第五十五話 絶対王者
朝一番の第一試合を見事勝利で飾った金川。次の二回戦は昼過ぎということで、時間が空く。まだ10時半とかなり早めの昼食を取ることになった。
場所はAグラウンド観客席。目の前では第二試合の志賀ノ宮の一回戦が始まる寸前だった。
(うおっ!弁当箱デカッ!)
目の前に座った五十嵐志姫が膝の上に広げたのはその細身の身体から考えられないドカ弁。いただきますと小さく手を合わせると幸せそうにパクパクと頬張り始める。
「………ん?何か私に用があるの?」
「い、いやなんでもないぞ。」
「そんなに見つめられると照れるのだけど」
アスリートにとってご飯を食べられることとは有用な才能の一つ。どちらかといえば胃袋の弱い恭は志姫ほど身体に栄養や燃料を貯めることはできない。率直に言って羨ましい限りだが。
(女の子にそんなこと伝えたらはっ倒されるな。俺の前で食べなくなっちゃったりしたら大変だ。)
女の子達との生活の中で恭のデリカシーはしっかりと育まれていた。
それはさておき。
この観客席に座っている金川メンバーは恭合わせて4人。目の前の志姫、恭の左に座る未来に右に座る瑠衣。
そのほかのメンバーは日陰のブルーシートにて食事を摂ったり休憩をしたりしている。
「流石に優勝候補の大本命様だ。観客の数が違うわ。」
第一試合ではぽつぽつといただけのギャラリーがもう超満員。その中で未来のさらに左の2席を取っておいてある。そこまで図太くない小心者の恭はこのマナー違反が他の観客の顰蹙を買っていないかヒヤヒヤしてしまうが。
「あはっ、一応間に合ったみたいだわぁ」
こちらも優勝候補、岩代のエース四葉花凛とその後ろにいるキャプテン狩野光俊。二人は小走りでこちらに駆け寄ってくると取っておいた二つの席に腰を下ろす。
「花凛ちゃん合宿ぶりぃ!あ、一回戦突破おめでとう!」
「そっちもおめでとうねぇ。勿来第三って普通に強豪だから圧勝したって聞いてびっくりしたわぁ。」
会って早々ニコニコで旧交を温める未来と花凛。その二人を挟みながら光俊と恭も声を掛け合う。
「そっちも朝一の一回戦だったのか?」
「そうだ。こっちは即行で終わったから次の試合まで時間が空いて仕方なくてな。」
「恭くん恭くん、岩代は3回コールドだったんだって。」
「マジ!?」
隣の瑠衣から受け取って驚愕の新情報。光俊は表情を崩さないが、どこか自慢げな雰囲気だ。
「………それで、どうだった。皇成は。ちゃんとやれてるか?」
恭の興味はもっぱらそこである。たった二日間の関係とはいえ谷皇成は恭に頭を下げて教えを乞うてきた弟子。動向が気になるのは当然だった。
「心配しなくても皇成はちゃんと伸びている。今日はホームランも打ったしな。」
「盗塁も一つ刺したわぁ。まだまだ荒削りだけど、頑張ってるからぁ」
「そっか!良かった……」
弟子の活躍に目尻を下げて喜ぶ恭。岩代という超強豪チームの司令塔として、なんとか食らいついているらしい。
そんな雑談をしているうちに整列が始まり、審判のコールの後、後攻の志賀ノ宮ナインは守備位置に散らばっていく。
「で、デカい………」
一際目を引くのは金髪碧眼のクリスティーナ……ではなくその横にいるファースト。荒井洋文の方だった。
「マジで小学生?どう考えても大人が混じってるだろ。」
「身長180超えてるからな。近くで見るとさらにゴツいぞ」
今までにも身長が大きな選手は見たことがあるが、だいたい細身の人間だった。だがこの荒井洋文はとにかく身体が分厚い。胸周りや腕周り、下半身も筋肉の塊で、そのニキビ顔も含めて高校生が子供の野球に混じっているような感じだ。
(イニング間のボール回しも様になってる。ちゃんと全国レベルだな)
内野手全員ゴロ捕球の姿勢が低く、送球はちゃんとファーストが一番伸びることができる位置へ。全体的に身体は大きいが身体能力任せではない、ちゃんと基本を叩き込まれた集団だった。
『一回の表……喜多方中央の攻撃は……』
「………始まるよ」
志賀ノ宮のマウンドを任されているのは背番号1番。見たところは平均サイズ。練習で投げているボールもそれほど目を見張るものではない。
「ストライクワン!」
ただ投球練習からキャッチャーのミットがほとんど動いていない。
「ストライクツー!」
腰より高いボールはまず来ない。ストレート、チェンジアップ系の変化球を二つ真ん中低めに集めてあっという間に追い込んだ。
そして三球目。決め球のアウトローのストレートがキャッチャーの要求に寸分違わず放り込まれる。バッターはバットに当てるものの打たされた感じ。
「いや………面白い位置だ」
だが飛んだ位置が良い。ちょうどファーストとライトの中間、どちらも落ち着けない絶妙な位置にふらふらっと上がった打球。そのボールが地面に落ちるその瞬間、横から猛スピードで金色の幻影がそれを滑り込みながら掻っ攫っていく。
「………捕ってる」
「あ、アウトッ!」
クリスは審判にグラブに挟んだボールをアピールしながら颯爽と起き上がる。何事もなかったかのように静かにポジションに戻っていく金髪ハーフ美少女。いきなりのビックプレーに観客席から割れんばかりの拍手が送られる。
「うわぁすっごっ……スライディングのタイミングもジャストだ……」
「絶対に落ちたと思ったんだが……どこから追いついた」
絢辻未来と狩野光俊。福島県内のショートストップの中ではトップの二人も感嘆の声を上げる。一歩目の判断力、スライディングのタイミングを測る予測力、それにギリギリのタイミングでボールを落とさない球際の強さ。それをなんでもない普通のプレーのようにこなしてしまう。
このワンプレーが彼女の内野手としてのレベルの証明。スプリントのスピードも含めて恭の警戒度合いがさらに上昇する。
次のバッターは初球を打ってキャッチャーフライ。三番バッターはこれまた早打ちで二球目をミート。良いところに飛ぶが、左中間寄りに守っていたセンターがギリギリ追いついた。
やはり守備のレベルは高い。判断力、ポジショニング、スピード、球際のどれをとっても一流。だが……恭はどうにも一点引っかかることがある。
「ピッチャー………これがエース?」
制球力は素晴らしい。この回など一球もボール球を投げずにゾーンで全て勝負している。だが、今のところそれだけ。志姫のようなねじ伏せる球威、花凛や彩音のような最強の変化球があるようにも見えない。
「拍子抜けした?まあ実際……夏は六年生にとんでもない実力のピッチャーがいたからぁ……今投げてる雷人くんはほとんどブルペンから出られてなかったしぃ」
「つまり、ソイツがいなくなって全国三位の時から投手力自体は半減してるって理解でいいか?」
「まぁねぇ。でも野手のコアメンバーはほとんど残ってるから。志賀ノ宮が強いのはここからだわぁ。」
攻守変わって一回裏の攻撃。右バッターボックスに入ったのは背番号10。キャプテンマークをつけたクリスティーナ・春瀬だ。投手を見るその目力、普段の吸い込まれそうな大きな瞳がぎゅっと細まり、鋭い眼光で相手を震え上がらせる。
「「「クリスちゃーーん!ファイティーーーン!!」」」
バックネット裏の方から地元の男子高校生集団5人組が手書きっぽい横断幕を掲げて一斉にエールを送る。クリスはタイムをかけて一度鋭い眼光を解くと、その5人組に手を振って微笑みかける。
完全にスターの品格だった。
「うおっ………構えからめっちゃ雰囲気ある……」
バットを胸の前で竹刀のように揺らしながら脱力する独特のフォーム。自然体な構えは懐深く、何を投げても弾き返されるような予感がある。郭内の赤桐英輔と相対した時以来の恭の警戒アラートが身体中で鳴り響く。
一球、二球と誘うような高めの変化球だが、ぴくりとも反応しない。二球目はゾーンから外れている感じがしたが、審判の手は上がりストライク。カウントはワンボールワンストライク。
ここからクリスは驚愕の打撃を見せる。
「ーーー上手いっ!」
内角の厳しいコースのストレート。それを右足を後ろに下げて距離をとりながらジャストミート。芸術的な右打ちで打球はセカンドの頭を超えていき、右中間を転々と転がってフェンスにぶつかる。
「うわっ、いきなり長打っ……」
「どころか……ベースラン速すぎだろ」
なんと外野手の手にボールが収まった時点でもう三塁を回りかけていた。そのままクリスは減速せずにホームに突入。ライトからセカンドへ、セカンドからホームへ。見事な中継プレーでキャッチャーのミットにボールは収まるが。
「セーフ!セーフ!ホームインっ!」
滑り込みながら身体の後ろでホームベースにタッチする技ありのスライディング。そのまま流れるようにぴょんとジャンプしながら立つと、ネット越しの高校生5人組の応援団にぺこりとお辞儀する。
「い、いきなり先制……」
瑠衣は苦笑いしながら鮮やかな先制劇に目を見張る。横を見ると恭と未来は口を覆う全く同じポーズで驚愕を隠せない様子。血は繋がっていなくてもこの兄妹は本当によく似ている。
「嘘だろ……今の右打ち、もう高校生レベルだろ。小学生の女の子がこれやんのか。」
「ベースランも無駄がないね。これはすごい……」
懐の深い柔らかな打撃。まるでテニスラケットでボールを打っているような確実性を備えているように見える。感じる打者としての脅威度は間違いなく恭が今まで会った中でナンバーワンだ。
「クリスちゃんは昔から打撃の天才で有名よぉ?夏の全国大会に行くまでの打率なんて噂じゃ8割近かったらしいしぃ」
「は、8割……?」
「どこまでホントかはわからないけどねぇ」
見た感じは華奢でスタイル抜群な女の子で、そこまでパワーがあるようには見えない。だがその打撃センスと確実性、そして持ち前のスピードの走塁技術で柵越えをしなくてもチームに得点を量産する。ソフトボールという競技の新しい可能性を恭は垣間見た気がした。
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ーーー試合は観るも無惨な一方的な展開になった。
間違いなく相手も県大会まで進んできた強豪のはずなのに、赤子の手を捻るようにいとも簡単にホームベースをこじ開けるその暴力的な打撃力。それを恭は目の当たりにした。
異常な打撃力、キャプテンのクリスティーナを中心とした堅い守り。だが……完全無欠ではない。
(俺が、彩音と志姫のポテンシャルを最大限引き出せれば)
あの投手力なら、点自体は取れる。ならばあとはどれだけこの打線から失点を抑えられるか。勝負のカギを握るのは間違いなくバッテリーだ。重くのしかかる重圧、身体に響く心臓の鼓動がいつもより大きく、速い。
「恭、少しいいか?」
「………梅津。なんだお前から話しかけてくるなんて珍しい。」
「頼みがある。ーーーメンバー表交換と先攻後攻の抽選、今回は恭が行って欲しいんだ。」
「え?あ、うん……別にいいけど。なんで?」
「情けないが少しばかり……手の震えが止まらなくてね」
梅津一心が、その素振りマメだらけのボロボロの手をこちらに差し出してくる。触れた手は彼のいう通り確かに、小刻みに震えている。これから王者との戦いを迎えるプレッシャー、それは恭だけが孤独に感じているものではないのだ。
そう思ったら少しだけ……気が楽になった。
「へへっ、任せな。ビビリのキャプテンの代わりに、俺があの金髪美少女にメンバー表叩きつけてきてやるよ。」
「いや、普通に交換してこい……すまない。迷惑をかけるな。」
「良いってことよ。助け合い助け合い。」
恭は一心の手からメンバー表を受け取ると、駆け足で大会本部のテントへと向かう。
(王者の鼻っ柱、明かしてやる。)
大会1日目、Aグラウンド第三試合。今大会初めての大一番、県内トップの火力を擁する二つのチームのぶつかり合いに選手も観客も胸を高鳴らせていた。




