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あの日の約束を、同じグラウンドで。〜最強キャッチャーと少女たちの青春ソフトボール〜  作者: ジャスパー


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第五十九話 ヒーローの一振り

 金川の六番ファースト、大友哲は目立つことが嫌いだ。


 彩音、未来、瑠衣、恭、遼太郎。自軍の個性豊かで華やかなスター達に比べれば、自分の特徴など誰にも気づかれないまま埋もれてしまう。惨めな比較をされるくらいなら、自分はみんなの影に徹していたい。


 多くを語らず、ただひたすらに目立つ人間達に『繋ぐ』。自分はなんの特徴もないぽっちゃり体型の脇役。


 ずっとずっとそんなことを思っていた。県大会三日前の、その日までは。


「テツってさ。なんでそんなにおとなしいスイングしてんだ?」


 練習前の空いた時間、ちょうど二人になった時に……絢辻恭は素振りをする哲に話しかけて来た。

 思えばチームメイトなのに今までろくに話したこともない。彼に対して少しだけ苦手意識も持っていたから……いきなり話しかけられたその時は背中がビクッと震えた。


「お、おとなしいスイングって……なに?」


「いや、体格からしてガンガン引っ張ってホームラン狙って良いガタイだろ。それがなーんかチームバッティング意識して小さくまとまってる気がしてなぁ。」



 恭の何気ない発言。それに表では苦笑いをしながら……心の中では気分が悪い思いをする。


(ホームラン狙って良いガタイってなんだよ。デブだからってこと?)


 思えばずっと嫌だった。打席に立つたびに、まだ一球も降っていないのに、当たれば飛ぶぞ、なんて言われるのが。

 彼らの無神経な発言から哲が感じ取るのは期待などではない。太っている、という事実の押し付けと差別感だけだった。


「僕は……ホームランなんて打てないよ。キャラじゃない。俺は太ってるだけ……それだけの選手だから」


 この人も自分をそういう目で見ているのだろうか。苦手意識と不信感だけが増大し、再びバットを握って素振りへと戻る。まるで内心のイライラをぶつけるように、強く強くスイングをする。


 それを見て……恭は少し慌てたように哲の見ている方向へと移動し、もう一度コミュニケーションを試みる。


「別に俺は、お前がデブだからホームラン打てそうって思ってるわけじゃねえぞ。ちゃんとした根拠がある。」


「………根拠?」


「そのスイングスピード、体幹のブレの無さ。テツにはホームランバッターの素質がちゃんと備わってる。これは体格云々の話じゃない。ガタイがどうとか言ったのは、誤解を生みかねない俺の間違いだった。すまん。」


 自分の言ったことを撤回し、頭を下げる恭。周りの小学生にはこんなことをしてくれる人間はいないから……大友哲は少しばかり面食らった。


「お前は一振りでチームを救える。ヒーローになれる素養があるんだ。」


「………言ったろ。そういうのは僕じゃない。未来とか、君みたいなやつの役目だ。」

 

「じゃあ……一打席だけで良い。三日後の県大会、お前がここが試合の分岐点になると思った打席。ーーーそこで思いっきりホームランを狙って欲しいんだ。」


 


 ▼△▼△▼△▼△▼△


「しゃらぁぁぁぁ!!!!」


 最後の力を振り絞って投げたストレートが、恭のミットに突き刺さる。ミットがほとんど動かない、完璧なアウトローへのボールにバッターは手が出ない。


「………すごいな。彩音ちゃんは」


 ホームランを打たれてからさらに増した気迫と情熱の炎。お返しの三者連続三振で完全に向こうに渡した流れを無理やり断ち切ってくれる。


 これがスーパーエースの仕事。無敵の証明。


 大友哲は自身の心に、その熱い魂の輝きが伝播してくるのを感じた。


「テツ!大事なのはこのっ後だ!俺たちでぜってぇ点上げんぞ。」


「ああ………任せてくれ」


 特大のホームランによる、大きく重い2点。だがこの裏で一点でも返せれば、一点差ならまだまだ望みはある。チームの心はこの終盤でも折れない。


「………チームを救う、か」


 哲はバットを握り、ヘルメットを被り、打席に立つ井桁遼太郎を見ながらブンッ!と音を立ててバットを振る。


 ーーーふと、絢辻恭と目が合った。彼はこちらにサムズアップをして、大きく頷いた。


その瞬間、目を離していた井桁の打席で快音が響く。



「回れ回れ!」


「セカンド!滑れ!」


 低めのチェンジオブペースに崩されながらもしぶとく右中間に落としてのヒット。高くバウンドする間に井桁は俊足を飛ばしてセカンドまで陥れた。


「だらぁぁぁぁ!!!おっしゃぁぁ!!!」


 セカンドベースから響く咆哮。その視線の先には、自分がいる。前の回に2点を取られたばかりで、ノーアウトランナー二塁。ヒーローになるには十分すぎるシチュエーションが来た。


(いつもなら……少なくとも進塁打とか、そういうことを考えてただろうな)


 自分のよく知る大友哲という人間はこういう場面で、失敗のことばかりが頭をよぎっていた。この押せ押せムードのなかで、凡退して自分がそれを壊してしまったらどうしよう。だったら確率の高い最低限の仕事をこなそうと。


 或いはそれも一つの正解なのかもしれない。けれど、今の大友哲はそうではない。野心メラメラ、アツく心が燃えている。


(今日僕は……一振りで主役になりに来たんだ!)


『六番ファースト、大友哲くん』


 自分の名前がアナウンスされ、打席に入るその前に一度深く息を吸って空気を身体に染み込ませる。頭がクリアになって、目の前のボール以外何も見えない。


 志賀ノ宮監督の永田は彼の打席での異様な雰囲気に、外野を数歩下がらせる。ピリピリした空気が打席を包んでいる。


(ここから安全な下位打線……のはずなんだけどな)


 金川の上位打線と下位打線では打力と脅威度に数段の差がある。その分析はここまでの試合展開を見れば、芯をついているように見える。


 だが、このどうしようもない嫌な予感はなんだ。



「雷人……ここが勝負どころだからな」

 


 審判のプレイコールがかかる。ランナーは得点圏。初球は慎重にベース板からボール1個半分外したストレート。これを大友哲は悠然と見送る。


(ゾーンに来たら……行くぞ!)


 2球目、初球より内側に来た外角のストレートをフルスイング。しかし惜しくも当たり損ない、真後ろに飛んでファールになる。

 次のボールは真ん中低めのボールを空振りしてストライク。ワンボールツーストライクと追い込まれた。


(まだだ……まだ引きつけろ。懐に、呼び込め……)


 ふーーーっ!ふーーっ!っと荒い息を二度打席で吐く。極限の緊張感の中で一球、二球、三球と追い込まれながらファールが増えていく。


「ボール!ツーボールツーストライク。」


 7球目の釣り球を見送って平行カウントまで戻した。その打席での気迫を見て、ベンチの恭は手を叩いて彼を鼓舞する。


「次だ!次良い球くるぞ!狙えっ!狙え!」


 そのベンチからの言葉に、大友はその目を見て大きく頷いた。その目にはもはや不安や失敗などの恐れはない。戦う目をした男の顔だ。


チラリと、ベンチに腰をかけながら熱い視線を送る彩音の方を見る。その肩にチームを背負って腕を振り続けた彼女の情熱に、なんとしても応えたい。


(彩音ちゃんに……いつまでも負けつけたままでたまるか!)


 


 カウントツーボールツーストライクからの8球目。バッテリーはインコースの厳しい、けれどギリギリストライクの抜群なコースに投げ切った。大友はフルスイングで応えるも、差し込まれたように見えた。


「レフトッッッッ!!!!」


 詰まらせた打球が高く上がる。ピッチャーの戸松雷人は手を上げた、そのボールの行方を追う。レフトがフェンスを気にしながら追って……追って……その脚がいつまで経っても止まらない。


(…………は?なんで……なんで落ちない?)


 手応えは完全に詰まらせた感触だった。だが高く舞い上がった打球は外野手に取られることなく……。




 ドンッッッッ!!!


 ーーーレフトのフェンスをギリギリ超えた。

 

 六番ファースト大友哲の、起死回生の同点ツーランホームランだ。


「や、やった………超えた……」


「うおおおおおお!!!テツぅ!!!!」


「「「やったぁぁぁぁ!!!!!」」」」


 応援席とベンチは飛んだり跳ねたりのお祭り騒ぎ。ダイヤモンドを一周して井桁遼太郎にハグで迎えられた哲は未だに手の震えが止まらない。何度も超えた外野のフェンスを振り返りながら、ベンチの選手のみんなとハイタッチを交わす。

 


 自分のことを所詮主役達を引き立たせるためだけに存在する脇役だと思っていた。


 だがこの一瞬、この時間だけは大友哲はまさしくスーパーヒーローだった。


「やった!やったぞ恭!」


「テツ!おいテツ!言ったろ!やれんだよお前は!」


 互いに興奮状態で言葉を交わし合い、最後は強めのハイタッチ。ホームランにはホームラン。先制点を取られた直後の一番欲しいところでのホームランは値千金だ。


 先程までの志賀ノ宮への追い風が一転する。


『7番レフト。秋瀬風太郎くん。』


(……タイムを、取ってこない)


 流れが変わったホームランの後の打席。志賀ノ宮側はタイムを取って一呼吸つかせるとともに無理やり流れを断ちにくると風太郎は予想していた。


 だが相手の監督の永田は動かない。下位打線、特に自分と胡桃の四年生組は容易く打ち取れると踏んでいるのだろう。


(………好都合だ)

 


 ホームランの後の、初球。

明らかに動揺が見える、外角甘めのストレートを風太郎は狙い澄ました。インサイドアウトの美しいスイングで逆方向に弾き返した打球は左中間に落ちる。外野が内野にボールを戻した時には既に風太郎は二塁へ滑り込んでいた。


 塁上で小さくガッツポーズ。爆発するように金川のベンチが盛り上がり、完全に手がつけられない状態だ。ここに来てようやく志賀ノ宮ベンチは動き、内野手と監督がマウンドに集まってくる。

 


 志賀ノ宮はその打線の強さ故にこの秋は予選からずっとコールドゲーム、つまり大差をつけて勝利してきた。ここまでの苦戦は夏の全国大会以来。その動揺から生まれた隙が生んだ、志賀ノ宮からすれば完全に余計なヒットがこの一本。


 それを皆わかっているせいか、マウンドで集まった輪の中は、空気がどんよりして重い。


(クリスが………こんなときにみんなを落ち着かせられたら……)


クリスティーナ春瀬は、このチームのキャプテンだ。チームが苦しい今の状況で、言葉でチームを支えられたらどれだけみんな心強いことか。だが……口下手なクリスは気の利いたことが浮かんでこない。


 考えている間に、許されたインターバルの時間は過ぎていった。


「とにかく、アウトを一個一個増やしていこう。点を取られても取り返せば良い。落ち着いて、取れるアウトを確実に取ること。良いか!」


「「「はいっ!」」」


 


マウンドの輪が解け、8番の一ノ瀬胡桃が打席へ向かう。監督からのサインを受け取ると、胡桃は最初からバントの構えを見せる。


 その初球。完璧に勢いを殺したピッチャー前へのバントを一発で決めて見せた。


「三つ!……無理か」


 三塁を見るも既に風太郎が滑り込んできている。一塁に投げて一つはアウトを取るが、状況はワンアウト三塁。志賀ノ宮ナインはキャッチャーの指示を受けて前身守備をとる。


 そしてここで9番バッターの三橋彩音。金川監督の丹内は彼女をそのまま送り出す。もう既にブルペンでは志姫がもう実戦の強度で練習をしている。ヘトヘトの彩音には代打を出してベンチに退いて貰うのが最善策のようにも思えるが……。


「………大丈夫や。ウチはちゃんと風太郎返す仕事したる。ウチに気張らせて……エースはみんなのくれた想いに、応えなあかんねん。」


 そんな大エースの言葉を聞いて、丹内は彼女にチームの命運を託したのだ。


(…………スクイズ)


(スクイズだな……)


 このシチュエーションで、打力のない9番のピッチャーバッター。志賀ノ宮バッテリー、内野陣共にスクイズを警戒して元々の前身守備からもう一歩ずつ前に来る。


 だが出ているサインは……強行。「打て」だ。


 1球目、ここまでの初球攻撃を警戒して完全にウエストしたボール球。だがランナーもバッターも、動くそぶりを見せない。


(いつだ……いつ来る……!)


 2球目、ストレートが抜けてワンバウンドに。キャッチャーはなんとしても後ろに逸らすまいと懸命のブロッキングを見せる。だが、またも攻撃側に動く気配はない。


(まずい……)


 志賀ノ宮監督の永田は頭を抱える。スクイズへの警戒も怠ってはならないが、ランナーを貯めて強力な上位打線を迎えるのも避けねばならない事態だからだ。カウントは既にツーボールノーストライク。ストライクは、この辺りで投げねばならない。


 運命の3球目……低めの変化球だった。ストレートを待っていた彩音は体勢を崩され、それでも下半身で粘ってボールを拾う。バットに乗ったボールは弾かれて外野へ低い弾道で上がった。


「ライトぉぉお!!!!」


 ライトの捕球と同時に三塁ランナーの風太郎はスタートを切る。浅い……タイミングはギリギリだ。


「バックホーム!!!」


 中継を外すそのままライトへの返球がキャッチャーへ。だが送球は少しだけ逸れてキャッチャーのミットはランナーとは逆方向へ。その一瞬のもたつきが命取りとなって……風太郎はホームへ頭から滑り込むことに成功した。


「嘘だろ!金川マジで逆転した?」


「しかも下位打線から……相手は夏全国三位だぞ?」


 金川サイドのお祭り騒ぎが観客席にも伝播し、ザワザワとざわめき立つ。大番狂わせ、ジャイアントキリング。徐々に集まり始めた観客は少しずつそれを予感し始めていた。

 


 


 








 

 


 



 

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