第六十六話 変貌
――四葉花凛。
身体も同年代の男の子に比べても明らかに大きく、その強靭な下半身……特にふくらはぎと臀部の発達は目を見張るものがある。
だが決して筋骨隆々ではなく筋肉の柔らかさを感じるしなやかな身体付き。身体に秘めたバネの力、その使い方はまさに……絢辻恭をして天才と呼ぶ他ない。
(随分と……風格が出たな)
しかし……恭の知る四葉花凛という選手は投手専任で打撃には一切興味無し。打順も9番か8番を打っていたはずだ。
「おいおい県大会でエースで四番かぁ?お前、ますますバケモンになってんじゃん。」
「女の子に向かってひどぉい。でも……そうねぇ。私も柄じゃないとは思ってるわぁ。」
お互いに一言ずつ言葉を交わし、勝負が始まる。その構えはまさに泰然自若。ゆったりと脱力しながらバットを立てて構える。
(つーか左打席……こいつ右バッターだったよな?この短期間に何が……)
その明らかに異質なオーラに恭の脳内の警戒アラートがガンガン鳴りまくる。外野に3.4歩分下がるよう指示を出し、その立ち姿を今一度じっと見る。
(腕が長いから勝負球はインハイか?なるべく外でファールを稼いで追い込まねえと)
初球の要求は外角ストライクゾーンギリギリの指にかかったストレート。そのボールを思い切り引きつけて……弾き返した打球が三塁側ファールゾーンに襲来する。
「遅い……"三枚目"で打っちゃったわぁ。"二枚目"で始動よねえ」
(な、なんの話だ………?)
その打球に首を傾げながらぶつぶつと独自の理論で反省を口にする花凛。後頭部をヘルメット越しにポンポンと叩いて再び身体にふーっと息を入れた。
二球目は先ほどより厳しいゾーンに同じストレートを要求。腕を振れと力強くジェスチャーをして、キャッチャーミットを目一杯広げて彩音の方に向ける。
大きく、速く、鋭く。彩音のウインドミルが回転し力強いボールがリリースされる。だが……そのコースは完全に逆球。真ん中寄りのインコース甘めにストレートが入り込んでしまう。
ギィンッッッ!!!!
金属バットの真芯を食った打球は地を這うように低い弾道でファーストの大友哲の横の一塁線を襲う。哲は飛びついたものの、そのミットのほんの少し横を抜けていく。
(はっ……や……)
打球は、あっという間にフェンスまで到達し、長打コースに転がっていった。目で追うことすらできない凄まじい打球速度に、観客席からも悲鳴にも似た歓声が上がる。
(なんだ……なんなんだ今の打球は……!?)
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――県北大会翌週、金川と岩代の合同合宿の前。
県北大会のBブロックを全試合完封、圧倒的な強さで優勝し県大会に駒を進めた岩代は同じ二本松地区。惜しくも決勝で金川に敗れて県大会を逃した郭内との練習試合に臨んだ。
結果は、3-0での惨敗。
大会後いきなり正捕手が抜けて、四年生の新人捕手に奥義の要を任せなければならなかったチーム事情は確かにある。
だが……このスコア以上に内容で完敗。試合後のミーティングの雰囲気も重苦しいものになっていた。
「盗塁、エンドラン、バント。ことごとくこっちの作戦に対応されて対策されたな。どう見る、キャプテン。県大会に向けてウチに足りないものは。」
監督が腕を組み、その問いをキャプテン狩野光俊に投げかける。光俊はしばらくじっと考えた後、苦々しく口を開いた。
「機動力が封じられた時の得点力不足、もっと言えば長打力不足です。地区の新人戦段階の未熟なキャッチャー達ならできる作戦も、これからは封じられることも多くなってくる。」
「今日の郭内のキャッチャーは良かったなぁ……」
「……そうですが金川の絢辻はもっとレベルが高い。このままじゃ本戦も今日の練習試合と同じ結果を見ることになる。――負けます。」
岩代の打者達も打力がないわけではない。だが……郭内エース赤桐英輔は金川戦の敗戦を経て完全に覚醒していた。この日の鬼気迫るピッチングに手も足も出ず、屈辱の12三振。7回で21個のアウト中三振12個は数字以上の絶望感がある。
ここまでとんとん拍子に来て知らぬうちに気が大きくなっていた岩代ナインへのキツいお仕置きの如き敗戦。その中でも……エース四葉花凛は今までにない様子で静かだった。
「英輔君はピッチャーで完封しながら四番を打って2ホームラン。野球はチームスポーツだけど……今日は一人に全部やられた。3三振の私とは随分な違いだわぁ。」
「花凛……」
「やっぱり全国制覇を本気で目指すなら……私も打てなきゃダメよねぇ。興味ないとか、言ってられないわぁ。」
――この日から四葉花凛の打撃へ向き合う姿勢は変わった。
そこから……四葉花凛はネットに上がっているような打撃理論は片っ端から吸収し、公共の図書館などで借りられる本は全部借りて読んだ。
一から全てを作り直した。打撃力向上を目指すチームにおいて、――いつもの投球練習と走り込みの時間を半分にして、四葉花凛は誰よりもバットを振りボールを打ち込んだ。
「か、花凛ちゃんアレ大丈夫?見るたびにフォーム変わってんだけど。迷走してない?」
「今日なんか利き目がどうとか言い出して左打席の練習してましたよ。本番まで二週間無いのに……良いんですか、あれで。」
県大会直前ギリギリまで続いた試行錯誤を不安そうに見つめるチームメイト達。だが……キャプテンで、彼女の幼馴染でもある狩野光俊は、全幅の信頼を持って四葉花凛の努力を見守るだけで良かった。
「問題ない。信じよう。」
夏休みの宿題、小さい頃の習い事のピアノやバレエ。彼女は何かに間に合わなそうで焦ったことはあっても、本当に間に合わなかったことは一度もない。それをずっと隣で見ていた光俊だからこそ、どっしりと構えて見守るだけで良かったのだ。
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「ライトォ!」
一塁線を痛烈に抜けていく打球は井桁遼太郎の横をも抜けていく。ランニングホームランすらあり得る打球にグラウンドのボルテージがガンガン上昇していく。
しかし……
「なっめんじゃねぇぇえ!!!!」
爆速でフェンスに到達したボールは井桁のグラブに収まるのも早かった。跳ね返ってきたクッションボールを完璧に処理。近くまで来ていたカットマン、セカンドの一ノ瀬胡桃に素早く送球する。
「サード行った!」
「バックサード!バックサード!」
セカンドベースを蹴って三塁へ突入する花凛。ランナーを追い越すように胡桃の低く鋭い送球がワンバウンドで正確に三塁手梅津一心のグラブに収まり、サードベースに花凛が到達する前にタッチできた。
「アウト!タッチアウト!スリーアウトチェンジ!」
「あっちゃ……欲張っちゃったわぁ」
スムーズな中継プレイでの三塁封殺。誰もが長打からのチャンスを予感していただけに、岩代ベンチからは落胆の、金川ベンチからは大きな歓喜の声が上がる。
ランニングホームランに備えて本塁で構えていた恭もガッツポーズを振り回して吠える。この初回、彩音の出来次第ではここで勝負が決まってしまうほど点を取られてしまう展開も容易に想定できた。スコアは1-1。極めて上々の立ち上がりと言って良い。
「胡桃ちゃぁぁぁん!ナイス!ナイス送球!マジで強かった!すげえ肩強くなったな!」
「当たり前です……誰に教わってると思ってるんですか。もう。」
恭のはしゃぎように低くクールに返す胡桃だが、その口角の上がり方は内心の嬉しさの爆発を隠しきれない。
「胡桃ちゃん、岩代の皇成くんにヤキモチ妬いてたからね。ぽっと出の子におにいちゃんの弟子名乗られたくないって。今日は特に張り切ってるんだよ。」
「よ、余計なこと言わないで良いんです!」
「胡桃ちゃんは可愛いなぁ!」
未来の暴露に顔を真っ赤にして照れる胡桃。その姿があまりにも可愛らしくて悶えながら髪の毛をなでなでしてくっつく恭。
「くっつかないでください!汗臭い!もう!」
手を払いのけはしたがその様子は満更でも無さそうだ。
――試合のスコアも、流れも、完全にイーブンの状態。
両チームが鍵として考えていた初回の攻防は完全に五分。勝負はここからだ。




