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あの日の約束を、同じグラウンドで。〜最強キャッチャーと少女たちの青春ソフトボール〜  作者: ジャスパー


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第四十四話 それぞれの収穫

 ーーー決して侮っていたわけではない。


 絢辻恭は昨晩一ノ瀬胡桃がくれたヒントから、谷皇成が見せる不気味さや岩代の選手達が頑なに隠していたことを探っていた。


 だが、結果を見てあらゆる想定が過小評価であったと言わざるを得ない。


「どうだ。面くらったろう。あれが俺たちの秘密兵器のバッティングだ。」


「驚いたよ。なんじゃあのスイングは。メジャーリーガーか?」


 得意げな顔で話しかけてくるネクストバッターの光俊。数秒間の思考の後、主審にタイムを要求してマウンドへと足を運ぶ。


「あはは、痛快に打たれたわぁ。びっくりねぇ。」


「お前……情報は試合前に言っとけ。あんなバッティングするやつだってわかってたらやりようも……まあないか」


「3球とも結構いいボールだったわよねぇ」


変化球こそ投げてはいないが、あの四葉花凛のベストなストレートを……しかもインハイの難しいボール球を体をそらしながら腕を畳んでホームランにされた。だからこその衝撃である。


「基本方針は変えないで行く。かなりいいボールが来てる。自信持って立ち直って行こう。」


「はいはーい」


 相変わらず軽ーい返事でニコニコな表情を崩さない。とりあえず動揺で崩れていくことはなさそうだ。


(この県大会前、岩代の手札を事前に見れたのはあまりにも大きい)


 秘密兵器とは秘密だからこそ意味のあるもの。この谷皇成というびっくりバッターを初見でどうにかするのは本気で困難だっただろう。だが恭はそれを間近で見ることに成功した。インハイのボールの危険度も身をもって理解した。


(知らないうちに俺はこんなバケモノの育成を任されてたわけか。しかも敵。ほぼ詐欺だなこりゃ。)


 頭の中ではそう悪態をつきながらも、勉強熱心で可愛い自分の弟子がやはり只者ではなかったことに心躍っていたのも事実。ニヤリと笑いながら次の狩野光俊をどう料理するか頭をフル回転させていた。



 △▼△▼△▼△▼△▼


 最初こそ波乱のスタートだったが、大方の予想通り、四葉花凛と三橋彩音という世代を代表するピッチャー同士の投手戦に持ち込まれることになる。


結果としてスコアは1-0のままで試合終了。決勝点はまさかの初回先頭打者の皇成のホームランで決着した。


 勝った側は皇成のチーム。だが試合後のベンチでスコアブックを見返しながら、苦々しい顔をしているのは谷皇成の方だった。


「6回投げて合計11奪三振……なんで……こんなに」


 四葉花凛はあまり普段から三振を多く奪っていく投手ではない。その強力な守備陣を従えているが故に三振で球数を稼ぐよりも打たせて取った方が効率がいい。そんな考えのもと、普段は1試合で三振は3つほど。

 だが彼女の球を受けるようになって、思ったことがある。彼女は今ひとつ三振の取り方が上手くないということ。スピードのあるストレートや一級品のチェンジアップを使っても、掠りもしないような無敵の投球にはあまりならない。


 ーーーそう、この日までは思っていた。


スコアブックが示す通り……いや、実際に敵として対戦していた皇成達が身をもって理解していた。今日の花凛の序盤立ち直ってからの投球はまさに掠る気も起きない無双の投球だった。


 逆に三橋彩音は普段とはガラッとスタイルが変わって打たせて取る投球。右打者左打者共にカットボールがよく効いていて、ゴロの山を打たせてそれを内野陣が華麗に捌きまくっていた。


 だがほぼ二塁すら踏ませなかった花凛と恭の先輩バッテリーと何度も失点のピンチを迎え奇跡的に切り抜けた彩音と皇成のバッテリー。内容的にはなぜ勝てたのか不思議なほどには差があったように思う。


「同じピッチャーなのに操縦する人間が違うとこんなに………なんでこんなに違いが」


「知りたいか?って、負けた側のキャッチャーが偉そうに言うことじゃねえけど」


「恭さん!」


 悩める後輩の隣によっこいしょとおっさんのような掛け声と共に座る恭。皆疲れて重たい足を引き摺りながら宿舎に戻っている中、二日連続でグラウンドに居残りする師弟コンビだ。


「教えてください。なんで今日の花凛さんはあんなに三振取りまくれるピッチャーになってたんでしょうか。」


「別に大したことはしてねえが……俺自身が意識してやったのは、あるボールの投球割合を増やすことだった。」


「あるボール?」


「そ。ライズボールだ。」


 ライズボール。それは忘れもしない。恭が初めてソフトの実戦を経験した岩代との練習試合の最後に花凛が披露してくれたボール。途中までまっすぐと同じ軌道で、バッターの手元で浮き上がるように変化する。野球にはない上方向の変化球でかなり面食らったのを覚えている。


「俺はすげえボールだと思ってたし、実際ブルペンで受けてもすげえ球だった。けど本人はあんま自信なさそうだったんでな。普段どんくらい投げてんのって聞いたら割合5パーくらいって。勿体ねえから20%くらいは投げさせるようにリードした」


「そ、それだけですか?」


「それだけって。やっぱお前ら二人ともライズボール軽視しすぎだろ。アレかなりとんでもねえ球だぞ。」


 そもそも花凛の一番自信のあるチェンジアップ自体がかなりストレートに擬態できる球種。そこにさらに途中までストレートに見えるライズボールが絡んだら、ボールが手から離れた時点でバッターは三択を迫られることになる。


「だがバッターの脳内は絶対ライズボールを30%も待てない。あの速いストレートに遅れたくないし、決め球として有名なチェンジアップに前に出されて崩されたくないからな。どうしたってマークが薄くなるのがこの球だ。」

 

 人間の脳みそで考えられる総量は決まっているし、ましてや小学生の脳内CPUなどたかが知れている。ライズボールをいつもよりほんの少しでも意識させたら、もうストレートにもチェンジアップにも当たらなくなる。


「ああ後……三振取る配球するなら、だが。決め球の前には絶対バッターを差し込んでおくって覚えておいた方がいい。ストレートとライズボールでファールを打たせてチェンジアップで前に出す。チェンジアップを囮にストレートて押し切る。どっちにしても三振を取る生命線はとにかくファールを打たせて追い込むことだ。」


「…………はい」


  一生懸命メモを取って聞いてはいるが……彼の内心を勝手に代弁するなら、『まだキャッチングもままならないやつに要求高すぎだろ!』といったところか。恭だってこんな逸材には本当は一つ一つ丁寧に積み重ねて教えていきたいが……いかんせん自分は敵で、教えられる時間も残り少ないし、本番の県大会も近い。駆け足になってしまうのは致し方ないことだった。


「自分……悔しいです。昨日恭さんから教えてもらったステップもモノにできなくて今日も走られました。この合宿で恭さんとずっと比べられて、自分でも比べてしまって。自分には全てが足りない……ほんと……情けないです」


「そんな一日二日でできるようになるかよ。できると思ってんならそりゃ才能に溺れた傲慢だ。甘ったれるな。」


「すいません……」


 強い言葉で彼の言動をたしなめながらも、その実彼の悔しさや憤りを1番理解しているのも恭だった。実力不足など自分が1番よくわかっている。その上キャッチャーはピッチャーとかいう世界一わがままで自分勝手な生き物を相手にご機嫌を取らなくてはいけないわけだ。

 やっているだけでメンタルがゴリゴリ削られる、キャッチャーは……特に始めたては本当に過酷なポジションだ。


「今日はお前の力でチームを勝たせた。それも事実だぞ」


「…………はい。」


「勝ってなおその悔し涙が出るんだから、お前はどこまでも伸びるよ。」


 皇成の頬を伝う大粒の涙。だがその目は閉じることなく、はっきりとグラウンドを睨みつけている。その執念と勝利への思いの強さに、恭は身震いするほどの恐ろしさを感じざるを得なかった。



 △▼△▼△▼△▼△▼


 全員が宿舎に戻り、ご飯を食べてお風呂に入った後の自由時間。恭は試合があった時の日課である一人反省会を行なっていた。


 恭は試合の日は毎回、自分の家から持ってきたビデオカメラと三脚を用意して試合の全てを録画している。それを見返しながら一球一球スコアブックを記録し、反省ポイントをメモする。

 このスコアブックも配球の勉強をする前は書き方すらままならなかった。胡桃に頭を下げて、学校の昼休みなど空いた時間はしょっちゅう質問攻めにしに行った結果、ある程度見れるくらいにはなったと思う。


 こうして一球一球振り返りながら配球を頭の中で整理するという作業の大切さは、これをやり始めてから身にしみて理解した。トライアンドエラーを良いクオリティで行えるだけではない。この作業があることで、実践の中でも漠然とした配球ではなく、きちんと意図と根拠を持ったリードが出来るようになったのである。


 ーーーいつもは自室で孤独に行なっているこの作業だが、今日は隣に付き添い人が……いや、隣というか膝の上に頭を乗せて女の子が一人寝転がっていた。

 とろけた顔をしながら太腿にスリスリして甘えている四葉花凛である。


「…………何をしとる?」


「わからないのぉ?未来の旦那さんにマーキング。私、絢辻くんと結婚することにしたからぁ。」


 いつもの冗談なのか本気なのかよくわからない口調でとんでもないことを口走る花凛。ちょうどその光景を部屋に入ってきた未来達4人が目撃してしまう。


「あぁ!ズルい花凛ちゃん!おにいちゃんの膝は私のなのに!とっちゃう気なんだ!」


「もうこの人と離れたくないわぁ。もうお家に持って帰っていい?」


「わたしのおにいちゃん!良いわけないでしょ!」


 今度は未来まで対抗するようにもう片方の膝に頭を乗せる。恭は一旦ビデオを止めてペンを置き、美少女二人のお風呂上がりツルツルほっぺをもちもちする以外に選択肢はなかった。


「彩音ちゃんも志姫ちゃんもズルすぎるでしょぉ。何投げても気持ち良く捕ってくれるしぃ、ランナー出たら勝手にアウトにしてくれるしぃ、ノンストレスすぎだってぇ。絶対持って帰る。ぜーーったい。」


「恭くんもなんでナチュラルに女子部屋におんねん」


「いや、あっちはうるさすぎて集中できないから」


二日目の夜ともあって仲が深まった男子達の部屋はもはや動物園と化していた。そこらじゅうに枕が飛び交い、奇声を上げる猿達の中で悠長にスコアブックなどつけてられるものか。

 幸いにして昨日の覗きでたっぷり監督達に絞られた変態の白山達も流石に懲りたのか、女子部屋に来る気配もない。都合がいいのと同時に、自分が来ても誰も怒らないであろうという恭の自信の現れでもあった。


「まぁ……明日はグラウンド予約取れなくて朝でもう解散だからね。思いっきりはしゃいで思い出作りたいんでしょ」


「もう少ししか金川の子達と一緒にいれないのがっかりだわぁ………ね、今日は絢辻くん女子部屋に泊まる?私と一生忘れられない思い出作っちゃう?」


「冗談はこのお餅みてぇなほっぺだけにしとけ」


花凛の色っぽい視線と誘惑も華麗に躱していく。そしてこのお風呂上がりほっぺむにむにタイムが心地良すぎる。掌が幸せで、本当にこのまま寝るまで触り続けそうだった。


「始まる前は2泊3日って長いなぁって思ってたけどぉ、終わってみるとあっという間だったわぁ。絢辻くんに預けた皇成も目の色変えて頑張ってたし……目に見えてどうって変わったわけじゃなかったけどぉ」


「一日二日でキャッチャーがどうにかなると思うなよ。皇成は長い目で見てやってくれ。間違いなく逸材だ。」


「………まあ、こっちも目に見えた成果が出たわけじゃないしねぇ」


花凛に全てお任せした志姫の変化球習得という課題もそこまで劇的に芳しい進捗ではない様子……そういえば先ほどから五十嵐志姫の声が聞こえてこないことに気がついた。


「あれ、志姫は?まだ風呂?」


「志姫ちゃんなら表でまだシャドウピッチしてる。お風呂は閉まるギリギリで入るって」


「あんだけ走って投げてまだ力残ってるのぉ?」


五十嵐志姫は混合紅白戦には参加しなかった。ひたすらに体力メニューと投げ込みにずっと明け暮れた二日間。恭がチラッと見かけるたびに短距離走や長距離走を問わず走っていたので本当に一日中休みなく基礎練に励んでいたのだろう。


「あんなに自分を追い込める女の子あんまり見たことないわぁ。ふふっ、彩音ちゃんもうかうかしてるとすーぐ追い抜かれちゃうわよぉ」


「うっさいねん………そんなんあんたから言われんでもわかっとる。危機感はちゃんとあるわ………ああもう!ウチもシャドウ行ってくる!ライバルがやってんのにウチだけゆっくりできんて!」


「お風呂入ったばっかりなのに!?」


「志姫ちゃんともっかい入るからええの!」


 飲み物とシャドウピッチ用のタオルだけを持った彩音が大急ぎで部屋を出ていく。あの傲岸不遜、我が道を行くでお馴染みの三橋彩音から『危機感』なんて言葉が出たことに四葉花凛は驚きを隠せない。


「彩音ちゃん、変わったのねぇ。世界はウチを中心に回っとるから余裕や!とか言ってた昔の彩音ちゃんとは別人みたい。」


「つい最近までそうだったけどね。やっぱり志姫ちゃんの覚醒ってほんとに大きい出来事だったんだと思うよ」


 志姫の覚醒をアシストした張本人である恭も、まさかここまで彼女が彩音にいい影響を与えてくれるとは思ってもいなかった。もちろんそういう打算もないわけではなかったのはそうなのだが……お山の大将から真のエースへと変貌を遂げ始めている彩音を見ると、あの時の恭の選択は大正解だったと自画自賛せざるを得ない。


「ところで、志姫にはなんの変化球教えたんだ?昨日遅くまでみんなで会議して決めたんだろ?俺にも教えてくれよ」


「ちゃんとできてからのお楽しみじゃないのぉ?」


「俺だけ仲間はずれなんてズルい。なんか疎外感感じる」


未来も瑠衣も恭に内緒にしておこうと思っていたようで困った顔をする。だがそこまで秘密にされると逆に暴きたくなってしまうのがどこまで行っても小学生男子な絢辻恭という人間だ。


「なぁ、教えろよ。なぁ」


「おにぃひゃんっ!ほっぺ引っ張らないでぇ。教えるから、教えるからぁ」


「ま、別に教えて誰が損するわけでもないしねぇ………」


 他愛もない会話のはずだが一瞬の沈黙に妙な緊張感が生まれた。


「ドロップだよ。恭くん。志姫ちゃんが頑張って習得しようとしてるのは。」


 瑠衣が口にした球種。それは恭達がついぞ攻略できなかったあの郭内のスーパーエース、赤桐英輔の決め球に他ならなかった。




 


 


 

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