第五十六話 初めての邂逅
絢辻恭が大会本部のテントに着いた時、もう既に志賀ノ宮キャプテン、クリスティーナ・春瀬はそこでメンバー表とボールを持って待っていた。
帽子をとってぺこりと挨拶。吸い込まれそうなその大きなエメラルドグリーンの瞳でこちらを見られると、流石の恭もドキドキしてしまう。
「ごめんなさい!金川遅れました。」
「大丈夫………あれ?キャプテンの子じゃない。」
「ええと、俺は代理で。」
(こ、声可愛い……あとめちゃくちゃ顔小さいな)
メンバー表と使用する新品のボールを互いに審判に渡し合う。泰然自若、やるべきことをやって審判のコイントスを待つ姿に一ミリの動揺も見えない。初めてのお仕事で内心おっかなびっくりやっている恭とは随分な差だ。
「どっちが表裏選ぶかはじゃんけんで決めるのか?」
「……いいよ。そっちが選んで。」
「じゃあ、裏にしよう。」
壮絶な打ち合いと接戦が予想されるこの試合。ぜひこのコイントスでは裏が出て攻守選択権をもらってサヨナラのある後攻を手繰り寄せたいところだが。
「表です。志賀ノ宮さん、どちらにします?」
「後攻。」
「では先攻が金川さん。後攻が志賀ノ宮さんになります」
「了解しました」
残念ながら審判の手の上に出た模様は表。志賀ノ宮のメンバー表を受け取り、仕事は終了だ。メンバーの元に駆け足で戻ろうとする恭だったが。
「ーーー待って」
メンバー表を片手に持ったクリスに手を引かれ呼び止められる。思わぬ形での接触、今までで1番彼女と近い距離に胸がドキドキする。
「まだ試合まで時間ある。ちょっとクリスと話そう?」
「え?ま、まあ良いけど……」
「………やった。一緒に歩こ?」
もう30分もしたら敵として戦う女の子。思わぬ申し出に面食らうが、クリスは自然に恭の隣のポジションを確保する。香る女の子のいい匂い。可愛い女の子は見慣れていると思っていたが、彼女達とはまた異質で不思議な『美しさ』に眼を離せない。
「な、何か俺に用か?」
「ううん。でも……あなたに少し興味はある。一回戦の戦い、クリス見たよ。背番号2の人、二番バッター。いやらしいプレー、性格悪いなぁって思ったから覚えてた。」
「んぐっ………」
思ったより彼女からの印象は最悪で心に大ダメージ。だがそれ故にこの目の前の不思議ちゃんに興味を持たれてしまったようである。
「あの肩、バッティング、戦術眼。ウチの監督はあなたをすごく評価してる。目をつけられてるよ。」
「おお……志賀ノ宮の監督って元プロなんだろ?」
「そう。」
「光栄だって絢辻恭が言ってたと伝えといてくれ。」
絢辻恭の大人びた返しが気に入ったのか、無表情の顔に少しだけ笑みが混じる。少しだけ心を開いてくれた感じがして嬉しかった。
「そうだ!昨日の夜のニュースのやつ。君の特集見たんだ。『妖精』さんって君だよな。」
「ああ……うん。そうだよ。ちょっと恥ずかしい。」
「ごめん。でもあれ見てその……すごいなって思って。尊敬しちまったから。」
恭のその一言を聞いて、クリスは歩みを止めて立ち止まる。首を傾げた恭にさささっと近づいて、両手でぎゅっと手を握った。
「どんなふうに尊敬した?ソフトのこと?」
「い、いや……ソフトも凄いんだけどさ。桃色小町……だっけ。その年で地域のために働くって選択が凄いと思ったし……学校やチームと両立してるのもヤバいし。もし俺が君の立場だったとしても、絶対そこまで頑張れない。だから……尊敬してるっていうだけの話なんだけど」
「…………あなた、良い人。初対面なのにクリスのこといっぱいわかってる。」
その碧い眼の輝きがより一層増した気がする。もう一歩分クリスが近づいてきて、抱きついてきそうな雰囲気さえある。ど至近距離で顔を見つめられる恭は思わず赤面し、彼女の美しい目鼻立ちに見惚れてしまう。
「……よく見たらイケメン。クリスのこと、クリスって呼んで良い。あなたのこと、なんで呼んだら良い?」
「な、名前で呼んで良い。恭だ。」
「きょう………恭。良い名前。恭は……クリスのこと嫌い?それとも、嫌いじゃない?」
(いきなり何聞いてくんだこの娘!?)
美少女特有の突然の距離の詰め方に完全にペースを持っていかれる。それでもバグらないで会話が続けられるのは恭の精神的な成長の証だった。
「………いや、好きか嫌いで言ったら好きだよ。クリスのこと、好き。」
「ほんと?でも……ごめん。桃色小町のお勤め中は恋愛禁止……だから。もう少し我慢してね。」
「今のやり取りだけでクリスと俺そこまで行ってたんだ!?」
恭のツッコミが響く。少しばかり不気味な雰囲気を醸し、警戒していた彼女だが、こういう小ボケを挟んでくるあたり案外親しみやすい人柄なのかも知れない。
「もう……時間……かな。恭も戻らないとだよね?」
「そーだな。クリス、今日はいい試合にしよう。勝っても……負けても。」
「うん。全力でいい試合に、する。絶対負けない。 ーーでも、試合終わったら……連絡先交換、しよ?」
「うえぇ!?良いの?」
「良い。クリス、恭のこと気に入った。電話とかメッセージとか、お話ししたいの。」
そのあとすぐにクリスと別れ互いのメンバーの元へと駆け出したが……激戦の前に、警戒すべき敵に妙に絆されてしまった恭だった。
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ーーーなんとも不思議な気分だ。
試合開始までもう5分を切った。みな思い思いにバットを振ったり、キャッチボールをしたりして身体が冷えないように身体を動かしている。観客の声もあり、絶対に静かな環境ではないはずなのに………音が、聞こえない。
三橋彩音はベンチに座りながら、ヤスリを使って爪と指のタコの形を削って整える。もうすぐ試合が始まるというのに、感情に何の起伏も生まれない。高揚も、動揺もない。ただただニュートラルに感情をコントロールできている。
これから対戦する相手は、これまで戦ってきたどんな打線よりも手強い。福島の絶対王者、志賀ノ宮。そのあまりにも高い壁に自分の実力が通用するのか。チームを勝利に導くことが出来るのか。
「………彩音、調子は?不安はないか。」
隣で靴の紐を整えていた恭が、彩音の前に跪くように対面する。少しばかり眉毛を下げて、出来るだけ優しい声色で話しかけてくる。まるで漫画に出てくる騎士みたいで、ほんの少し頼もしく見えた。
「ウチは待ち望んどった。自分が逆立ちしても勝てんと思える相手と、バチバチにやり合うの。しかも、身体は最高の状態、言い訳は……もう出来んな。」
「ーーー彩音」
「不安はない。自分がアイツらに通用するのかなんてどーでもええ。どんな手を使っても、アウトカウントを一個ずつ重ねていくだけ。はっ、ウチらしくシンプルでええな。」
ニュートラルな表情から、徐々に獰猛な獣のような目が現れる。ビリビリとしたオーラが、彩音の全身を纏っていく。
「勝とう、恭くん。ウチと恭くんが日本一のバッテリーになる。今日がその伝説の第一歩になる予感がすんねん。」
彩音の言葉に誰もが息を呑み、そして前の敵に視線を向ける。エースがこれだけ心を燃やしているというのに、どうして心をアツくせずにいられるだろう。
「頼りにしてるぞ、彩音。初回からガンガンスタミナ気にせず飛ばせ。投げれるだけ投げ切ってくれたらどうなっても俺と志姫が尻拭いはする。」
「…………整列やな。行こう。」
改めて、両チームの選手達がそれぞれ一列に並ぶ。4人の審判が姿を現し、両軍が一斉に中央へ。
「これより第二回戦、志賀ノ宮対金川の試合を執り行います。みなさん怪我のないように。礼っ!」
「「「お願いしますっ!!!!!」」」
後攻の志賀ノ宮の選手達がそれぞれのポジションに散っていく。アナウンスと共に先発の背番号1、戸松雷人がテンポよくキャッチャーに投げ込んでいく。
(…………やっぱ近くで見てもそこまでボールに怖さは感じない。打てるボールだ。)
その認識は恭の前を打つ瑠衣も同じなようで、彼女と目を合わせて頷き合う。この初回、序盤の流れを掴むために……どうしても先制パンチが、しかもどデカいインパクトが欲しい。
金川の韋駄天、二階堂瑠衣が左打席に立つ。志賀ノ宮の内野手はもう既にジリジリと前に来ている。
果たして彼女が選択するのはスラップヒットか、それとも強打か。瑠衣が選択したのは……そのどちらでもない第3の選択肢。
彼女はギリギリのタイミングでバントを構え、ファースト側に打球を転がす。
「ドラッグバント!?」
カバーにセカンドのクリスが突っ込んでくる。そのまま後ろのファーストに送球しようとするが……もう送球の体勢に入った時には瑠衣は一塁ベースにヘッドスライディングして感情を爆発させていた。
「んぐっ………」
クリスはその可愛い顔を歪ませ悔しそうな表情。王者の心臓部たる彼女を試合始まって一球で出し抜いた形になった。
「うっし………うしうしうしっ!やったぁぁぁ!!!」
普段飄々として喜ぶ様子など見せないクールな瑠衣。その彼女が叫び、全力で喜んでベンチの人間に勇気を与えてくれる。
ーーーその頑張りを、絶対に無駄にしたくない。
(瑠衣、俺が絶対返してやるからな。)
『二番。キャッチャー。絢辻、恭くん。』
金川の誇る上位打線が、徐々に絶対王者に牙を剥こうとしていた。




