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あの日の約束を、同じグラウンドで。〜最強キャッチャーと少女たちの青春ソフトボール〜  作者: ジャスパー


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第五十一話 グラウンドの妖精

『グラウンドに舞い降りた妖精』


 一番最初に知り合いから彼女の二つ名を耳にした時、小学生につけていい異名ではないと鼻で笑ったものだ。


 だがこうして実際その目で見て、カメラに彼女を収めてわかる、その異質さ。宝石のような金色の髪の煌びやかさ、吸い込まれそうなエメラルドグリーンの瞳。その容姿はまさに『妖精』と表現するに相応しい。

 

 上がりきったハードルを悠々と飛び越えていくその少女の名前はクリスティーナ・春瀬。アメリカ人の母親と日本人の父親とのハーフ。そして……。


 彼女は県内屈指の強豪ソフトボールクラブ、志賀ノ宮のキャプテンとしてチームを引っ張る存在でもある。


 

「テレビ局のおねえさん………クリスのグッドな映像、撮れた?」


「も、もちろんです!春瀬さんがノックを受けているカッコいい姿はカメラに収めさせて頂きました!」


「お姉さんもみんなと同じくクリスのこと、クリスって呼んで良いよ」


 聞くものを惹きつけるおっとりとしたソプラノボイス。ぽわぽわっとした話し方も相待って話す人間に非常に強い親近感を植え付ける。


 この天使のような美少女が全国クラスのチームの正セカンドで、そして実力も折り紙付きな強者。神は二物を与えぬ、などというのは所詮凡人の願望でしかないのだと実感させられてしまう。



「今日が取材の日で良かったね。明日は『お仕事』だし。明後日からは雨の予報……だもんね。」


「その通りです……もし、良ければなのですが。クリスさんは守備はもちろんバッティングの評価も高い選手でありますから……そこを撮らせていただければと」


「……あ。いいよ。少しまってて。今からクリスがボスにおねがいしてくるね。」



 彼女はテレビのカメラを向けられても物怖じひとつせず、自然体な魅力を振りまいてくれる。まさにスターの原石。逸材である。正直テレビの関係者として言わせて貰えるならば、このような片田舎のローカルアイドル的存在として封じ込めて良い素材ではない。


 あまり表情を変えるタイプではないし、感情表現はどちらかといえば苦手なタイプには見える。だが自然な行動の中に愛嬌だったり、思いやりだったりが現れる。純朴な少女の魅力に自分を含めた取材陣は心を奪われかけている。


 クリスティーナは監督と何度か言葉を交わすとこちらに向かって大きなマルのサインを送ってくる。カメラマンなどのスタッフとアイコンタクトをして、これから始まるバッティング練習の映像を収めるべく準備をする。



「どうですか、順調ですか?」


「永田監督!それはもうっ……クリスさんの献身的なご協力もありまして。」


「それは良かった。せっかくの密着取材、一生残るものですから、良いものにしてください。」


 報道陣の前に現れたのは永田暁斗監督。若干三十にしてチームを率いる若手監督だ。


「元プロ野球選手という経歴をお持ちの永田監督にもじっくり取材をしたいところではありますが……」


「遠慮しておきますよ。あくまで子供達が主役ですからね。」


 志賀ノ宮スポ少は昔から県大会常連の古豪だったが、彼が監督を引き継いでからの戦績は異常だ。就任五年で4度の全国大会出場。今年の夏は全国大会ベスト4までその駒を進めている超強豪に生まれ変わった。


「………打撃練習、始まりますよ。」


 最新鋭のピカピカなピッチングマシンをマウンドに置いて打席に金色の髪の上にヘルメットを被った少女、クリスティーナ・春瀬が入る。雰囲気は先ほどと変わらず、だがそのワンスイングを見ただけで、大人も子供も彼女から目を離せない。



「綺麗なスイング………」


「素晴らしい内角捌きでしょう?あそこまで左肘を畳んでバットを出せる人間はプロでもそう見ない。素晴らしい柔軟性とリストの強さだ。」


 永田監督が誇らしげに彼女を見つめる。芸術的で、お手本のようなインサイドアウトのスイング。華奢な身体のどこにそんな力が秘められているのか、先ほどからポンポンと外野手の頭を超える打球を見せてくれる。


「今年はクリスを中心に打力のある子が世代に揃っている。間違いなく全国ベスト4の六年生達の同時期よりチームの完成度は上です。今年は狙いますよ、全国制覇。」


「そうなれば県勢初の快挙となりますね!」


「ええ。しかし夢物語ではない。」



 監督の言う通り、クリスが一番目立つチームにおいて他の選手も存在感で負けてはいない。身長180センチ近い巨漢小学生、四番の荒井洋文(ひろふみ)や副キャプテンでエースの戸松雷人(らいと)、他にも全国クラスの実力者を多数擁している。志賀ノ宮は間違いなく今年も秋の新人戦の最前線にいる、優勝候補筆頭である。



 コォォォォンッッッッ!!!!


 カーボン製バットから放たれたとは思えない打球音。その打球がレフトのフェンスを超えてグラウンドの外まで飛んでいったのを満足そうに見送って、クリスは打席を去る。


 彼女はペコリとお辞儀をすると、取材陣の方に嬉しそうに跳ねながら駆け寄ってきてくれた。


「………良い感じだった。」


「こちらも素晴らしい映像が撮れましたよ。クリスさん、後は練習後のインタビューと……」


「明日の『お仕事』……だよね。」


 そう、クリスティーナ・春瀬という少女にはもう一つの顔が存在する。





 ▼△▼△▼△▼△▼△


 『桃色小町』


 福島県が募集し、年に4名のみ選出される、県産果物促進キャンペーンガールの名前だ。


 年齢制限はない。県内のあらゆるビジュアル自慢達が応募し、選ばれた女性はまさに県民公認の美女の称号を得る。フルーツ王国福島の象徴、大事な役目ゆえテレビでの露出も多く、県民の認知度も高い。


 そんな憧れの桃色のジャケットとハットを見に纏うクリスは郡山駅近くのデパートの青果コーナーにて、県産の柿の初売りの現場に立ち会っていた。


 授業員の年配のおばさんが皮を剥いて切った柿を、試食として配る役目。たったそれだけの仕事だが、『桃色小町』が、それも歴代最年少で何かと話題のクリスが関わるとなれば大事件。『妖精さん』が配る試食コーナーは列を成して、もう用意した初売りの柿の山が午前中には無くなってしまいそうだった。


 そんな忙しい現場でも変わらずゆるふわを貫くクリス。その仕事ぶりをカメラに収めながら、休憩時間中に取材陣は彼女を直撃した。


「お疲れ様ですクリスさんっ!調子良さそうですね」


「………うん。お疲れ様。みんなも柿買って行ってね。今年はすごく糖度が高くて……」


「クリスさん効果で、もう凄い売れ行きで。今から並んでは手に入らなそうですよ。」


「そう……すごくテイスティーだったから、残念。お姉さん達の分も取っててあげればよかった。」



 表情の変化はないが、声のトーンでしょんぼりしてしまったのがよくわかる。本当に心優しい女の子だと、テレビクルー達は内心とてもほっこりした。


「クリスさんは学校にソフトボールに忙しいですよね。どうして『桃色小町』に応募なさったのですか?」


「あのね。クリスはこの生まれた土地が大好きなの。適度に田舎で適度に便利で……みんなあったかい。大好きだから……恩返しがしたいんだ。」


 こちらからの質問に間を開けずにスラスラと答えていくクリス。11歳という年齢を考えれば出来過ぎなほどしっかりとした返答。きっとその場しのぎではない、心の底から思っている動機なのだろう。


「恩返し……ですか。」


「うん。ごめんね……大した理由じゃなくて。これじゃ面白くないかな?」


「いえいえ!滅相もありません!」


 記者が発言をメモしたのをよく見て、彼女は休憩から仕事へと戻っていく。ブロンドの髪を耳に掛ける仕草は、小学生とは思えないほど艶っぽい。


「お仕事、次の現場もあるから。そこでみんなの柿を取っててもらうからね。」


 年齢など飾りにすぎない。その背中は、まさにプロの姿そのものだった。

 



 ▼△▼△▼△▼△▼△


 練習の日の昼下がり。取材陣はクリスに直撃インタビューを敢行した。パイプ椅子に彼女を座らせて、カメラとマイクを向けて喋らせる。


 汗がびっしょりで髪が濡れている。女性記者は同性ながら彼女の無防備な雰囲気にドキドキしてしまう。


「く、クリスさん。ズバリ、今年のチームカラーを教えて頂けますか?」


「…………やっぱり、打撃が良いと思う。守備も疎かにしてないし、郡山では一番上手いと思ってるけど。チームとしては打撃が強みかな。特に長打力。」


「パワーで圧倒するのが今年の志賀ノ宮なのですね」


「うん。火力勝負になったら誰にも負けないよ。」


 彼女特有のふわふわした雰囲気。だが彼女の言葉は誰よりも自信に満ち溢れている。県中地区大会ではその圧倒的な打力で全試合二桁安打を記録。その実績を持って彼女は胸を張る。


 その後は彼女の生い立ちやソフトボールを始めたきっかけなど、テレビ用に使えそうな質問をどんどん投げかけ、それに淡々と答えていく。受け答えは100点。大変満足のいく映像が撮れたところで、記者は最後の質問へと移っていく。


「目標は当然優勝だと思いますが……ライバルと考えているチームはありますか。」


「…………やっぱり岩代。花凛ちゃん……四葉花凛には夏全然打たせてもらえなかった。夏の県大会の決勝戦はまぐれで勝てただけだから。」


 彼女の語気が少しだけ強まってピリッとした空気が流れる。見れば拳も強く握りしめているように見える。


「………他のチームには気になる選手は?」


「いない。今年は四葉花凛を倒す戦い、だと思ってるから。」



 ーーーそれはまるでテレビという媒体を使った、宣戦布告。


 


 順調に行けば二回戦でぶつかる予定の恭達の金川は、絶対王者の視界には全く入っていない様子だった。



 

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