第五十二話 挑戦の始まり
県大会のトーナメントの組み合わせが発表されたのは、ちょうど一週間前のこと。もちろんここまできた時点で楽々勝てるような甘い相手など存在しないのは分かっていた。だが金川を襲った現実はあまりに……厳しかった。
「一回戦はいわき代表の勿来第三小、次が郡山の志賀ノ宮……そこに勝てても準決勝は岩代ですか。」
トーナメント表が配られた瞬間、胡桃が頭を抱えて突きつけられた過酷なサバイバルに唸る。
「しかのみや………なんか聞いたことあるな」
「おにいちゃんには前に教えたよ。元プロの監督さんのところ」
「思い出した。めちゃくちゃ強いんだっけ。」
「優勝候補筆頭、大本命です。」
この大会の次のステップに進むことを許される切符はたったの二枚のみ。東北大会に向かうためには最低でも決勝まで進まないと行けないわけだ。志賀ノ宮と岩代、福島が誇る二大巨頭を倒さなければ金川の秋は終わってしまう。
沈む雰囲気、だがキャプテンの梅津一心はパンッと手を鳴らして皆の注目を集める。
「確かに道のりは険しい。けれど絶対に無理な戦力差があるわけじゃない。浮足立たず、自分たちのソフトボールをしよう。相手が誰であろうとやってきたことを全力でぶつけることだけに集中しよう。」
「お、良いこと言うねえ一心。大丈夫よ、お前達はちゃんと強豪と渡り合える力がある。戦いが始まる前から負けた気になるんじゃないよ!」
「とうっぜんのこと言ってんじゃねえよ姉ちゃん!」
井桁雪音のゲキに真っ先に答えたのは弟の遼太郎。それを合図に皆下を向くのをやめた。
そして……10月12日。三連休初日に大会当日の日はやってきた。
決戦の場所は会津若松。恭達は遠足で来たばかりの土地であるが、当然ながらその時とは雰囲気が違う。河川敷に併設されただだっ広いグラウンドには既に続々と試合をするチームが入ってきている。
「金川さんは第一試合なのでもうベンチに入っちゃって大丈夫です」
「了解しました、ありがとうございます。」
監督の丹内を先頭に係員のおじさんに誘導され、三塁側ベンチにそれぞれの荷物を置いていく。テキパキとボールを置きバットを置きヘルメットを広げ……その間に相手の勿来第三のメンバー達が反対側に入ってきたのも見えた。
(意外とみんな浮き足立ってないな。初めての大舞台で緊張するだろうに、やるな。)
笑顔は見られない。だが、みんなの集中とリラックスのバランスが凄くいい。唯一の全国大会経験者として、自分達が理想的な精神状態で現地に入れた実感がある。
「アップ始めるぞ。バッテリー組の恭、彩音、志姫は三橋コーチと一緒に別でアップ。それ以外は着いてこい。」
「「「はいっ!!!」」」
特に……県北予選の初戦で大ポカをやらかしたキャプテンの梅津一心は並々ならぬ想いでリベンジに燃えていた。
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『守ります後攻、金川スポーツ少年団のピッチャーは三橋さん。キャッチャーは……』
(おお……すげえ、県大会は一回戦からアナウンス付きか)
試合開始の整列と礼が終わり、ポジションに散らばる金川ナイン。後ろのスピーカーからは選手紹介のアナウンスが聞こえる。どうやら地元の高校の放送部か何かが協力して大会を盛り上げてくれているらしい。ここ以外にも二、三ヶ所でアナウンスの音が聞こえてくる。
(地区大会とはやっぱり雰囲気が違うな。)
ここまでですれ違った選手達、それにこれから相手をする勿来第三の選手達。やはり皆小学五年生とは思えないほど身体が大きい。金川の強みであったフィジカルは、ここでは皆標準装備。それを前提に配球を組み立て、戦っていかなくてはならない。
恭は一度丹内の方を見て、その後その後ろ。ユニフォーム姿でベンチ入りしている雪音の方を見た。彼女はストップウォッチを片手に、目が合った恭に二、三度頷いた。
「プレイボール!」
審判の掛け声と共に、県大会最初の試合の口火が切られていく。一番バッターは脚の速そうな小柄なタイプ。恭はまずど真ん中にストレートを要求した。
キィンッッッ!!!
(初球から当ててくるか)
要求したところとは違う外角高めへのストレート。しっかりとミートするものの打球は三塁線を切れていく。ファールボールだ。
次の球、外角低めにカッターの要求。彩音は即座に頷いてボールを放るが………そのボールはほとんど変化しないままスルスルっと真ん中へ吸い込まれていく。
(んげっ……甘いっ……)
彩音は投げた瞬間に失投が分かった。表情が歪むと思いっきり強く弾かれた打球の行方を追う。一塁線を抜かれ、長打コースだ。
「井桁!バックセカンド!」
「オーライ!」
なんとか井桁がライン際でボールを抜かせない。ランニングホームランにはならなかったもののその快速を飛ばして悠々二塁到達だ。
「…………すまん。」
「ドンマイドンマイ。次だ次。」
初回いきなりのノーアウト二塁だが恭もその他守備陣も浮き足立つことはない。元々スロースターターの傾向がある彩音、さらに今日は9時試合開始の朝一番。エンジンがかかりきるのは大体四回ごろからだと、始まる前から全員理解しているからだ。
(それまではずっと耐え………想定の範囲内だ)
次のバッターの一球目、先ほど打たれたカッターを今度は左打者の外角ギリギリに決める。バントの構えは無し。引っ張ってのヒット、最低でも進塁打狙いだ。
(内角を引っ張り込みたいよな。なら内角高めのボール球で釣りたいけど……)
ただこのエンジンがかかり切っていない段階で精密なコントロールを要求するのは酷だ。
(いい感じに散ってくれ……頼むから)
恭の要求はど真ん中のストレート。一番打者が打ちやすいコースめがけて投げたボールはちょうど打者の胸元を抉る軌道を描いて襲いかかる。いいコース、だが若干シュート回転で来たボールは食い込んで打者の腕にそのまま直撃する。
「いっでぇっ!!!」
「デッドボール!」
「す、すいませんっ………」
ボールを当てた当の本人は少し帽子を取っただけで涼しそうな顔。動揺がないのは良いことだが、もう少しだけ申し訳なさそうな顔にならないものか。
仕切り直しての三番への初球……これも、甘めのコースへのストレート、スピードはそこそこ出ているがいまいち制御できていない。次は外れてボール、その次はスライダーがワンバウンドしてボール。
初回から漂う重苦しい雰囲気。
(せめて……アウトカウントを一つ取れれば……)
もうランナーを貯めた状態でクリーンナップに回してしまっている。ここで挽回不可能なほど点差をつけられればそれだけで試合が壊れて終わる可能性も十分ある。エンジンがかかりきる前に試合終了、そんな未来への分水嶺。
それを救ったのは、四球目のキャプテンのプレーだった。
ギィンッッッッ!!!!
サードの横を切り裂く鋭い打球。打球スピードとレフトの風太郎のポジショニングを見るに、サードが抜かれればランニングホームランが濃厚な位置。そこを、梅津一心が打球に飛びついてグラブに収めた。
「ナイス梅津っ!!!」
「胡桃っ……」
梅津はダイビングキャッチの姿勢からすぐに起き上がるとサードベースをそのまま踏んで、矢のような送球でセカンドへ転送、そしてセカンドのカバーに入った胡桃がサイドスローで捕球してから素早くファーストへ送球。
ノーアウト一二塁からランナーを一気に殲滅しスリーアウトチェンジ、5-5-4-3トリプルプレーの完成だった。
「アウト!」
「ト、トリプルプレー!?」
「すげえ!いきなりスーパープレーだ!」
朝早くから集ってきた観客が早くも飛び出したレベルの高いプレーに沸く。梅津、一ノ瀬、大友の完璧な連携とミスのない送球に恭もミットを叩いて称賛する。
想定はしていたとはいえ、あのままズルズル行っていたら何点取られていたか分かったものではない。それを無理やり引きちぎってくれた梅津と胡桃には感謝してもしきれない。
「よくやったお前ら。特に胡桃ぃ……今のベースカバーから送球までの動き、めちゃくちゃキレてたぞぉ?」
嬉しそうな雪音が監督より先に先に出迎えて胡桃の頭をポンポンと撫でる。胡桃は目を瞑りながらそれをクールにやり過ごすが……このプレーに一番驚いているのも彼女だった。
(セカンドベースに入った時は……ファーストは絶対間に合わないと思ったのに。これが……)
本番のゲームに自分の身体を落とし込んで初めてわかる、今までの自分と現在のプレーとのギャップ。
井桁雪音の一週間の指導は、徐々にその効果を表し始めていた。
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この一週間、井桁雪音の指導のもと行われた速筋重視のトレーニング。その効果はすでに試合前のシートノックの時点から実感として現れていた。
脚の運び、俊敏性の向上は単純な守備力強化。動きにスピード感が出たことによりプレー中の思考力にも影響が出た。安定して上手い動きができるようになったことで、余裕が出てきたのだ。
県北大会の時には練習でもほとんど取れていなかった二遊間のダブルプレーは高い確率で成功するようになり、恭自身もストッピングへの頭の反応速度に身体がついてくるようになった。
別に度を超えて練習がキツくなったわけではない。トレーニングの内容を変えるだけでこれほど劇的な違いが生まれたこの事実は金川ナインのスポーツ観を大きく揺るがす。
「ねえ見て見て恭くん。」
「ん?どした?」
打席に入るため、志姫に手伝ってもらって防具を外す恭の肩をトントンと叩いて話しかけてくる瑠衣。先頭バッターのくせに随分と余裕な表情である。
「さっきのトリプルプレーで観客集まってきたね。ボク達この大舞台で注目されてるよ。」
「………そーだな。いや、まだ足りない。もっとガンガンに大暴れして目立ち倒したい。」
「へぇ……意外。恭くんって勝手に目立ちたくないタイプの人間だと思ってたのに。」
瑠衣と恭はバックネットの後ろをぐるりと見渡す。その中に……目立つ紫色のユニフォームをきた集団。その中でも一際目立つ金髪碧眼の少女が目に入ってきた。
(…………あれが絶対王者志賀ノ宮。確かに雰囲気ある。)
『妖精』クリスティーナ・春瀬の噂は恭も耳にしている。というか昨日の夕方のローカル番組で特集が組まれていたのを最初から最後まで見た。
「………可愛い」
「ちょっと恭くん、集中。」
思わず漏れてしまった心の声にジト目で呆れる瑠衣。恭が気合いを入れ直すためにパチンッと頬を叩いたのを見て、最初のバッターボックスへと脚を進める。
「じゃあ……志賀ノ宮への宣戦布告も兼ねて、いっちょ暴れますか」




