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あの日の約束を、同じグラウンドで。〜最強キャッチャーと少女たちの青春ソフトボール〜  作者: ジャスパー


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第六十話 奪い、奪われ

志賀ノ宮打線はキャプテンのクリスティーナを中心に――柔らかさと力強さを兼ね備えた粘り強い打線だ


 この秋、チームを結成してからはその打力で序盤に大勢が決する試合が多かった。その鉄壁の守備陣が絶対に大量得点のイニングを作らせないからだ。


 ーーーしかしこの県大会準々決勝。金川との戦いは5回裏まで3-2と一点ビハインドの劣勢だ。かつてないピンチに徐々にメンバーの脚が浮き足立ち始める兆候が見て取れる。


「だから……この回……この回頼む……」


 ここまで四イニングを投げてきた相手エース、三橋彩音は回の頭から退いた。変わった二番手、背番号11の五十嵐志姫のフォアボールからチャンスを作りツーアウト二、三塁と攻め立てているが……。


(雷人………リリースの瞬間もっとよく見てっ……)


 逆転のランナーとして二塁にいるクリス。ヒット一本でホームに帰る準備をしながら、打席の戸松雷人にエールを送るが……。


「ストライクツー!」


(このボールっ、なんなんだこの落差っ……)


 やはり各バッターが手を焼いているのは五十嵐志姫の高速ドロップのそのスピードと落差。特に高めに浮いたように見えたボールがそのまま鋭く膝の位置まで落ちてくる。

 今まで見てきた変化球とはあまりにも異質なそのボール。陳腐な表現だが、魔球と呼んで差し支えない。初見でこのボールを長打にしたクリスに打席から拍手を送りたい気分だ。


 そして……高速ドロップに意識を向ける打者の挙動。それを一番近くで見ているキャッチャーの恭は決して見逃さない。


(ーーー来た!高めから落ちるボール!)


 前の球より少し高めのゾーン。このまま落ちたらちょうど打ちごろのコースに誘い込める。そう考えてスイングをかけた雷人だったが……そのボールは落ちずに勢いを保ったまま恭のミットに吸い込まれた。


「ストライクアウトッ!スリーアウトチェンジ!」


「ストレートッ……くそっ!」


 スピードと威力抜群の直球は変化球に意識を持っていかれては反応も反発も難しい。


 内外の精密なコントロールではなく、アバウトに上下のゾーンへのストレートとドロップの投げ分けのみで三振を量産する。それが、五十嵐志姫がコーチの井桁雪音と練り上げてきた投球戦略。


(お、抑えられた……全国レベルの相手を……!)


 午前中の一試合目よりもさらに研ぎ澄まされた指先の感覚。ピンチでさらに球威を増す彼女の投球は間違いなく王者志賀ノ宮に大きな誤算を生み出している存在だ。


「ストレートめちゃくちゃキてる。志姫はこのまま大胆に攻め続けよう。」


「うん!絶対……ホームは踏ませない!」


 恭のグータッチに力強く応える志姫。もうあの自暴自棄になって泣いていた彼女はいない。チームを背負って戦う投手の自覚と自信が芽生えてきた、そんな様子だ。


 大胆に攻め続ける。その戦略を自信を持って実行するために、リードが一点は足りなすぎる。少なくとも二点。恭から始まるこの回でなんとしてもダメ押し点を追加して相手の心を挫かねばならない。


「責任重大……っと」


 ネクストサークルで防具を外し、ヘルメットとバッティンググローブを装着して打席に向かう。担いだバットはいつものものより少しだけ長め。


 終盤戦の鍵を握るこの先頭の打席だ。


「プレイ!」


 初球のボールはアウトハイ。高いと思って見送ったが判定はストライク。2球目はワンバウンドの変化球。これにピクリとも反応せずに見送った。


(外……外来い、外来い……)


 ワンボールワンストライク、このカウントで外側のボール気味のストレートを思い切り踏み込んでジャストミート。快音と共にセカンドのクリスの頭上を打球が襲う。


(捕るっ!絶対……これだけは……)


 完璧なジャンプのタイミング、しかしそれでも打球にはボール一個分届かない。右中間に落ちる打球。センターも手を伸ばしてよく追いついたが、内野にボールが届く頃にはすでにセカンドには恭が滑り込んできていた。


「この回も先頭長打だ!」


「志賀ノ宮相手に……すげえ」


 流石に観客も、志賀ノ宮ナインも認めざるを得ない。この打力、投手力。金川の実力はフロックなんかじゃない。――そう認めざるを得ない。全国レベルの志賀ノ宮に手が届き得る存在であると。


「…………ナイスバッチ」


 思わず口をついて出たクリスの称賛に、恭は肩を軽くすくめる。


「まーた捕られるかもって思ってヒヤヒヤしたぜ」


 幾度もヒット性の当たりを阻まれてきたクリスの堅牢な守備。あえて避ける様に引っ張るのではなく、意地にかけてブチ抜く選択をした恭だ。彼の負けず嫌いの本質がよく現れている。


 その一言を聞いたクリスは恭に向かって、ほわんとしたいつもの柔和な笑みではない、勝負師の獰猛な笑みを浮かべる。


 互いにチャンスを作り、流れの奪い合いの様相を呈してきた終盤戦。ここで恭がホームに帰って二点差をつけられれば………流れのまま最終回まで一気に金川サイドが突っ走れる。


 大事なセカンドランナーの絢辻恭。バッターの梅津から送られたハンドサインは……フリーだった。


(………まさか初回のスクイズ失敗引きずってビビってんのか?頼むぜほんとに)


 試合の流れを考えても、送りバントで確実にランナーを進めるのが定石。打つなら打つで、最低限進塁打の打てる右方向へのゴロの打球が必須となるが……。


 ーーー4球ファールで粘った後の5球目。梅津の打球はサードに強く転がる。


「ランナー!ストップ!」


(い、行けねえ)


 サードコーチャーの瑠衣の静止と、三塁手安納の視線での牽制によりセカンドランナーの恭は釘付け。そのままファーストでアウトだけ増やす形だ。


 悔しそうに歯噛みしながら恭に向かって「すまん」という口の動きを見せる。右打ちを警戒しての徹底した内角攻め。流石にあれを右方向に転がすには梅津の技術はまだ未熟だった。


『4番、ショート。絢辻未来さん。』


 そしてここで主砲の未来。だがここまで県大会に来てからヒットのない彼女だ。強い打球は打てているので決して調子が悪いわけではないが……それでもチームに貢献できていない焦りが出てきている。


キィン!


(未来……初球から手出す球じゃないぞそれは)


 このチームの中でも、4番の未来には特にマークがキツい印象だ。フォアボール上等のボール球を放って凡打を誘う配球。結果を求めるあまりいつもなら悠然と見送るはずの球に手が出てしまう。


 1球目の外に外れたボール、2球目のワンバウンドの変化球に手が出て追い込まれた未来。序盤からずっとストライク先攻で勝負してきたバッテリーなだけに、ここにきて生まれた焦りはなおさら早打ち傾向を助長してしまう。


「レフトっ!」


「バックっ!バック!!!」


 前に身体を崩されて打たされた打球。それでも三塁に恭がいればタッチアップでホームに十分帰れる距離だ。


(んぐっ……勿体ねえ!三塁に行けりゃ――)


 結局定位置少し深めくらいの位置でレフトが捕球。完璧な中継で引き続き恭は二塁に釘付けだ。もし梅津の進塁打があれば相手の首を確実に落とせていただけに、勿体無さが際立つ。


 だが次は前の打席が長打の井桁遼太郎。一打席目からタイミングも戸松雷人のボールにしっかりと合っている。勝負強い彼はこの場面で一番うってつけ。恭はワンヒットで確実にホームに帰れるように、ベースランニングの走路を頭の中でイメージした。


「りょーーたろーーー!!!ゾーン上げて上げて!」


 ベンチからの姉の雪音の声にこくりと頷いた遼太郎。高めのゾーンを思い切ってぶっ叩くようなイメージで打席に立つ前の素振りをする。


 前の打席の感触、塁から見た大友哲の打席。そしてベンチから見た絢辻恭の打席。皆ボールをギリギリまで呼び込んで、体の近くにミートポイントを置いて捉えていた。それがこの、戸松雷人攻略のヒントだと彼は直感で理解している。


(来いや………ここで勝負決めてやらぁ……)


 その初球……不用意な甘いストレートがど真ん中へと吸い込まれていく。高さは腰の下辺り。狙っていたコースからは少しだけ低いが……もうこの打席では二度と来ないレベルの絶好球だ。


(ーーーキタッ!!!)


 腕を畳んで決して大振りせずシャープに振り抜く。確実に芯で捉えた打球は地を這うように一二塁間へ。


「クソッ!上がんねえ!」


 ホームランボールだったが、弾道は上がらない。少しばかりボールの上を叩いたからだ。それでも打球の速さも飛んだコースも良い、恭の走力なら確実に一点入る、そう確信していた。


 ーーー二塁方向から颯爽と金色の髪を靡かせたクリスが視界に現れるまでは。


 彼女は頭から飛び込んで打球をギリギリグラブの先端で捕球する。そこからすぐさま起き上がって一塁手が伸びることができる位置に完璧な送球。凄まじい体幹の強さだ。


「アウト!スリーアウトチェンジ!」

 



 一塁を駆け抜けた井桁遼太郎は信じられないと言った顔つきでクリスを見る。ハンドリング、読みとスタートの良さ、捕ってから投げるまでの速さ、送球の強さ。どれを取っても小学生のそれではない。

 

 

「………化けもんが」


 ヘルメットを脱ぎ捨て、手袋を悔しさのあまり地面に叩きつけようとしたその時、遼太郎のグローブを持って寄ってきた瑠衣に思い切り後ろから尻を叩かれる。


「いってぇぇぇ!!!」


「なーに物に当たってんの。切り替えなよ。」


「俺ァまだ何もやってねえだろうが!」

 



 一進一退の攻防。流れを奪ったと思ったら奪われて、奪われたと思ったら力づくで奪い返す。

 このミス一つ許されない極限の緊張感の中で拮抗したシーソーゲームを繰り返すフィールドの選手達。その心労と重圧はフィールドに立つ者以外には計り知れない。

 


 王者の土俵際での脅威的な粘り強さ。ノーアウト二塁という、試合を決め切る最大のチャンスを逃した以上は『ピンチの後にチャンス有り』の格言通り、志賀ノ宮の反撃を受け切らなくてはならないだろう。


 金川は嫌な予感とムード、観客と志賀ノ宮は山場の到来の気配を感じる。そんな状況にあっても、扇の要たる絢辻恭は冷静にマスクの中から戦況を見ていた。


(打順は四番から………か。)


 この流れで最も嫌なのはホームラン一発で試合の空気を完全に変えられること。四番の荒井はこの場面で一番回したくないバッターではある。

 そもそも……五十嵐志姫は公式戦初の回跨ぎだ。午前に一イニング投げているのもあって、ここからはスタミナ的に完全に未知の領域になる。

 

 不安材料は沢山。懸念事項は山のよう。だが……マウンドの志姫のその眼を見れば、そんなネガティブな思いは無粋でしかない。


  ーーー夢を叶えた少女の、まっすぐな瞳。トップチームとの戦いに自分が投げて、貢献することができる。燻りながらもがいていた彼女にとって、勝ち負けよりも今日ここで、この場で投げていることが何よりの幸せなのだろう。


 勝利まで残りアウト6つ。どちらが勝っても負けてもおかしくないシーソーゲームは、クライマックスを迎え――試合はもう一段ギアを上げる。

 


 

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