第三十八話 不明な感情
「めちゃくちゃ面白かった。」
そんなことを資料館から出た瞬間に言える程度には満足な時間をここで過ごせた。隣に瑠衣が引っ付き、後ろの三人が冷ややかな目でこちらを見ているその状況を差し引いてもお釣りがくるほどだ。
「ほんとお?ボクの話ちゃんと聞いてたかなぁ。戊辰戦争の時の会津藩主の名前は?」
「松平……んっと……か、容保」
「意外と聞いてたね」
資料館はやはり会津がその時代の中心となった戊辰戦争について多く語られ、そして資料もたくさんあった。それから戦国時代のことも。意外にも伊達政宗やら上杉なにがしと言った歴史にあまり詳しくない恭でもピンとくるような武将がここに住んでいてテンションが上がった。
そして……わからないことを前提にして教えてくれる瑠衣のガイドも本当に素晴らしかった。わかりやすかったし、そして目をキラキラさせながら自分の大好きなものを語る彼女はとても可愛い。
「あかん。退屈すぎて寝そうや」
「わたしも……全然意味わかんなかった……」
彩音と未来はあまりにも興味なくて顔が死んでいる。一つだけ刀の展示のところで若干テンションが上がっていたのを見ただけである。もう一方の工場見学が魅力的だっただけにがっかりもひとしおな感じがする。
「白虎隊の映像もすごかったよねぇ。昔来た時よりクオリティ絶対高くなってたもん」
「地元の人が隠そうとしてたってのも面白いな。子供に戦争させて、挙句死なせたのを恥ずかしいって心の底では思ってたんだな」
「そうなんだよ。結局白虎隊の活躍は敵だった新政府のプロパガンダに利用されたんだよね。それが無かったら歴史に埋もれてたのも事実だけど、やっぱりやるせないよ」
瑠衣の隣でそんな歴史トークを延々としながら、今度は城内を見て回る。これは復元されたお城であるとわかっているが、あちらこちらにある銃座や防御施設が、『戦争』というものを色濃く意識させてくる。
自分達とそう歳も変わらない男子達が勇敢に戦い、そして最後には燃える白を枕に飯盛山で自らの腹を掻っ捌いて死んだ。その運命を初めから予感していながら出陣した若者達、そしてそれを見送らなければならなかった母。巧妙な映像や資料で心に深い傷を作られた感じがする。
「天守の展望台まで行くけど、お前らはどうする?」
「ウチはパスぅ。下でベンチに座って待っとるわあ」
「勝手に行ってきてぇ」
「ぼ、僕は下をもう一回見て回ろうかな」
歴史に興味のない感覚派二人はともかく大輝くんまで着いてこないとは意外。どうしてか少し遠慮しているようにも感じる。
昔ながらの木造りの急な階段を上がっていく。昔の人はこんな階段の建物で生活していて落ちて怪我しなかったのだろうか。不思議になるレベルで怖いし、不便だ。
平地では相変わらず手を繋いでくる瑠衣。だが二人きりになったところでいきなり手を組替え、恭の右手をつねってきた。
「いっってぇ!」
「………恭くんさ。何かボクに隠してることあるよね?言ってないこと、あるよね?」
「うわぁ、流石に気づく?」
「あれだけ不自然な動きされて、気づかない人いないって。ボクもアホじゃないんだから。」
どうやらこちらが何か仕掛けていたことは察していたようである。結局何一つ上手くいかなかったのだが。
「………大輝くんをボクに告白でもさせてくっつけるつもりだったのかな?」
「正解。流石に露骨すぎた?」
「うん。けど……もっと露骨にやるなら恭くんがくっついてきたボクを振り切って拒絶するべきじゃない?」
「あぁ……まあ、そうかな」
痛いところをつかれた。実際強く言ってでも瑠衣を振り切ったら歴史仲間の大輝くんとそのうち自然に話し出したかもしれない。いくらでも作戦を挽回する余地はあったはずだ。なのにどうして自分はそれができなかったのか。
「やっぱ俺は……お前のことを……大切な友達のことを蔑ろにしてまで大輝くんの恋を叶えたいわけじゃないんだ。瑠衣が本気で俺をここに連れてきたくて、教えてあげたいって伝わったし。
結局大輝くんはただのクラスメイトだが、瑠衣はそうではない。大事な相棒で、大好きな友達だ。
「お前のおかげで超楽しかったよ。歴史ってあんまり興味なかったんだけど、すごい面白かったし、心が痛かった。」
「…………ガイド冥利に尽きるなぁ」
天守閣のてっぺんの展望台に着いた。会津の城下町が一望できる絶景。昔の殿様にしか見ることができなかったはずの贅沢な光景だ。
「ボク、大輝くんは友達だと思ってるけど、恋人にしたいわけじゃないよ。」
「そっか。なんとなくそんな気はした。ドンマイだな。」
「ボク……別な好きな人、いるもん」
「うぇ!?そうだったの?あっちゃぁ……マジでノーチャンスだったんじゃねえかこれ」
「…………鈍感」
瑠衣は恭に聞こえない声でボソッと言うと、天守閣展望台の柵に寄りかかりながら佇む。
「歴史っていう学問を気に入ってくれたなら、本当に何よりだよ。」
ポケットに手を突っ込んで振り返りながらこちらを向いている瑠衣は、なんというか……イケメン女子、という矛盾した単語がなぜかよく当てはまる気がする。
「歴史はすごいよ。映像もなかった何百年も前の人の出来事を、今を生きてるボクたちが息遣いまで含めて感じられるなんて。まるで奇跡みたいじゃないか。文字だけで感じるのも良いけど、ボクはこうやって実際にその場に行って、それを感じ取るのか好きなんだ。」
「今ならわかる気がするな。さっき何気なく通ってきた道も、歴史に残る偉人達が同じように通った道なんだもんな。こういうのロマンがあるって言うのか?」
「そうそう。彩音ちゃんや未来ちゃんは言っても全然響いてくれないから。ボクは嬉しいよ。」
そう言って、とびきり明るい笑顔を見せる瑠衣の顔に釘付けになる。普段の態度や服装とのギャップの強さに少し、顔が火照る。
「綺麗な街……」
「落ち着くなぁ……」
城下町を見下ろしながら、恭は思った。
ここから出陣した少年たちも、こんな景色を見ていたのだろうか。
守りたいものがあって、手放したくないものがあって。
それでも前に進むしかなかったのだろうか。
「恭くん、こっち来て。」
「ん?あぁ、行く行く。」
瑠衣の手招きに応じて、恭は瑠衣の隣へと向かう。柵に両手をついて無防備になった恭。その腕に、瑠衣はいきなり抱きついた。
「うぇ!?な、なになに?」
「…………未来ちゃんがいるところじゃ、こんなこと……したくてもできないから。今日だけ……」
いつもの余裕ありげな感じではない、上目遣いでの湿度の高い表情。恭が思わず見惚れていると、やがて肩に頬を置いて寄り添ってきた。
「えへへ……なんかこうしてると、ボク達友達ってより恋人みたいだね」
その芸術品みたいな目を細めて、くしゃっと笑う瑠衣。押し付けられた上半身からは早くなった心臓の鼓動が伝わってきて、瑠衣のドキドキがこちらにも伝播してくる。
「………さっきさ。ボクのこと大切な友達って言ってくれて、ボクすごい嬉しかった。」
「そ、そうか。なんか恥ずかしいな。」
「でもね………ボクは欲張りさんだから」
そう言うと瑠衣は恭の肩に触れ、少しだけ背伸びをして……恭の耳たぶに唇を触れさせる。
「…………はむっ」
「ひゃんっ!」
「あはは……ひゃんって。女の子みたいな悲鳴だね。」
「………ま、待て待て待て!ちょっと待て!」
耳たぶに残る、柔らかくて熱い感触。耳元で悪戯っぽく笑う瑠衣の声も、とろけるほどに心地が良い。
「………こんな格好して振る舞ってるボクが言うのもどうかと思うけどさ」
「は、はい………」
「ボクのこと、ちゃんと一人の女の子として見てほしいなぁ……なんて、思わなくもないよ?」
そのまま手を彼の頬に持っていって……瑠衣のしなやかな指先が唇に触れる。今までで距離が近くて、指先のいい匂いが鼻先を薫る。
(や、やばい………)
普段ボーイッシュな瑠衣が見せる、女の子としての顔。そのギャップは破壊力満点で、このままこの娘の掌で蕩されてしまいたいとそう思った矢先。
「なーんてね。冗談冗談。」
「は………え……?」
「あんまりにも反応が可愛いからつい調子に乗っちゃった。ごめんね?」
そう言うと顔から手が離れ、抱きついた腕を解く。物理的に距離が離れると、少しだけ名残惜しい感情が無意識に心に滲んできた。
「び、びっくりしたぁ……急に何すんだおまえ」
「なっはっは、恭くんはからかい甲斐がある男の子だなぁ。ちょっとやりすぎた?」
「加減しろバカ!」
「さて、もう戻ろっか。大輝くんが肩身の狭い思いをしてるだろうしね」
さっきまでのことなんて何もなかったかのように飄々と天守閣を後にする瑠衣。この日は瑠衣のペースに振り回されっぱなしだ。
「いやー楽しかった楽しかった!やっぱり恭くんをイジって遊ぶのは最高だね。」
「いい趣味してるよ、ほんと……って、あ。」
外に出て石階段を降りた先に……大輝くんがいた。ずっと二人の帰りを待っていたらしい。石段の下で、パンフレットを握りしめたまま、何度も城の方を見上げていた。
「だ、大輝くんその……これはだな……その……」
ごくりと、喉のなる声が聞こえそうだった。
「る、瑠衣ちゃん!ご、ご、午後の武家屋敷の方は僕と回ってくれませんか!一緒に行きたいってずっと思ってて!」
ーーーちょっと予想外すぎる展開だった。
「え!いいよいいよ!一緒に回ろ!」
「本当に!?じゃ、じゃあえっと……このパンフレット!Bコースからがいいと思うんだ!」
勇気を出して意中の女の子にデートを申し込んだ大輝くん。即快諾した瑠衣。呆気に取られている恭の後ろで彩音と未来が腕を組みながらその様子をニヤニヤと見ていた。
「これどういうこと?」
「ん。紆余曲折あったけど、無事ミッション成功」
「せやな。ご苦労さん。間男キューピッド。」
「聞こえの悪い言い方やめてくんない!?」
どうやら恭のいない間に二人は引っ込み思案な大輝くんに一歩踏み出すよう説得してくれていたらしい。結局のところ、彩音の言い方はあんまりだが、都合よく大輝くんの危機感をメラメラ燃え上がらせる役を演じたわけだ。どうやら自分は、無自覚のまま恋の舞台装置にされていたらしい。
(これで……良かったんだよな。)
相変わらずのバグった距離感で大輝くんをドキドキさせながら、彼の持つパンフレットを楽しそうに覗き込む瑠衣。その距離の近さに、大輝くんがぎこちなく体を強張らせる。その光景を目の当たりにして感じるこのもやっとした感情を恭はまだ理解することができなかった。




