………うーん、可愛い。」


「だろ!?そうだろ!?こんな可愛い奴に甘えられたら振り払えないだろ!」


 初対面ながら母性をくすぐる、小動物のようなクリスの愛くるしさに瑠衣は珍しく母性を刺激されて、にへらっと笑ってしまっていた。



 それはさておき、だ。



「知らなかったよ。君とこの娘……志賀ノ宮のキャプテンが知り合いだったなんて。」


「………いや、今日が初対面だよ。メンバー表交換の時に会って、ちょっと喋っただけだ。」


「へー、ふーん。それでさっきキス未遂までねぇ。」


「瑠衣。恭はクリスの運命の人。恋をするのにかかった時間は関係ない。」


 そのクリスのベタ惚れっぷりを聞いた瑠衣はその王子様スマイルを絶やさぬまま、恭のほっぺをむにぃっと引っ張る。断固たる抗議の意思だ。

 

「運命の人、ね。クリスさんはこのアホの女たらしのどこにそんなに魅力を?」


「酷すぎる」


「………恭はすごい。肩、フィールディング、クリスは全国大会でも見たことない。バッティングも良い。最後の打席のクリスの頭抜いた奴、痺れた。」


「クリスにやられっぱなしじゃ勝ってもモヤモヤするからな。あそこは意地にかけてセカンドをぶち抜いてやった。」


「こういうところも良い。負けず嫌い、クリスもそうだから。うん……素敵。」


 クリスは恭の手を取って両手で握り、太腿と太腿をくっつける。瑠衣はそれを見て、顔には出さないものの愉快ではないモヤモヤが心を覆っていくのを感じた。


「それに……恭は私の……桃色小町の活動を肯定してくれた。尊敬してるって言ってくれたの。特にソフトやってる人には……あんまりそんなこと言われたことなかったから」


「え?そうだったの?あんまり歓迎されてねえんだ。」


「OB会もチームの子も、みんなどっちかにしろって。確かに……ちょくちょくお仕事で練習休んだりしてるから、迷惑はかけちゃってるけど。」


天使のような愛くるしさと微笑みを絶やさなかったクリスの顔が少しだけ曇る。きっと今までにかけられた言葉を思い出しているのだろう。憂いを帯びたその瞳が、痛々しく光った。


「二兎を追うものは一兎も得ず。クリスが一番嫌いな言葉。2つともやり遂げるために必死で頑張ってるのに、なんでみんな頭ごなしに否定するの。」


そう震えながら語るクリスの言葉には、実感と理不尽さに対する怒りがこもっている。間違いなく周囲の人を黙らせるに足る結果は出している。だがその才能を見ればどちらかに絞ればと惜しむ声があるのも理解できる。


 もしかしたら今日金川が志賀ノ宮に勝ってしまったことでその批判の流れはさらに加速してしまうかもしれない。


「でも……クリスは何を言われてもやめない。クリスは自分の人生やりたいことをやるの。ほんとは迷ってたけど……恭が背中を押してくれたから。こんなに強い人に、尊敬してるって言ってもらえたから。」


「――――」


「クリスは、これからも胸を張って、自分のやりたいことをやっていく。恭も瑠衣も、応援して、見守ってね。」


 吸い込まれそうな、青い瞳。そんな幼なげな女の子の身で、これまでどれだけの批判の矢面に立ってきたのだろう。それでもなお、自分の信じた道を貫く姿勢に恭は感服せざるを得ない。瑠衣も……思った以上にしっかりと芯と理由のあるクリスのベタ惚れに驚きを隠せない。


「……で。そんな熱い告白に対して恭くんは?」


「まぁ……恋愛とかよくわっかんねえけど。俺は可愛いものの味方で、頑張る可愛い女の子は大好きだ。」


「恭、ごめんね、クリスも結婚は15歳にならないとできないから。」


「話飛びすぎじゃね?さっきもそうだけど俺たちそんなに関係進んでたかなぁ!?」


 ロビーに小気味のいいツッコミが響く。クリスはからかい甲斐のある恭の反応にくすくすと微笑み、瑠衣は頬を膨らませながら恭のほっぺを引っ張る。


 まるで数時間前まで激闘を繰り広げていた両者とは思えないほど、和やかな時間が過ぎていった。





 ▼△▼△▼△▼△▼△


 すっかりクリスと瑠衣と話し込んでしまった。


 恭は疲労で眠気が限界。こくっ、こくっと赤べこのように頭を前後させながら眠気に耐える。正直今すぐ部屋に帰って横になりたいが、次にクリスといつ会えるかわからない。この貴重な時間を終わらせまいと、根性で睡魔に対抗していた。


「へぇ。じゃあクリスさんは中学は東京に行くんですか。ソフト留学だ。」


「そう。もうスカウトの人と一緒にあっちに行って練習混ざったこともある。寮生活は寂しいけど、得られるものは多そう。」


 今の話は進路について。クリスなどはもうすでに強豪私立中学のスカウトが来ているらしい。野球などに比べれば女子ソフトの人口はやはり少ない。パイの奪い合いもその分熾烈なものになるのだろう。


「恭は?スカウトとか来てる?」


「俺は……ないな。学区内の中学に進むだろうけど……進路なんて考えたこともなかったなぁ。」


 今は恭達は小学五年生の秋。まだまだのような気がしていた進路問題も、もうそろそろ何かしらの選択を考えておく頃だ。


「つっても金川みたいな田舎じゃ大体みんな公立に行くだろ。瑠衣も……彩音とかもそうだろ。みんなでおんなじように中学でソフトやって……」


 そこまで言ったところで、瑠衣がキョトンとした顔をする。何か間違ったことを言ったかと首を傾げると、瑠衣は気まずそうに目を伏せながら口を開いた。


「――――恭くん。言ってなかったっけ?」


「あ?なんのことだよ。」


「ボク達が行く中学、ソフト部ないんだ。だからボクたちは……小学校でソフトは辞めなきゃいけない」


「――――は?」


 初めて耳にする、衝撃の事実。嫌な汗が背中を伝い、思わず立っていられないほどに、足から力が抜けていった。


 


 

 

 


 


 


 


 



 

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