第三十七話 遠足とはラブコメの王道である
絢辻恭にとって二階堂瑠衣という女の子は、一体どういう存在なのだろうか。
毎朝未来と共に家から出てくる自分を待っていて、一緒に学校に行って、同じ授業を受けて。帰りも一緒に帰って、練習では毎回いつのまにか隣に彼女がいて。キャッチボールも坂道ダッシュも柔軟体操もいつも瑠衣とペアだった。最初こそドギマギした恭だったが、慣れてきたらそれに全く疑問すら持たなくなった。
野球の捕手を恋女房と言うのなら、彩音は恭の旦那。未来は言わずもがな妹。胡桃は後輩だ。
なら二階堂瑠衣は?あまり考えたこともなかったが……『相棒』というのが正しいのだろうか。
試合になったら彼女との一二番でコンビを組んで、相手の塁上を荒らしまくる。その阿吽の連携はとても出会って数ヶ月目のものではないと監督からもお墨付きを得ている。
いつも隣にいるのが当たり前の存在だった瑠衣。だからこそ今の目の前の男子の話が、恭にはいまいちスパッと頭に入ってこなかった。
「ええとつまり………大輝くんは瑠衣のことが好きで。告白するのを手伝って欲しいってそういうことか?」
「告白っ………そ、そこまでのことじゃなくて。デートで良いんだ。デートに誘えればいい。恭くんなら瑠衣さんの好みとか好きな場所とか色々知ってるんじゃないかって思って」
「なんやねんまどろっこしい。男ならさっさと告ってさっさと玉砕してきぃ」
「ひでぇアドバイスだ」
恋バナの香りを嗅ぎつけた彩音が横からチャチャを入れる。昼休みの瑠衣がいないタイミングを見計らって真剣に相談しにきてくれた大輝くんに失礼だろと一発チョップをかまして黙らせてから改めて彼と机を向き合わせる。
「ちなみにぃ、大輝くんは瑠衣ちゃんのどういうところが好きなの?顔?やっぱ顔?」
「ち、ちがうって。大体なんで未来ちゃんに言う必要があるのさ」
「面白そうだからっ!」
真剣な相談を茶化しにもう1人追加でやって来た。未来は明らかに口角がめちゃくちゃ上がってニヤニヤで大輝くんを問い詰めている。あまり女の子慣れしてなさそうな純朴田舎ボーイの大輝くんは割とタジタジだ。
考えてみれば不自然なことでもない。
二階堂瑠衣は父親こそどこにでもいる会社員だが、母親は子役上がりの元舞台女優。何度か家にもお邪魔して顔を合わせているが、未だにとんでもない美人なママさんだ。
個人的な感想にはなるが、瑠衣は本当にそのママさんによく似て顔が良い。美しい黒髪ショートカットに切れ長な目や整った顔立ち。ボーイッシュな服装を好むが男っぽい感じはあまりしない。大人っぽいな性格や運動神経抜群なところも小学生的にはポイントが高いのかもしれない。
(そうか……瑠衣のやつ、モテるのか。いや、モテるよな。そりゃ………うん。)
だが自分が彼女の近くにいすぎたせいか、二階堂瑠衣という女の子と『恋愛』というワードがどうしても結びつかないのだ。まだまだ子供だと思っていた娘が突然彼氏を連れて来た時のお父さんはもしかしたらこんな複雑な気持ちになるのだろうか。
「…………きっかけってほどじゃないけど。この前、全校集会の移動の時にハンカチ落としたんだ。その時まであんまり話したこともなかったんだけど、拾ってくれた瑠衣さんが話しかけに来てくれて」
「ふむふむ」
「『これ大輝くんの落としたハンカチだよね!この石田三成家紋入りハンカチーフ!関ヶ原のショップ限定のやつっ。君も戦国好きなのかいっ!?』って。僕、父さんが歴史大好きでお城とか史跡をよく巡ってるんだ。それを話したら何度か話すようになって、連絡先も交換して……」
「あぁ………そういえば昔から瑠衣ちゃんお城の雑誌読んでたりミニチュア買ってうっとりしてたりしたっけ」
「合宿になんたらの野望みたいなゲーム持って来てたん思い出すわ」
私生活については謎で多くは語ろうとしない瑠衣の生態。仲良くなったつもりでいたが、戦国武将とか歴史が好きなんて話は一度も聞いたことがなかった。
「趣味の話をしているうちに話しているうちに好きになっちゃったんだな」
「いつのまにかよく目で追うようになっちゃって。普段はクールなんだけど歴史のお話をする時の顔がすごい明るくて可愛いことに気づいたんだ。瑠衣さんの顔を見るたび胸が苦しくて……ま、まぁ……そんな感じ」
思った以上にピュアピュアでほっこりする恋愛だった。普段グラウンドという名の戦場にあって恋バナに飢えている女子2人も大輝くんの話を聞いて胸キュンのご様子。
「めっちゃええやんっ!告ろ!今すぐ告ろや!」
「直接いく!?ベタだけど下駄箱にラブレターでも入れちゃう!?それとも電話とか!?」
「待て待て待て。まずはデートって話だっただろうが」
すっ飛ばしていきたい気持ちもわからなくもないが、大輝くんは慎重に事を進めたいのだろう。関係を見る限り今のところは歴史好き友達以上のものではない。特段彼のことを意識して見ているような様子もないことは彼もわかっているからこそ石橋を叩いて渡らねばならないのだ。
「好きなもの………か。なんか家行った時いっつもアイス食ってた気がするな。」
「瑠衣ちゃんの家は300円のたっかいアイスいっつも切らさないように常備してるもん。めっちゃ好きだと思うよ」
「アイス好きなんだ……こ、好物も可愛い……」
歴史好きで、好物はアイス。この二つを関連づけるなら観光地とかにデートに行くのが良さそうだが……いかんせん自分達は小学生。基本的に行動範囲はこの田舎のエリアに限られるわけで。
「いや……そうでもないか……?」
恭は目についた教室のカレンダーを見つめながら腕を組んで思案する。何か思いついたように目を見開くと指をパチンっと鳴らして口を開いた。
「まて……マジでちょうど良いイベントがあるじゃねえか」
「ちょうど良い……」
「イベント?」
皆一様に首を傾げ、そして恭の視線の先にあるカレンダーを見て、三人ともその存在に気がついた。
「来週ある会津フィールドワーク、遠足で勝負を決めないか」
この一言が、恋のキューピット達の作戦開始の合図だった。
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この会津フィールドワークという名の遠足は、元々この10月上旬の金曜日に予定されていたものだった。
金川小学校5年生全員で十二人。福島県の古都会津若松市を散策する、それぞれ二つのコースを選ばされる形。一つのコースは会津藩の本拠地だった鶴ヶ城周辺を回るもの。絶対に瑠衣はこちらを選ぶと踏んで仕掛け人4人は準備をしていた。実際瑠衣はこちらを選び後は余計な邪魔が入らないよう調整する事を考えていたのだが………。
(ここのコントロールが一番難しいと思ってたのにな)
鶴ヶ城散策コースを選んだのは都合よく瑠衣、未来、彩音、恭、大輝くんの5人だった。何せもう一方のコースが地元の有名なお菓子メーカーの工場見学。終わったら出来立ての銘菓を一つ無料でくれるという情報で皆そちらに傾いていたのだ。
引率の先生とは一旦別れて、目的地の鶴ヶ城に到着。圧巻の城郭の佇まいに、恭は思わず息を呑んだ。
「すっげえ………でけえ……」
赤で彩られた瓦に城の美しい純白が見事に映える。もちろん乗って来たバスからも遠くから見えてはいたが、正面から見るとその美しさと壮大さは言葉に出来ないほどだ。
「壮観だね、恭くん」
「ああ……息するの忘れるくらいすげえ」
「実はあの赤瓦がついたのは最近のことなんだ。それまでは普通の城と同じ瓦だったはずなんだけど、センス抜群だよね。すごく良い。」
ごく自然に隣に来てうんちくを語りだす瑠衣。そのおかげで恭は一般観光客気分から抜けだし、ようやくミッションを思い出した。
5人で並んで石畳を歩いていく。観覧用のチケットを購入し、少し歩いたところで恭は彩音と未来に目配せをする。
(ミッション………開始っ……)
5人横に広がって歩く形から、三人が前に抜け出す。大輝くんと瑠衣の2人が自然と隣り合い、会話できる形を作る。そのまま早歩きで距離を取り、欲を言えば2人っきりくらいのシチュエーションを作りたい。
(良い感じだっ。このまま2人を引き離して………引き離して………引き……)
だがすぐ後ろに聞こえる足音が、いつまで経っても消えない。さらに引き離すためにもはや競歩でもやってるのかというくらいのスピードで歩くが、それでも瑠衣は着いてきた。
(コイツ足速すぎて全然引き剥がせねえじゃねえか!)
気がついたらこの中で1人運動部ではない大輝くんが遥か遠くに置いてかれていた。
「………みんな?そんなに急がなくてもお城は逃げないよ?」
「…………」
(おいどーすんねん!ここで2人きりにできんかったらあかんやん!)
(大丈夫だ落ち着け、俺たちにはまだサブプランがある)
初っ端から完全に作戦は破綻したが、こんなことは想定済み。二の矢として用意していたお店が見えてきた。
「あ、あ、お、おにいちゃんみてみてぇ。こんなところに偶然美味しそうなジェラートやさんが!」
(………未来は将来女優は無理だな)
おそらく演技とはいえ人を騙くらかすのに慣れていないのだろう。明らかに挙動不審な棒読みで未来は近くのジェラート専門のキッチンカーを指差した。
瑠衣はその睫毛バシバシの切れ長な瞳で訝しんだ視線を向けるが、そのジェラート屋さんを目にした瞬間に完全に心を奪われていた。
この鶴ヶ城周辺コースに決まってリサーチを始めた時、このお店を見つけた時は奇跡だと思った。地元会津のミルクを使用して作るジェラートは普段はかなり行列を作って待たなければ食べられない。だが平日だけあって二、三人の列に並べば今は食べられそうだ。
「アイスっ!しかもすごいっ……さくらんぼ味とかある!うまそぉ!」
「すごい美味しいお店みたいだぞ?だ、大輝くん、このアイス屋さんちょっと寄ってもいいかな?」
「お、おっけー……」
ようやく息を切らしながら追いついてきた大輝くんにも流石に意図は伝わったようだ。2人きりにできないならせめて大輝くんを瑠衣の隣に置く。そして気分よく好物のアイスを食べながら親睦を深めてもらうのだ。
400円と恭にとっては信じられないくらい高いアイスを一人一個買ってベンチに座る。一番端の席に恭、未来、彩音の順で並ぶ。こうなれば必然的に瑠衣は大輝くんと隣り合わなければ座れない。即座に意図を理解して三人で合わせた連携プレーだった。
そのはずだった。
「んんっ〜おいひぃ!チェリー味のアイスなんてそんなに食べられるものじゃないよねぇ♡」
(なんで座んねえんだコイツはよぉ!)
瑠衣が選んだ場所は恭の真後ろ。しかも彼の首元にしなだれかかりながら聞いたことない甘い声で大好きなジェラートを頬張っている。
「あれ?恭くんそれブルーベリー?」
「あ、ああ……そうだけど」
「おいしい?」
「結構美味いぞ」
「あーーーん」
食わせろと言わんばかりに口を開いてくる瑠衣。恭が渋っていると痺れを切らした瑠衣はそのまま小さくパクリと恭が齧ったその後をいった。
「か、間接……」
「キスだ……」
これには恭も冷や汗ダラダラものだ。よりにもよって瑠衣のことが好きな大輝くんの前での間接キス。大輝くんの恋を応援する話だったのに、何故かここで瑠衣とイチャイチャしているのは一週前に任せろと大見得切った恭自身。案の定大輝くんはショックで一口も美味しいアイスを食べられていない。
「ブルーベリーもさっぱりしておいひぃ」
(か、顔近っ!そんですんげえいい香りする……)
小学生にして芸能人並みに完成された顔面が、今までで一番恭の近くにある。少し焼けた小麦色の肌、切れ長の瞳、お人形さんみたいな目鼻立ち。何より大好きなアイスを頬張る満点の笑顔がボーイッシュな格好に反して年相応の少女の愛らしさを見せる。
(瑠衣だぞ!?なんでこんな……ドキドキしてんだ?)
二階堂瑠衣は正直相棒としての側面が強すぎて、今まで女の子として見ていなかった娘だ。だが大輝くんに瑠衣の良いところをたくさん語ってもらい、そしてそれを恭も認識した。結果、彼女は今までより数倍は魅力的な女の子に見える。
「顔良い……」
「ん?ボクに何か言った?」
「な、なんでもねえよ」
思わず思っていたことが口をついてしまう。
(もし大輝くんと瑠衣が結ばれたら……流石にこんな隣でベタベタもしてくれなくなるよな。学校に一緒に行ったり帰ったりもできない……よな。)
当たり前に思っていたことが、当たり前じゃないことだと今ようやく気がついた。こんな魅力的な女の子が、友達でいてくれる尊さを改めて思い知る。
そして自分の中にあるモヤっとした感情を、恭は上手に処理することができない。
「恭くんのことさ、ここに連れてきたかったんだよねぇ。まあボクも前に来たのは相当ちっちゃい頃の話だから偉そうには言えないけどさ。色々わかんないところ解説してあげるからっ、一緒に回ろ?」
「え?その……みんなで回るよ?」
「ボクが専属のガイドさんになってあげるって言ってるの」
資料館の展示は瑠衣にずっと手を握られて回ることになる。本当ならこのポジションは大輝くんであるはずだったが………今日の瑠衣はびっくりするほど押しが強かった。
作戦は完全に破綻し、大輝くんも彩音も未来も消沈ムード。だが恭だけは……無意識の心の奥底で、少しだけほっとしたような感情の色を見せていた。




